⑦当たったら感電すんじゃん!
パシュン
という音と共に扉が崩れ落ちた。
だからさ、シズネの魔法ってなんも見えないんですけど。
『おっと、私の城に小汚い猫が迷い込んでいたか』
扉の向こうは大広間となっていて、中央には大きなテーブル。その端っこでひとり食事をしている赤い髪の男。
『あら、独りぼっちでお食事中に失礼。あなたがこのセンスのない屋敷の主人かしら?』
シズネは人間の姿になり、にんまり笑っている。
いや、待てよ……この赤髪、ひとりでうまそうなご飯食ってるんじゃねぇよ!
俺に……俺にちょっとだけわけてくれよ……。
『化け猫か、ちょうどいい』
『なにか都合の良いことでもあったかしら?』
『そこの魔力無しのクソ猫とセットで高く売れそうだ』
「あら、トラジったらそんな理由で捕まってたわけ?」
「え、あ、なに?」
人間の会話から急に振られても全然わかんないんだけど……。俺の人語のボキャブラリーは今「黙ってろ」しか入ってないからね。
呆れた顔でこちらを見ているシズネに対してなんか――
「そんな見つめるなよ。照れる……」
「アホね……」
シズネは視線を赤髪に戻すとすぐに跳躍して魔法を繰り出した、のだと思う。
パシュン
パシュン
同時に、赤髪はその場から飛び退く。
ガラガラ……
テーブルが静かに切り刻まれたと思ったら、騒々しい音と共にめちゃくちゃになって崩れた。
いや、なにが起こったか誰か説明してください。
っていうか俺のご飯がぁあああ!!!!
テーブルの残骸と共に木端微塵になっているご飯を見て、俺は静かに涙を流した。
『化け猫よ、お前の力は水なのか、そうかそうか』
ふふふと不気味に笑う赤髪。
『なにかおもしろいことでもあったかしら?』
『そうだな、自己紹介がまだだった』
「あのー、猫か魔物の言葉でお願いします」
『私の名前はライアン。パープルブリッツのライアンだ』
『パープルブリッツ?』
「今ライアンって言ったでしょ! ね? 言ったよね?」
『私は紫の電撃を操るんでね、そう言われているんだよ化け猫』
「あら、どうやら人違いみたいね」
「え、そうなの?」
急にこっちの言葉で言われても反応しきれないよ。ただ、この赤髪、ライアンはシズネの探している男ではなかったようだ。
『魔物の言葉か。この化け猫が』
『私にも名前くらいあるわよ? シズネっていうの。 よかったら覚えておいてね』
『ふん、売られていく魔物の名前などいちいち覚えてられんわ』
『私、もうここに用はなくなっちゃったんだけど、帰っちゃダメかしら? この猫は置いて行くから』
「ねぇ、今ひどいこと言わなかった? 直感だけど」
『残念だが、化け猫は魔力無し猫よりも高く売れそうだからなぁ』
『逃がしてはくれないの?』
『当たり前だろう! 私の電撃の餌食になるがいい!』
ライアンはゆっくりと両手の手袋を外した。そして右手をその場で薙ぎ払う。すると紫に光る電撃が広範囲に飛び散った。
あぶねー! 当たったら感電すんじゃん!
『雷属性は水属性に強い……この意味は当然わかっているだろう? 化け猫が』
『そうね』
シズネは瞬時に天井を切り裂き、屋上へと飛び出た。
夜だ。月の綺麗な夜だ。夜の黒さよりも深くて黒い髪がなびき、先端の白い毛が月明かりにキラキラと輝いた。それと同時にシズネの手先が一瞬光り、なにか透明なモノが握られているように見えた。
『私の屋敷を勝手に壊すな!』
ライアンが怒鳴ったかと思うと、シズネに向けて一直線の電撃が走った。
『さすがに速いわね』
トンっとその場を蹴って高く飛び上がる。それとほぼ同時に、両手を広げて薄い水の膜をシズネ自身の前に展開する。
バリアー?
かと思われたが、シズネがその膜を人差し指でちょんっと触った瞬間、スパーンっと一滴の水が急加速してライアンを襲った。
『くっ』
ギリギリのところでそれをかわすが、最初の一滴を皮切りに連続で水の砲弾がライアンを襲った。体勢を立て直す時間すら与えない。
強すぎ……。
シズネが屋上の別の場所に着地した後も、ただ鍵盤に触れて音を奏でる如く水の膜に指を触れるだけで水の弾丸が加速していく。
ライアンが避けた水滴は床を貫通している。鉄砲よりも威力がありそうだ。
『ただの化け猫かと思ったが……甘く見たか』
『そうのようね』
『だが……!』
素早く避け続けているライアンは右手を大きく振りかざす。
『空が見えていればどこにだってそれは起きる!』
言葉と共に手を降ろすと、空にはさっきまでなかった黒雲が垂れこめた。
いや、天気操っちゃうんですか。
それに気付いたシズネは水の膜を頭上に向けた。
それとほぼ同時に、黒雲から雷がシズネに落ちる。
屋上の一角が崩れ落ち、シズネもまた一緒に落ちた。
自分で屋敷を壊してることに気付いてるのだろうか……そんなことより――
「シズネ!」