⑥ご飯を……待ってぇえええ!!
この声、この匂い……シズネ!?
「シズネ!」
「しーっ。私は侵入者だからね、静かにしてくれる?」
シズネは猫の姿で俺のケージの前に座った。
「それにしてもトラジ、東って言ったじゃない」
「え?」
「ここはあの湖から北の位置にある街よ」
「北ってことは……上か!」
「二次元で考えるのやめなさい」
シズネはふぅっとため息をついて、それからケージを眺めた。
「なんで捕まってるのか知らないけど……出してあげようか?」
「マジっすか!?」
「マジっすよ。さ、ケージの端っこ寄ってね」
端っこ? なんでだろう……?
俺は言われたままにケージの端っこに寄って、ジーっとする。
「よしよし」
と言うや否や――
パシュン
ガッコン
一瞬の出来事でなにが起きたかよくわかんなかったけど、ケージが真っ二つになって片方が崩れ落ちた。もちろん、俺のいない方のケージが……ね。
あのね、正直に言うよ。
ちょっと……チビった。
「これでヨシ」
「よくねぇよ! 死ぬかと思ったよ!?」
「なによ、せっかく助けてあげたっていうのに」
「もっと優しくしてほしかった……」
端っこに寄ってって言われた時から嫌な予感はしてたんだけどね。
「魔法のコントロールはすごい難しいんだからね」
「え、今のが魔法なの?」
「そうよ、水の魔法よ」
「み……ず……?」
え? 水なんて微塵も見えなかったけど?
「まぁ、その辺の説明はまた後でしてあげるわ」
「あ、うん……ハッ」
ご飯!
ベーコンとか野菜とか!
食べ――
「早く行くわよ! 急がないとケージに逆戻りだからね」
「いや、でも、ご飯……」
「ほらほら」
「あ……」
待って! お願い! ご飯を……待ってぇえええ!!
尻尾を咥えられてズルズルとシズネに引っ張られる。
あぁ、無常……。
渋々部屋を出ると、そこには長い廊下が続いていた。
無理に高級感を出そうと頑張ってしまったのか、廊下にはツボなのか花瓶なのかよくわからないものや、はっきり言って何が描いてあるのか全くわからない絵画とか、まっすぐにのびる真っ赤な絨毯とか……正直言って何を表現したいのか迷子になってると思う。
「こっちよ」
廊下を出て右へひたすらまっすぐに、シズネの後ろをついて走る。
「なんでシズネはここに忍びこんでんの?」
率直な疑問。
「人探ししてるって言ったでしょ?」
「うん」
「私は赤髪の男を探してるの」
「あー、いたいた」
俺にご飯くれなかったあの人だよね。
「私が探してる人かどうか確証はないんだけどね」
「どゆ意味?」
「私が探してるのは赤い髪で紫の業火を操る。 人間か魔物かどうかも定かじゃないの」
「ヒントってそれだけ?」
「そうよ」
いや、ムリでしょ。
そんな赤髪の人とか世界中にめっちゃたくさんいるじゃん。
紫の火とか言ったって、魔法を使ってもらわなきゃわかんないし……。
「この街の支配者は赤髪で高魔力の持ち主って噂を聞いたから」
「シズネが探してる人は強いの?」
「並大抵の強さとは桁が違うわ」
「そうかぁ、俺の次くらいに強そうだねそれは」
「…………」
「いや……あの……その目はやめてください……」
鋭く冷たい目でこちらを睨むシズネにまるで耐えられなかった。
「私は私の人生を掛けてその男を殺す」
「そこまで……」
そこまで彼女を動かす動悸とはなんなのだろうか。
それを聞こうと思った時にちょうど廊下の終わりが来た。目の前には大きな扉がそびえ立つ。
「猫の姿だとすんなり来れて便利だわ」
「え?」
「トラップっていうのはね、大抵人間用に作られてるものなのよ」
そう言ってシズネは人間の姿になった。
瞬間、警報がびーびー鳴り響く。同時に両脇から槍がシズネを襲った。
「ね?」
にっこり笑いつつ、猫の姿に戻ったシズネは無傷。
さっきまでシズネの姿があったところは思いっきり槍が交差していた。
いや「ね?」じゃないから。怖いから。警報鳴ってるから。
「さ、行くわよ」
次話はいよいよ戦闘です!
トラジはどんな活躍を見せてくれるのでしょうか……!