③えっとー、アレだ、作戦通りだ!
結局東がどっちかわからねぇし……。
むかむかするから、シズネの去った方に行ってみよう。
だがもちろん、そうそううまくいくわけがなかった。
歩き始めて三分で道に迷っただろうと認識した。
いや、元の湖に戻ることはできるよ。できますとも。あのぉ……アッチの方から来たからね、タブン。
途中までしてたはずのシズネのいい香りもさっぱり消えちゃって、どうしようもない。
しかも、新たに違う生き物の匂いがしちゃうからもう怖いことこの上ないし。
お願いだから無事に街ってところに行かせてくれー!
「オイ」
「ハイッ!」
なんか、思わず返事しちゃったけど、誰?
「お前、なかなかウマそうじゃないか」
ぐへへと下衆に笑う声が聞こえる。
やばい、焦るな。ちょっと落ち着こう。
たぶんシズネの言ってた魔物ってやつだ。
声は俺の右の方から聞こえてくる。距離は少し遠く、茂みがあって目視はできない。耳と鼻の感覚を研ぎ澄ませて、相手との間合いを測る。
「最近ゲリ気味だから、きっとおいしくないですよー」
集中はそのままに、できれば襲ってこないことを祈っておいしくないアピールをしてみる。
相手が一歩近付く音がした。
あぁ、これはきっと来るな。
さて、問題は初撃だ。どうやって相手の攻撃をかわすか、ここに全てが懸ってくる。
たぶん俺と同じような体形というか、四肢で歩くタイプの獣だろう。
「俺様、ウルスーモ様が、おいしくいただいてあげますよ、っと」
言い終わるか否か、そのタイミングで茂みの奥から飛び出してきた。
言葉があったから逆にタイミングを取りやすく、俺はとっさに後方へ飛び退いた。
「ほぅ、魔力すら感じないクセに生意気だなぁ」
ぐひひ、とウルスーモはさっきよりも下衆な笑い声をあげる。
見た目は狼に近いが、意外と小さくて俺より少しだけ大きいくらい。
ただし、顎が発達してるらしく、とてもゴツい犬歯がギラギラ輝いていた。
また魔力だよ。魔力ってなんなんだよ。
「アースシェイプ!」
呪文?と共に足元がグラグラし始めた。
えっ、やばっ!地震!?
足がとられる!?
「うにゃう!!」
変な声出た!
ただ、間一髪のところで近くの木の枝に飛び乗り、なんとか難を逃れられ
たようだ。
さっきまで自分がいたところを見ると、地面が変形して、俺を捉えるような形に変化していた。
「なにこれ……」
「逃げ足の速いヤツめ」
うお、なんかこの木の枝けっこう太いくせにぐらぐらする。思ってたより脆い……。
相手は、次こそはという気迫で俺に向かって飛びかかってきた。
やばっ!枝折れる!?
「うにょっ!」
また変な声出た!
瞬間、俺は木から前方へダイブし、上から相手の背中に着地して、さらに前方に飛んだ。
同時に相手は空中で俺に踏まれて体勢を崩し、持ち堪えながらギリギリの姿勢で地面に着地した、のだが――
「うげっ!!」
着地した先で頭上から枝が降って来て、見事に脳天直撃。その場にドサッと倒れこんだ。
「も、もしもーし?」
「…………」
返事がない、ただの屍のようだ。いや気絶してるだけだろう。
うん、アレは痛そうだったししばらくは起きないだろう。
つーか、勝てた!!
なんか、勝てた!!
えっとー、アレだ、作戦通りだ!
いやぁ、実力が発揮されちゃったかなー。
「ちょろいね」
そのセリフだけ言い残して、俺は静かに歩き出した。
やべぇ!超かっこいい!!輝いてるよ俺!!
どこに向かって歩き出したのかさえわかれば、さらに良かったんだけども……。
とりあえず、魔力なんてなくたってこんなもんよ。
シズネに見せたかったなー。そしたらもう、俺に一発で惚れちゃうもんなー。
うへへ、とだらしない笑みを浮かべて、俺はテキトーに歩いて行った――
トラジに魔物の言葉は通じちゃいます。
それにしても綺麗なかませ犬でしたねー。