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ラッキーキャットウォーク  作者: もんかる
第一話【トラジという名前の猫】(シズネ編)
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①目が覚めてから10分で失恋したら死にたくなった

※トラジは猫のため人間の言葉がわかりません。トラジのわかる言葉を「」で表現し、通じない言葉を『』で表現しています。

 生まれてからこれまで、一体何をやっていたのかをボーっと考えてみる。何を……? いや、何もしていない。いやいや、何もしていないっていうのは変だろう。じゃあ俺は生まれたばっかりなのかよ、ということになってしまう。まさかそんなわけがない。例えば伝説の勇者で、魔王を倒すために奮闘してきたとか。例えば百獣の王で、全ての生物は俺に平伏しているとか。例えば神様で、この世界は俺が作りだした箱庭だとか。いや、これはさすがに都合のいいことを例えにしすぎだ。そう、別に特別じゃなくていい。ちょっと幸せで、ちょっとラッキーな感じが理想だ。うんうん、ちょっとってのがいいね。この謙虚さがいいよね。うんうんうんうん――

 ハッ、と目が覚めた。

 ぼやけた頭が急速に回転し始めるのを感じた。

 あれ? あれ? あれ? あれれ?

 どゆことどゆことどゆことどゆこと!

 まったくもってわけがわからない!

 名前もわからない!

 どこにいるのかもわからない!

 自分が何者なのかもまるでわからない!

 あーもう、ほんっとなんなんだー!


「っていう夢を見たんだ」


 呟いたところで、なんの解決にもならなかった。

 これが夢オチならどれだけ笑っていられただろうか……。

 急激な意味わからなさの猛襲に軽くパニック状態だが、そんな俺にただひとつわかることがあるとすれば――


「あ、俺、猫だ。虎……いや猫だ」


 自分の手を眺めて、虎柄(茶)の猫(雄)ということがわかる。

 虎の方がかっこいいけど、明らかにちっちゃいんだよ手が。

 いや、でももしかしたら子供の虎の可能性もある! そうであってほしい! いや、むしろきっとそうだ!

 

「俺は虎だー!」


 ……ただ、どんだけ希望を叫んだところで、口に出せばどうしようもなく猫だった。

 俺が声に放ったのは猫の言葉であり、にゃーにゃー言ってるだけ。

 せつない……。

 目を覚ましてから30秒で混乱と落胆を経験した俺だが、とりあえず落ち着こう。

 さて、どうやらここは森の中のようで、あたりは草木で生い茂り、道なんて呼べるものなんて存在しない。ここがどこなのかは全くもって謎だし、俺自身がなぜ記憶を持たないのかも全く不明。元々猫だったのか、あるいは人だったのか、それとももっと別の生き物だったのか。そんな根本的な部分ですらわからないのである。なぜだか断片的な知識があるのが不思議でならない。

 こいつは困った。

 お手上げで空を見上げれば、ずいぶん近くに澄んだ青空が広がっている。


「あてっ」


 何かが目に入ったかと思うと天気雨がざざっと勢い良く降ってきた。


「なになに? 狐の嫁入り?」


 とりあえず、雨を凌げるところでも探そうかな。

 ここに立ちすくんでいても何も解決しないであろうことを悟った俺は、起きた時に向いていた方向へと一歩を踏み出した。

 猫っていうのは便利なもので、生い茂った草のわずかな隙間なんかも通れちゃうのだ。

 あと、耳と鼻がいい。


 雨音とは違う水の音、雨水とは違う水の香りがかすかに感じられる。たぶん川とか湖とかそんなんがあるんだと思う。

 草の茂みから顔を出すと、太陽と雨のプリズムでキラキラと水面が光る湖岸についた。

 まばゆく光っている中に、人影がある。逆光と雨でよく見えないが、長い髪から水が滴っている女の人のようだ。

 その時、突然雨が止んだ。時間にしたら五分程度だっただろうか。

 雨が止んだおかげで若干ではあるが人影が鮮明に見えた。水浴びでもしてるんだろうか。

 もう少し近づいたらよくわかると思って、近くに寄ろうと茂みから一歩踏み出した瞬間――


 パシュン!

 パシュン!


 何かが起こった。

 何が起きた? たぶん、なにかが飛んできたんだろうと思う。

 そんな何かが起きるだろうなんて思ってもなかったから全然集中してなかったけど、塊っぽいなにかが飛んできて、若干の風が吹き抜けた。

 ふと、自分の足元を覗くと、地面がなにかでえぐられた痕がある。あと一歩前に手が出てたら、風穴が開いてたんじゃないだろうか。

 ぞくぞくぞくっと背筋が凍った。

 いやいや、ウソだろ?


『あら、外れたかしら?』

 

 声の主は、先ほどから水浴びしている人影。声の高さとシルエットからして女の人だ。透き通った綺麗な声をしている。

 まぁ、万が一この現象がこの女の人によるものだとしたら、いや、そりゃそんなことがありえないっていうのはわかってるよ。でも、もしも、だよ。そしたらさ……すっげぇこえぇじゃんこの人!

 

『なによ、猫じゃない。 わざわざ魔力を抑えてまで覗きしたい変態かと思ったわ』

「…………」

『それにしても、おかしな猫ね』


 やべぇよ……なんて言ってるのか全然わかんねぇ。

 今からお前を殺すとか言われてるんじゃないだろうか。

 しかもよくよく見たら全裸だよあの人。


『あぁ、言葉がわからないのね』


 女の人は湖岸に置いてあったタオルで身体を拭き、着るのに時間がかかりそうな服をあっという間に着てゆっくりと俺に近寄った。

 その間、俺は一歩も動くことができなかった。認めたくないけど恐怖心からである。

 15、6歳くらいだろうか。あどけなさの残る表情とは対照的に鋭い視線が俺を硬直させていた。

 すーっと伸びた黒髪のロングヘアーで毛先だけが白く、キリっとした強気な目には青い宝石のような瞳、そして全体からは清楚な雰囲気が感じ取れた。

 

「ん、んん、あーあーあー」

「…………?」

「よし、これでわかるかしら?」


 おぉ!

 なんて言ってるかわかる。

 俺は小さく頷いた。


「君さ、なんで魔力ないの?」


 はい、なんて言ってるのかわかんのに、なにを聞かれてるのか意味が全然わかりませんでしたー。


「まりょく?」

「魔力」

「……マリョク?」

「え、ウソでしょ」


 逆に引かれた!?


「君は魔力を知らないの? 生き物なのに」


 生き物なのにって、すげぇ広い括(くく)りでバカにされてる!

 知らないものは知らないし。

 でも知らないとマズイものなのかな?

 こうなったら――


「あー、アレでしょ。ちょっと甘いアレ」

「食べ物じゃないわよ」

「ま、マリョクってかっこいいよね! 俺も憧れてるんだよなー」

「普通ね、誰でも持ってるモノなのよ」

「えっと……昨日、どっかに落としちゃってさ、困ってて……」

「魔力は物じゃないから落とさないわ」


 マリョクってなにもの!?

 女の人が「こいつダメだ」とでも言いたげに深くため息を吐いた。


「君ね、全く魔力を感じないの。これって普通はありえないことなのよ?」

「そんな……褒められても」

「褒めてないから! まったくもう……名前は?」

「名前は……」


 そういや、名前ねえよ!

 思い出せないし、元々あったのかも謎だし!


「と、とら……じゃなくて……」

「え? トラジ?」


 え、トラジ?

 あ、それでいいや。


「そ、そう、トラジ」

「私はシズネ、あなたと同じ猫よ」


 へぇ、猫なんですかぁ。

 猫っていつから二足歩行ができて、人間の言葉が話せて、抱っこしてもらったら少し気持ちよさそうなふかふかな胸があるような、まるで人間みたいな生き物になったんですか。


「今は人の姿だけどね」

「今は……?」


 ボンッと音がしたと思ったら、シズネはどこかに消えた。

 唐突にいなくなるなんて――


「これが猫の姿よ」


 あ、目の前にいた。どんな魔法だよ。

 見上げていた目線を下に移すとそこには黒のショートヘアの猫がたたずんでいた。

 ピンと立った右の耳としなやかな尻尾の先だけが白い、凛とした風貌だ。

 つーか、マジかわいい。


「出産を前提にお付き合いしてください!」

「ごめんなさい。弱い男に興味ないの」


 ガーン!

 目が覚めてから十分足らずで失恋を経験した俺だが、とりあえず死にたくなった。

『勇者=三毛猫??』に続く猫視点ファンタジーコメディ第二弾です!

前作の強すぎなロロとはうって変わって魔力ゼロのトラジが主人公です。

前作の世界とはまた違った世界観の中で起こるおもしろいコトの連続をどうぞお楽しみくださいませ。


また、『勇者=三毛猫??』をまだ読んだことのない方は、そちらの方もよろしくお願い致します。

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