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第一夜 翼という名の少年

「ただいま。」

高校に入ってもうすぐ一年になる木野谷翼(きのやたすく)は、特にこれと言って校則違反も悪ふざけもしていない。

趣味は卓球。

近所のおばさん達に翼について尋ねたら全員が全員

「まじめで、挨拶もできる良い子ですよ。」

と答えるだろう。

そんな翼には夢があった。それは、小説家だった。 親に小説家になりたいと言うと親は決まって

「そんな馬鹿みたいな事言ってないで勉強して、稼いで私達を養ってほしいもんだよ。」

と翼の夢を受け入れてはくれなかった。

その度に翼は親への憤りを感じていた。

「母さん、居ないの?」

普段なら玄関まで出迎えに来る母が今日は来なかった。

「ったく…。」

ズンズンと階段を上り自室へ足を踏み入れたその時、翼は目の前の惨劇に絶句した。

「何だよ…これ…。」

泥棒か台風か、そんな言葉が頭を駆け巡ったが泥棒なら玄関を入ってすぐに見える居間が散らかっていてもおかしくないし、台風が自分の部屋だけに訪れるはずはない。

だとすると―。

「おい!!実夏!!」

妹の部屋を開けたが居なかった。

「チ…ッ!」

階段を駆け下りて居間へ行くと四脚ある椅子の一つがうまっていた。

翼の妹の実夏だ。

「実夏!!てめぇまた人の部屋散らかしやがったろ!!」


食べかけたスナック菓子を手に実夏はポカンと口を開けている。

「へっ?」

「へっ?じゃねぇ!!てめぇ人の部屋勝手に入った上に散らかし…やがっただろ…。」

語尾にはもう力がなかった。怒りが爆発して、焼失したのだろう。

「えっ?私、翼の部屋なんて入ってないよ?前入ったらすごい怒ってたじゃん。」

実夏は再びスナック菓子に手をつけ始めた。

「じゃあ誰が入ったんだよ!?」

言うが早いか、奥の部屋からゆっくりと母が出てきた。

「何だよ、居たのかよ。」

「あなたの部屋に入ったのは私よ。」

「はぁ!?」

母はエプロンのポケットからクシャクシャになった紙を取り出した。

「あなたの部屋を掃除してたらね、こんなものが出てきたのよ。」

クシャクシャになった紙を広げ翼に渡す。

「これ…」

それは、翼が勉強の間に休憩として書いた小説の一部だった。

「小説でしょ?これ。あなたにはいつも言ってたでしょう。小説家なんて夢は捨てなさいって。」

実夏は紙に目をやって

「やだお兄ちゃん、こんなの書いてたの?時間の無駄だよ〜。」

実夏はケラケラと笑い、

翼は拳を握り締めた。

「そうよね。実夏は利口ね。でね、翼、部屋散らかしたのはお父さんよ。」

「なん…で…」

「あなたこないだの成績一つ下がっちゃたでしょう?だからお父さんこの紙見て余計に怒りが抑えられなくてね。」

そのまま母は何かを続けていたが、翼は耐えられず自室へ戻った。



「俺は…どうしたらいいんだよ…。」

参考書からCD、地球儀、部屋にあったもののほとんどが床に散らかっていた。 その中で翼はただ一人で声も出せずに泣いた。

握り締めた拳に涙が落ちる。その度に翼の怒りは、憤りは増していった。

「死ねば、いいんだ。あんな奴ら。生きてたって、あんな奴らならこの世に悪影響を及ぼすだけだ。死ねば、いいんだ。」

その時カーテンが微かに揺れた気がした。

「はぁ…片付ける、か…。くそ、どうやったら殺せるだろう…。」

ぶつぶつと本気でそんな事を呟きながら片付けていると、一階から悲鳴とガラスか何かが割れる音がした。

「何だ…?」

急いで階段を下りて居間へ向かうと黒いケープに身を包んだ男が居た。

窓ガラスが割れていた。

先の音は窓ガラスが割れた音だったのだろう。

実夏は涙を流して相手を見つめていたし、



母は震えながらも実夏を抱き締めていて、いつの間に帰って来たのか父は目の前の男を睨みつけていた。

「何だよ…何だよ…これ…。」

翼が呟くと黒いケープの男がゆっくりと視線を向けた。

「この家の人間は腐っている。木野谷翼、醜い心だ。最も醜い。」

男が言った時母や妹の実夏、父が一斉に振り向いて叫んだ。

「逃げろ!翼!」

「お兄ちゃん…危ない…!」

「逃げなさい、翼!」父は立ちすくんだままの翼の前に立ち

「お宅さんが誰だかは知らないが、翼に指一本触れさせはしない!!」

「父さん…」

男のケープが微かに揺れた刹那、男は翼の後ろに居た。

「家族は結局こんなにもお前が大事なのによぉ、お前は、本気で死んでほしいって思ったんだよなぁ。」

―――ガチャッ――

男は背に掛けていた大きな鍵を翼の背に差し込んだ。

「出てこい、化物。この者をお前そのものにしてやれ。」

――ギャラワァララァ――化物の奇声が響いた。

翼の姿は最早人間としての原形を留めていなかった。

「翼…。」

父は力なく崩れた。

母は泣き崩れた。

妹は気絶していた。

「苦シイ…助ケテ……父サン…母サン…。」

――グワァァァ!!――

化物は鳴いた、泣いた。

「さっきまでは殺してやりたいと本気で思った相手に助けを求めるのか、やはり醜いな。苦しむがいい化物よ。己の闇を知るがいい!」

男はテーブルに飛び乗り化物となった翼を見つめた。

「殺シテ…」

化物は暴れながら呟いた。その言葉はきっと化物のではなく翼のものであったのだろう。

「死んでどうなる?今の醜い自分のまま死ぬのか?」

「楽ニ…ナリタイ…」

――グギャラァワー!!――

「煩い。まったく。お前に足りないモノは何だ。」

化物も翼ももう何も応えなかった。ただもがいていた。

「仕方がない、か…。」

男はポケットから小さな箒のキーホルダーを取り出すと宙へ放り投げた。

すると、次に男の目線に降りてきた箒は一般家庭にある箒の大きさになっていた。

「Cleaning!」

箒を掴み化物に殴りかかった。

「戻れ、元の清き心へと。」




朝、木野谷家全員が目覚めた時、居間は昨日の惨劇のままだった。

しかし、大切な息子は、兄は、元の人の姿へと戻っていた。

「う、うぅー…頭痛いよぉー。」

実夏は頭を擦りながら体を起こした。

目の前には両親が兄の心配をして目を覚ますのを待っているのが見えた。

「ねぇ、何で、起こさないの?」

実夏は当然の様に訊いた。二人は優しく微笑んで

「こんなに気持ち良さそうに寝てるんだ。もう少しだけ、待ってあげようじゃないか。」




それからも、翼の将来の夢は親に批判され続けたが、翼は立ち向かった。

自分が持つ全ての自分としての考えを親に訴えかけ続けた。

将来の夢、叶うか叶わないかは翼次第だ。




憎しみ掃除屋―。

黒本誠。

黒いケープを身に纏った男。

決め台詞:Cleaning

だそうだ。

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