ひとつの部屋
「姫君」
「旦那様!私がソファで寝ます!」
シグルドの言葉を遮るようにリディアは早口で言った。
「このソファの大きさでは旦那様ではハミ出てしまいます。私が適所かと」
「女性をソファで寝かせてベッドを占領しようとは思いませんよ。床で充分です。野宿より断然快適です」
「え……でもそれでは私が申し訳なくて眠れません」
「私は眠らないのも得意です。お話でもしましょうか」
「それは素敵な提案です!でも何かズレてしまっているような」
リディアは首を傾げた。
「姫君は横になってください。私は椅子を持ってきます」
「え?私横になるんですか?」
「そのままでは寒くありませんか?それに薬草水で体は回復しても心は疲れるものです。横になってるだけでも違うかと」
そう言われてリディアは自分の寝巻き姿が男性の前では薄着すぎると恥ずかしくなった。日本人的にはワンピースみたいなものという意識だったが、急に腕や足が出ているのが気になった。制服の時はニーハイソックスを履いていて肌は見せてなかった。
「では、ベッドをお借りします」
なるべく平然を装ってベッドに横になり上掛けを握りしめた。
恥ずかしかったが少し嬉しかった。
(こうしてベッドで横になっている時に人がそばに居て話しかけてくれるなんてどれくらいぶりだろう)
リディアとシグルドはたわいも無い話をした。贅沢だが浄化の砂を自分に振りかけると汚れが落ちた、など。
主にリディアが魔石で作れるものの話をしたり、シグルドに北の生活のことを聞いたりした。
眠るつもりはなかったのにうつらうつらとし始めた。
もっとお話したいのに。
シグルドは優しくリディアの目を覆った。間も無く小さな寝息が聞こえてきた。
「おやすみなさい。姫君」
翌朝リディアは、やってしまったー!と顔を覆った。
シグルドを差し置いて寝る気はなかったのに。
シグルドはもう部屋にいなかった。
(旦那様、どこで寝たんだろう。床だったら申し訳なさすぎる)
本当に寝ていない可能性もあった。頭を抱えたくなる。
制服に着替えたあと、辺境伯のメイドに、朝食にと食堂に案内される。シグルドも丁度食堂に入るところだった。なんだか顔を見るのが恥ずかしかった。
シグルドは朝に鍛錬をしていたらしい。軍を動かす事態でなければ毎日おこなっているそうだ。
「体を動かさないと落ち着かなく」
「流石、武のクロイツであられる」
コンラート・ヴァルトハイム辺境伯は笑った。
「私も昔はそうでしたが、いかんせん色々痛めてしまい、今では寝過ごすことも多くて。いけませんな」
笑い話にしているがリディアは気になった。
食後、リディアとシグルドは城の周りを浄化の砂を撒きながら散策していた。
「旦那様、ヴァルトハイム辺境伯は信頼できるお方ですか?」
「意図をお聞きしても?」
「薬草水を差し上げてもよい方か気になりまして。奇跡の水は慎重にならなければなりませんが、薬草水は人の手を借りて作りました。なので奇跡の代物とは言えない状態ですが、それでも魔石の見分けができなければ作るのに手間がかかるものです。差し上げてもいいものか私には判断が難しく」
「問題ないでしょう。土地を守ることに重きを置かれている方です」
リディアは安心したように胸に手を置いた。
リディアは薬草水と薬草を煮詰めた――薬草軟膏をコンラートに渡した。薬草水は飲むことも可能で少しずつ服薬すれば体の不調は治るだろうとも。
「このような奇跡の品をいただいても?」
「これは奇跡というには大袈裟です。どうぞお気軽にお使いください」
コンラートは西部魔獣群への対応でも疲弊しているはずだ。体の回復くらいなら手伝っても問題ないだろう。
人の手を借りて作った以上、いつかは作り方も人の知るところとなるだろう。リディアは薬草水のこれからの扱いについて考えていた。
客間兼寝室にヨハンを呼んだ。シグルドとヨハン二人の意見も聞いてみたかった。
三人はソファにつくと、リディアが口を開いた。
「薬草水についてでお話させてください。一つ言っておきたいのは公爵邸の方が口が軽いと言いたいのでは無いということです。口止めさえいたしてませんから。だから薬草水の作り方は広まる可能性があるでしょう。しかしそうなると見分けのつかない魔石の買い占めが起こると思います。それは魔石を確保したい私にとっても避けたい事態です。そこで考えたのですが」
リディアは小さく咳払いをする。
「薬局を作り、そこで薬草水を売るのはどうでしょうか」
「薬局とはなんですか、姫君」
「調合したりした薬を売るところです。病院よりは気軽に訪れられて、比較的安価な薬を買うことができます。そこにお酒ではなく水で作った薬草水を販売したいのです。他の方に探られたり変に隠したりするよりはいいかと思いまして……どうでしょう?」
リディアは二人の顔色をうかがった。
「良い考えだと思われます。先手をとることは重要です」
シグルドが賛同した。
「現実的な案だと思います。北の民は頑丈なものが多いですが子供や年老いたものの助けになるでしょう」
ヨハンも頷く。
リディアは二人が理解してくれたことが嬉しく笑顔になる。しかしまだ迷っていることがあった。
「魔石は自然の多いところに湧き出るような不思議な石ですが、鉱山がありましたよね、魔石のよく出る。やはり押さえておきたいのですが魔石の価格は上がってしまうでしょうか?」
「押さえられる場所は全て押さえておきましょう。陛下や他の貴族に知られた時ではもう遅い。魔石は高騰するでしょう。姫君は国民の生活のことを心配されておられるのでしょうが、現在は便利な炭程度です。さほどの心配はいらないかと」
シグルドはヨハンを見た。信頼の厚い眼差しだ。
「ヨハン。頼んでもいいか」
「もちろんです。幸い、魔石鉱山は価値が低いと見なされております。放置された採掘場も多い」
ヨハンは立ち上がった。
「では私めは先に王都に戻らせていただきます。お二人が王都に戻るまでには魔石の産出地をすべてクロイツのものにしてみせましょう」
「頼む」
ヨハンは一礼して部屋を出て行った。
「は――ヨハンは頼りになります」
「先代からの忠臣です」
(旦那様、誇らしげです)
思わず笑みが漏れた。
「薬局じゃなくて薬屋でもいいかもしれませんね。あ、名前の話です」
「いえ、薬局でいいと思いますよ。新しいものは注目されます。薬屋として働いていた人を雇うのもいいでしょう」
「貴族向けに配達業があってもいいかもしれません。お酒を使った薬草水を高価にして差別化をはかれば上手くいきそうだなと思ったのですが」
「姫君は商売の才もおありですね」
「本当ですか?嬉しいです!」
笑顔のリディアにシグルドも笑った。
「姫君は変わっておられる。もちろん褒めたのは本心ですが、商売上手と言われて喜ぶ令嬢は少ないでしょう」
(それは私がゲームのアルバイトにハマっていたから。作った物が高値で売れると嬉しかったなー)
「北は食料問題を抱えていましたよね。早成りの種を使えばしばらくはその問題を解決できますが、白魔石が使えなくなった場合に備えて、商業面に力を入れてもいいかと」
「北は資源はあります。しかし今までは食料の問題に人手を割かざるをえず宝の持ち腐れでした。クロイツは鉄、毛皮、鉱石などの資源には恵まれています。ですが寒冷な土地が多く耕作には向かない。毎年、王都や東西の領地から大量の穀物を買い付けねばならず、金はあっても食料には不自由しておりました。けれど早成りの種があれば商業面でも力を発揮できると希望が持てます」
シグルドは噛み締めるように言った。
「私がクロイツを背負ってから未来に希望が持てるのは初めてかもしれません。定期的に訪れる魔獣大南下、食料問題、クロイツ領を豊かにすることをずっと考えて来たのですが現状維持を打破できませんでした」
シグルドの黒い瞳がリディアを真っ直ぐに見た。
「私にとっても貴方は幸運の聖女です」
「……私はそんな大したものではありません」
(鑑定というチートが凄いのであって私自身の力ではない。自分の力では断罪も回避できなかった――何故回避できなかったのだろう)
ゲームの強制力?それならば世界のルートが変わっているのはおかしい。
「旦那様、私が乗ってきた馬車が襲撃されましたが、どこの手の者かはわかりましたか?」
突如、話は変わったがシグルドは答えた。
「……いえ。死者と他の者は取り逃しました。申し訳ない」
「もしかしたら私の断罪劇と関連があるのかもしれないと思いました。誰かが私を陥れ、もしくは利用しようとしているのかもしれないと」
リディアはその可能性が高い存在を思い浮かべた。
――神殿。




