『恋人を失い異世界に転生した俺は、今度こそ彼女を救うと誓った―だが“過去”が俺を追ってくる』
気軽に読んでもらえるとうれしいです。
その日の吹雪は、どう考えても異常だった。
山に入った時点で天候は悪かったが、引き返すわけには行かなかった。
エリンが呪いに倒れた。
解呪できる魔術師は、この山のどこかにいる…そう聞いた以上、迷っている暇はない。
視界は白に溶け、伸ばした手すら見えない。
足元の感覚も曖昧になり、何度も転びかけた。
それでも進むしかない。
あの日、守れなかった詩織のように、もう誰も失いたくなかった。
俺は転生者だった。
1年前、もっとも愛した女性である詩織を失った。
その喪失感は想像を絶するものだった。
俺は耐えきれず、通勤途中の地下鉄でそのまま身を投げた。
あの世で彼女といっしょになれたら…そんな甘い考えを持っていたが、気が付けば異世界に転生していた。
剣と魔法の世界。
ゲームでよく見た光景だった。
ある城塞都市で冒険者ギルドに登録し、俺は冒険者になった。
剣術のスキルを習得していたからだ。
ステイタスウィンドウがあり、自分のレベルも経験値も確認できる。
俺の職業欄は「罪深し剣士」となっていた。
自らの命を絶つことは罪、ということなのだろうな…。
生まれ変わった俺は精一杯生きることにした。
そして出会った。
運命の相手に…。
クエストをこなしている時に偶然助けた支援魔法の使い手だった。
どことなく昔の恋人に似ている雰囲気もあったが、なにより彼女は笑顔が素敵な女性だった。
俺と彼女のコンビは最強だった。
彼女-エリン-の支援魔法を受けて、俺の剣技は冴えわたった。
巨大なゴーレムでさえ、一撃で葬り去ることができる。
どんな魔物だろうと恐れることはない。
だが、ある時、エリンは呪いを受けてしまった。
回復魔法ではどうにもならない、呪いを解除するには相当な力を持つ魔術師の力が必要だった。
その魔術師を探して、今、俺はこの極寒の雪山に入った。
エリンの笑顔をいつまでも絶やさないために俺は必死だったのだ。
死を覚悟しかけたその時、前方に小さな光が揺れた。
吹雪の中にぽつりと浮かぶ、暖かな橙色。
小屋だ。
助かった…そう思った。
俺は無我夢中でその扉を叩いた。
中からは若い女性の声がした。
「どなたでしょうか?」
優しい声だった。
天使のような、どこか懐かしい響きがあった。
「すみません、冒険者なのですがこの吹雪で道に迷ってしまったのです。怪しいものではないので中に避難させてくれませんか?」
女性が、こんな吹雪の夜に訪れる者を怪しむなというほうがおかしいのはわかっていたが、俺は必死だった。
ほどなくして、若い女性が扉から顔をだした。
少し困ったような驚いたような顔をしていたが、仕方ないといったような仕草を見せて、女性は俺は小屋の中へと案内してくれた。
「山の天気は変わりやすいのです。油断していると死んでしまいますよ?」
女性は呆れていたが、優しい笑顔で迎えてくれた。
どこか、エリンと似たような優しい笑顔だ。
俺はこの山に入ることになった経緯を話した。
「ある魔術師を探しているのです。なんでもとてつもない力を持っているとか…。何か話を聞いてことはありませんか?」
「すみません、そんな話は聞いたことはないのです…。力になれなくて申し訳ありません」
すごく悲しそうな顔をするので、こちらが申し訳なるほどだった。
「そうですか…。でも、気になさらないでください。俺も街で聞いた噂に藁にもすがる思いでやってきたのです」
女性はシオと名乗った。
俺と同じ黒髪をしているが、黒髪の人はこの世界では珍しい。
日本人にはよくいるタイプの綺麗な顔立ちをしているためか、懐かしさを覚える。
もう何十年も、ずっとここに住んでいるとのことだ。
20代の綺麗な女性に見えたが、実はとうに50を過ぎていると聞いて驚いた。
「すみません、名乗っていませんでしたね。俺はアルスといいます」
転生してから使っている名前だ。
転生前の名前は向田和仁だが、その名前を名乗ると必ず首を傾げられるのでアルスと名乗るようにした。
もっともステイタス画面には、向田和仁という転生前の名前ままになっているのだが…。
シオは俺を暖炉の前に案内してくれた。
「食事を作ってきますので、少し待っててください」
「ありがとうございます。あの…」
「大丈夫です。私は鑑定のスキルを持っているので、あなたが怪しい人物でないのはわかっていますよ…」
にこりと優しい笑みを浮かべ、部屋の奥にあるであろう、キッチンへと向かっていった。
そうなのか…。
では、俺がアルスという偽名を名乗っているのもバレているのかと気恥ずかしくなった。
そしてステイタス的には、俺が脅威ではないと判断したのかもしれない。
エリンとの冒険を経て、それなりのレベルになったと自負していたが、彼女にとっては警戒するに値しないレベルらしい。
いったい、どれほどの実力者なのだろうか?と俺は試案した。
こんな人気のない山奥に住んでいる見た目が若い女性…いや、いつまでも美貌を保った女性…。
この俺を脅威でないと判断している。
ほんとうに噂の魔術師に覚えはないのだろうか…?
いや、もしかすると彼女自身が…。
その疑念が少しずつ大きくなっていくのが自分でもわかる。
何か隠さなければならないことでもあるのだろうか…?
しばらくして、暖かいスープが運ばれてきた。
お礼を言って、一口すする。
「うまい!」
空腹だった俺はたまらず一瞬でたいらげてしまった。
「でも、これはスープというより、みそ汁ですね…」
そこまで言って俺は自分の体が石のように重く、まったく動かせなくなっていくことに気づいた。
意識はあるが、体は硬直したままだ。
指一本動かせない。
「…な…」
声を出そうとしたが、喉が凍り付いたように音にはならなかった。
椅子に座ったまま動けない俺をシオは静かに見つめていた。
さきほどまでと同じ優しい笑み。
けれど、その目は笑っていなかった…。
そして、徐々に薄気味悪い笑いに変わっていく…。
「ようやく薬が効いてきたようね…」
どういう…ことだ??
何故か、シオの表情は喜びに満ちている。
それは達成感のような満足げな笑みだった。
「うふふふ。気づいているかもしれないけどれど、おそらく、私があなたが探して魔術師…。そして、あなたは私が長年探したいた男…こうして出会うことになるとは…」
嬉しくてたまらないといった狂気の表情を浮かべ、混乱している俺にかまわずシオは話を続ける。
「私の本当の名前を教えてあげましょう。左近詩織。聞き覚えはあるかしら?」
それは1年前失った愛する女性の名前だった。
耳鳴りがして、視界が揺れる。
呼吸ができない。
「……し……おり……?」
声にならない声が喉の奥で震えた。
「そう、私も転生者。30年前にストーカーだったあなたに殺されて、望まないままに、この世界に転生したし、鑑定のスキルを持っていた私はある魔術師に拾われ、今日まで生きていた。私がこの世界に転生して、どんなに悲惨な目に会ってきたか、あなたにはわからないでしょうね」
俺を見つめる視線は俺が知っている詩織のものとはまるで違ったが、顔立ちは詩織の面影がある…いや、今にして思えば詩織そのものだった。
何故、今まで気づかなかったのか…。
「この世界に来て、私はすっかり荒んでしまったわ…。心にも体にも、癒えることのない傷がたくさんできてしまった…。あの時、あなたに殺されていなければ、きっと幸せな人生を歩んだに違いないのに…」
シオの瞳はこれ以上ない狂気に満ちていた。
その微笑みは、懐かしさと憎悪が混ざり合った、壊れたような笑みだった。
「あなたには、私が経験した何十倍もの苦痛を与えてあげる…」
待て!俺には待っている女性がいるんだ。
今度こそ、俺は幸せになるために、彼女とともに生きていくんだ!
俺の右目にナイフがずぶずぶとナイフが突き刺さっていく…。
痛みは感じるが、声は出ない。
右側が半分暗闇に包まれていく。
シオの甲高い笑い声ととも、次は左目にナイフが突き刺さった。
視界が闇に覆われていく。
何も見えない暗闇の恐怖が俺を襲う。
暗闇の中で、自分の体が少しづつ切り刻まれていく苦痛がいつまでも続いた…。
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高校生だった私はスーパーのレジのバイト帰りにある男性に道を聞かれ、丁寧にコンビニまでの道を教えた。
その男性は礼を言い、向田和仁と名乗った。
道を教えただけで、名前を名乗るなんて変わった人だな?と私は思ったが、それが恐怖の始まりだった。
その男性は頻繁にバイト先に現れるようになった…。
バイト帰りの道筋に何度も偶然と言いながら現れた。
気を付けていたにも関わらず、自宅も知られてしまったらしい。
怖くなった私はバイト先の信頼できる男性に家の近くまで送ってもらうよう頼んだ。
彼は快く引き受け、私を自宅近くまで車で送ってくれた。
車を降りてから自宅の玄関に向かう途中、その男は現れた。
「何故、浮気しているんだ?」
震えるような小さな声でつぶやくと、その男は私の喉元を包丁で切りつけた。
助けを呼ぼうにも、ぴゅうぴゅうと空気の漏れる音がするだけで何も声にはならなかった。
崩れ落ちた私に男は馬乗りになって、何度も何度も私の体に包丁を突き刺した。
痛い、熱いその感覚を交互に感じながら私はの意識は遠のいていった…。
気がつくと私はどこかの森の中にいた。
どこも怪我をしていない。
刺された跡なども全くない。
服装はあの夜のまま、何も変わっていない。
不安に駆られた私は森の中を歩き回ったが、とても自宅には帰れる気がしない…。
泣きながら彷徨った末に、ある魔術師と出会った。
何も頼ることのできない私は彼についていくしかなかった。
しかし、それは失敗だった。
その魔術師はただの変態だった。
私を奴隷のように扱い、弄び、片手間に魔術を教えた。
行くあてのなかった私はひたすら虐待に耐え、復讐する機会を望んだ。
鑑定のスキルがあることに気づいた私は、自分とその魔術師のステイタスを見て、冷静に判断することができた。
もう私は、この魔術師の能力を凌駕している…そう判断した時に、私は魔術師を殺害した。
そして、自由になった私はある城塞都市の冒険者ギルドで何気なく様々な人のステイタスを覗き見ていた時に、見覚えのある名前を見つけたのだ。
向田和仁
私をこの最悪な境遇に導いた現況の名前を…。
呑気に女と楽しそうに話しているではないか…。
そして、私はある計画を実行することにした…。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
「この続きが見たい」「別の短編も読んでみたい」などあれば、ぜひ感想で教えてください。
★やブクマ、コメントなどの反応を、次の作品に活かしたいと思います。
5/16(土)の19時過ぎくらいに次の短編を投稿しようと思いますのでよろしくお願いします。




