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自転車が交通手段だった時代、人情もまた交通の一部だった

猛暑日というのが無かった時代、自転車は近所だけでなく泊まりがけ旅行の手段でもあった。

谷道をくねくねと曲がる狭い旧国道は、木陰や湧き水が多く、低馬力車向けの緩い傾斜と合わさって、自転車やバイクに都合が良かった。キャンピング仕様とは車でなく自転車のことを指していた。


僕たちは高二の夏、往復650kmの自転車旅行を、行き山越え2日、帰り平地2日で計画した。

今と違って、チャチな5段ギアに重い車体。寝袋も衣類も重い。

それでも、数ヶ月前の春休み一泊旅行の成功で自信はある。親も教師も説得した。

初日は山越え180kmだが、朝3時の涼しく時刻に家を出れば、日の高いうちに宿泊予定地に着いているだろう。


現実は厳しい。出発直後にパンクは、当時の低レベル修理道具を、闇の中で素人が扱える筈も無く、2時間ロスし、涼しいうちに走るはずの平野部を、炎天下で走る事になった。

今より遥かに涼しくとも、8月は午前から暑いのだ。


午後には腹が壊した者も出た。水道水より安全で美味しい湧き水を誰もがガブ飲みしたから。

何時しか日没となった…山越え40kmを残して。


早起きによる睡眠不足もあって、全員が消耗していた。

持参した昼食・夕食は食べきって腹も空いている。コンビニの無い時代の田舎道で、店も閉まりパンすら入手できない。

それらを癒すべく、ガソリンスタンドで仮眠を取る事にした。当時は夜になったら閉まる所が多く、防犯や雨対策としても都合が良かった。


いよいよ地べたで寝ようとした時、対面の家から出て来たお婆さんが声をかけて来た。


誰もが「叱られるのでは」と思った。現代なら警察だって出て来るだろう。


だが、正反対の言葉がやってきた。

「こんな所で寝ずに、うちに来て寝なさい」

僕たちの姿は傍目に同情を誘うものだったらしい。しかも明らかに犯罪と無関係。この田舎なら、そんな高校生を助けようと行動してくれる人が居てもおかしく無い。たとい一人暮らしの老人であってもだ。


本格的に寝て明朝出発しろと言ってくれるのを固辞して、仮眠3時間で目をさます。その間、お婆さんは、おにぎりまで作ってくれていた。夜食用とお弁当を。


峠まで30km弱を3時間、峠から1時間走って予定の無人駅に付いた。仮眠と食事にも関わらず 、それだけかかったのだ。


夏なのに、それでも暖かさを感じる家。

現代では有り得ない人情。

それらがなかったら、2日目に予定地へ辿り着いたか今でも分からない。

いつか記録に残さなけれならないと思っていた実話で、その背中を押してくた本企画に感謝します。


仮眠直後にメンバーを起こしたとき、全員から恨み言を言われました。

旅行後、メンバーそれぞれがお礼状を出しましたが、今のなって思えば、一人暮らしなのだから、もう一回年賀状ぐらいだしておけば良かったと思います。

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