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「要らない」は、最強  作者: 田中葵
第1部
2/5

Ⅰ:リストラされた男

解雇通知は、紙一枚だった。

加瀬はそれを受け取ったとき、思ったより動揺しなかった。


理由は明確だった。

業績悪化。

部署統合。

人員整理。


どれも、嘘ではない。


「今回は、あなたで」


上司は申し訳なさそうな顔をしていたが、

言葉は淡々としていた。


加瀬は頷いた。

引き留める理由も、怒鳴る理由も、見つからなかった。


要らなくなった。

それだけだ。


帰り道、スーツのポケットに入れた紙が、

歩くたびに少しだけ擦れた。


家に帰ると、

使わなくなった鞄や書類が、棚の奥に残っていることに気づいた。

まだ使える。

でも、使っていない。


自分と同じだと思った。


翌日から、時間が増えた。

朝は同じ時間に起きたが、

行き先がないだけで、街の音が違って聞こえた。


「必要とされなくなると、人は空っぽになる」


誰かが言っていた言葉を思い出した。

でも、加瀬の中は空っぽではなかった。


静かだった。


欲しい、と思う前に、

要らない、という事実が先にあった。


再就職先は、紹介だった。

規模は小さく、給料も下がった。

それでも、断る理由はなかった。


そこで、彼は一人の若い社員と再会した。


かつて自分の部下だった男だった。


「あ……」


相手は一瞬、言葉に詰まった。

自分が切られ、相手が残った。

その記憶が、二人の間にそのまま残っていた。


「久しぶり」


加瀬は、そう言った。

それ以上でも、それ以下でもない。


仕事中、機械のトラブルが起きた。

現場は少し混乱した。


若い社員が、手順を間違えていた。


「違う」


加瀬は短く言った。


「そっちじゃない」


声は穏やかだった。

責める調子はなかった。


彼は、黙って修正した。


休憩時間、二人で缶コーヒーを飲んだ。


「……あのとき」


若い社員が口を開いた。


「俺が残って、すみませんでした」


加瀬は首を振った。


「謝ることじゃない」


「でも……」


「生き残ったんだろ」


その言い方に、感情はなかった。

肯定も、否定もない。


「俺は、要らなくなっただけだ」


若い社員は、何か言いかけて、やめた。


「……恨んでませんか」


加瀬は少し考えた。


「恨むほど、欲しがってなかった」


それは、嘘ではなかった。


夜、帰宅途中で、

かつて通っていたオフィスビルの前を通った。

灯りはついている。

中では誰かが働いている。


加瀬は立ち止まらなかった。


要らない場所になった。

それだけのことだ。


家に帰り、

古い社員証を引き出しから取り出した。


プラスチックは、まだきれいだった。

彼はそれを、処分箱に入れた。


迷いはなかった。


要らない、と決めるのは、

終わったことを認める行為だ。


そして、終わったものは、

もう奪ってこない。


眠る前、加瀬は思った。


必要じゃなくなっても、

生きること自体は、否定も肯定もされない。


それが、少しだけ楽だった。

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