第9話:貴政とクゥ
貴政が、その少女の呼び名を決めたのは彼女を保護して三日目のことだった。
献身的な介抱と、ちゃんこ鍋による食事を通じ、ある程度、信頼関係を築けたのではないかと思った貴政は、彼女の回復具合を見て改めて言葉を交わしてみることにした。
「よいか、ちみっこ? おいどんの名前は〝タカマサ〟でごわす。これは〝イシ〟これは〝エダ〟そしてこいつは〝キノコ〟でごわす」
彼は自分を指差した後、様々なものを指差しながらサツマ語でその名を教えていった。そして最後に少女を指差し「お前さんの名は?」と聞いてみた。
少女はどうやらその意図を理解してくれたようだった。
自分の胸を指差した彼女は「クゥ…………」と、何かを言いかけたのだが、突然、頭痛に見舞われたように頭を抱えてうずくまってしまった。貴政は慌てて介抱した。強いトラウマか何かのせいで記憶が曖昧なのかもしれない。
「すまなんだ。とりあえず、お前さんのことはクゥと呼ぶことにするでごわす。これからよろしく頼むでごわすよ」
そんなわけで、ちみっこ改め「クゥ」は、その後も洞窟で療養を続けた。
〝治癒之不治〟による気の注入が奇跡的に上手くいったのか、十分な水と食料を与え続けていると、虫の息だった彼女の体調は目に見えてよくなっていった。
そして一カ月経った今、彼女は自由に走ったり、跳ね回ることまでできるようになったのだ。
サツマ連邦の最高神、ヒゴ=モッコスへの感謝の気持ちを貴政は今日も忘れない。
「ほぅ、これは……」
クゥが持っていたものを受け取った貴政は、それを見回し目を見開く。
それはアヒルやカモに似た小柄な水鳥の死体だった。
正確な種類まではわからないものの、鋭い爪や牙などの〝化け物〟の特徴は少しもなく、恐らく普通の動物だろう。
「よくやったでごわすな、クゥ。罠にかかっていたのでごわすか?」
「うん!」
「そうかそうか、えらいでごわすな。ちゃんと自分で締めたのでごわすな」
貴政に頭を撫でられて、クゥはふにゃっとはにかんだ。
生き物を殺し、命をいただく。
それは残酷なことではあるが、この世の普遍の摂理であり、生きていくには必要なことだ。ゆえにこの少女に、そうするための方法なども惜しげなく伝授したのである。
ちなみに今のクゥの格好は、捕えた化け物の毛皮をつぎはぎして作った動きやすいチュニックのようなもの。まさに原始人のそれである。
しかし貴政はあることを憂慮していた。
それは少女の首元に嵌められたままの金属製の首輪である。
「クゥ、その首輪痛くはないか?」
「?」
「いや、いいでごわす。わからんのならな。でも、いずれ外してやるでごわすよ」
貴政は独り言のようにそう呟いた。
クゥの首元に嵌められた黒々とした金属の首輪は、どうやら普通の鉄などの材質で作られたものでないらしく、彼の知るあらゆる呼吸や技術を持っても破壊することができなかった。
ふがいない、と貴政は思う。
クゥの体調は回復したし、ある程度、意思の疎通もできるようになった。
しかし、それでも彼女の精神は見た目に比べ明らかに幼く、まるで幼児のようなのだ。もしかして、それはこの首輪が影響しているのではないかとも思うが、その呪縛から救う方法がないことが彼にはもどかしかったのだった。
そんな心境が顔に出ていたのか、クゥは立ち上がり、貴政の頭を撫で始める。
「タカマサ、いいこ? いいこ、いいこ」
「む、すまぬ。気を使わせてしまったでごわすなぁ」
「タカマサ、しんぱい?」
「いや、大丈夫。おいどんはサツマの男児ゆえ、どんな時でも元気でごわすよ」
貴政は照れを隠すように、腕をぐっと上げ力こぶを作った。
と、それにクゥがぴとっと抱き着き、頬ずりしながら甘えてくる。
(助けられてるでごわすなぁ)
貴政はそれを痛感する。
彼にそういう趣味はない。が、そのような感情を抜きにして、彼は目の前の幼い少女が愛おしくって仕方がなかった。
もしも彼女がいなかったとして、彼ひとりでもサバイバル自体はなんなくこなすことができただろう。
でも孤独には耐えられただろうか?
元の世界で死んでしまい、この世界に来たという逃れようのない事実に向き合うことができただろうか?
(もしもこの子がいなければ、終わっていたかもしれんでごわす)
思い、貴政はかぶりを振った。
ありもしない「もし」を考えたとて、状況はよくはならないからだ。
だが、これだけは言えるだろう。
このクゥという存在は、今の彼にはなくてはならない存在であり、彼女の心身の安全を守ることこそが彼の行動原理といえた。
「とりあえずクゥ、お前さんが仕留めてくれたこの鳥は串焼きにでもして食おう」
「くしやき~?」
「BBQでごわす。たまには、ちゃんこ以外も、な?」
貴政はクゥを抱き寄せて、華奢な背をぽんぽん撫でようとした。
――刹那である。
キュルルリィィィ~~~ン! という金属質な、おニューなタイプのSEが貴政の脳裏に鳴り響いた。
(むっ、これは…………っ!?)
彼の体が強張る。
極限のサバイバル環境の中で研ぎ澄まされた〝力士的第六感〟。それが唐突に発動したのだ。
その感覚が捉えたものは、彼らの住居ににじり寄って来る複数の「人」の気配であった。
【作者コメント】
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