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第7話:とあるギルドにて……

「……今の話は本当か?」


 ギルドマスターのバルド・ガルネスは眉根に皺を寄せながらそう聞いた。


 年の頃は50代後半ぐらい。片眉の下に刻まれた古傷と、灰色に染まった短髪が特徴のこの男は、執務室の机に広げられた葉皮紙ログリーフ――ヒュドラ草の葉で作られた安価なパルプ紙――の報告書を手に、元から険しい人相をより強いものに変えていた。


「本当だよ! 俺ぁ、この目で見たんだよ!」


 そう叫んだのは、彼の前にいる荒くれ者。

 こちらは30才ぐらい。

 手入れされていないぼさぼさの髪に、粗末な皮鎧と、腰元の短剣。山賊の一味と言われても違和感のない容姿のこの男は、だがこのギルドに所属する職業盗賊ジョブシーフ、つまり「冒険者」の1人である。


「あのオーク! 体はそれほど大柄じゃねえが、それでも並の人間の倍以上も脂肪が付いてたよ! でもって肌は白かった、肉団子か何かと思ったぜ!」


「トロールと見間違えた可能性は?」


「そりゃねぇな! あの気色悪ぃうすのろみてぇな青白ぇ肌じゃなくってさ、どっちかつうと肌色自体は俺らの肌に似てたんだ。でも人間では絶対ねぇ! 頭の部分に黒くて、デカい、ツノみたいなのが生えてたからな!」


 盗賊シーフの男はもじゃもじゃの髪を掴み、それを後ろから結うようなよくわからないジェスチャーをする。そのモンスターの特徴を表現しようとしているのだろうが……バルドはそれを「もういい」と遮り、話の続きを聞こうとする。


「もう一度聞くが、そのオークは少女を連れていたのだな?」


「ああ、そうさ! 忌まわしい話だ! 食うためなのか、嬲るためなのか知らねぇけれども、ロクな目的じゃねぇだろうよ!」


「他の冒険者の証言によれば、そのオークは少女を飼育、あるいは()()するような所作していたらしいが」


「あぁ、保護だってぇ? そんなわけ……」


 言いかけて、しかし男は何かを思い出したように、顎に手をやって考え始めた。


「そういやよ、見間違いかもしれねぇけれども、白いオークの野郎、その子に何か食わせようとしてたな」


「何を食わせようとしていたんだ?」


「さあね、遠目だしわかんなかったよ。ただ、なんていうか、鍋みてぇなのを火にくべてスープっぽいもんを作ってたな。中身はなんだか知らねぇが」


「なるほどな。報告、ご苦労」


 バルドが退出を許可すると、男は肩をすくめる所作をし、足早に部屋を出ていった。

 静まり返った部屋の中、今までバルドの脇にいた細身の影がやれやれという風に首を振る。


「まったく、ひどいものですね。あれで報告のつもりなのでしょうか?」


「だがリシェル、奴はああ見えて自分の仕事に忠実な男だ」


「つまり報告は事実であると?」


 リシェルと呼ばれた女性に対しバルドは無言で頷いた。

 彼は目下の葉皮紙ログリーフを見る。

 そこには、ここ1ヶ月で起こった近隣の森の様々な異変が記されていた。



・ボスを失ったレッサーオークの逃亡行動


・冒険者ではない何者かの手による、Aランクモンスター四腕熊バグベアの討伐報告


・その他多数の強力なモンスターの討伐報告


・多くの冒険者が口に揃えて語る「少女を連れた白いオーク」の目撃情報



 バルドは深い溜息をつく。

 これらの情報を踏まえた結果、導き出される結論は1つしかありえないからだ。


「間違いない。〝オークキング〟の若い個体がズーグの森に出現したのだ」


「ですがボス、ありえますか? そのような伝説級のモンスターが前触れもなく()()()出るなんて?」


「状況証拠が揃っている以上、理由は後から考えるべきだ。どこから来たかはわからんが、Aランクモンスターをも凌駕する強力なオークは今現在も森にいる」


 リシェルは「ええ」と頷いた。


 オークキング……それは数十年に一度生まれるとされるオークの王、統率者と呼ぶべき個体のことだ。圧倒的なカリスマを持つこの個体は、通常3~5体ほどの群れしか作らないオークたちを1つに束ね、まるで人間の軍隊のように纏め上げる能力を持つとされている。


 もし本当にそのような個体が出現したのだとすれば、今すぐにでも「緊急招集エマージェンス」を出し、ギルドに所属する冒険者全員で討伐作戦を実行しなければならない。


 とはいえ、だ。ここ冒険者の街アーネストは〝はじまり街〟といわれることもある、いわば修行の場所なのだ。


 毎年、冒険者稼業で一山当てようとする無謀な若者たちが大量に入っては来るものの、そのほとんどは夢破れ、別の道を行き、そこそこの強さの魔物を倒して名を上げた者は、さらに名を上げるために別の街へと行ってしまう。


 ようするに、ここに残っているのは、そうなれなかったものたちばかりだ。

 それがわかっているからこそ、ギルドマスターとその秘書は頭を抱えているのである。


「話は聞かせてもらったわ!」


 と、ふいに、執務室の扉がバンと開かれる。


 リシェルは一瞬身構えて腰元の杖に手を伸ばしかけるが、立っていた者の顔を見て呆れたようにそれをやめる。


「また、あなたですか……」


「そう、あたし! ミュウ様よ!」


「入室を許可した覚えはありません。お引き取りを」


「あら、秘書さん、そんなこと言っていいの? とっておきの秘策を持って来たのに?」


 よく通る声でそう言ったのはローブを身に纏う少女だった。

 年齢は十代半ばぐらい。

 うなじの辺りで二束に結んだ淡いアッシュブルーの髪を、腰辺りまで垂らしたその少女は、自信満々に胸を張り、ドアの中央に仁王立ちしている。


 その頭頂部付近からは髪と同じ色の〝猫耳〟が可愛らしくぴょこんと突き出していた。

 彼女は「獣人種リカント」なのである。

真人種ヒューム」に比べれば数は少ないが、アーネストでは別に珍しくもない。


「フム、秘策とな?」


 バルドは腕を組み、少女に問う。


「ええ、そうよ。簡単な策よ。まず弓兵を集めるの。盗賊シーフでも、荷物持ち(キャリー)でも誰でもいいわ。とにかく弓と矢と持たせ、まずそのオークを追い詰める」


「そんなもので〝キング〟が倒せると?」


「もちろん、そんなはずはないわ。でも一斉に攻撃すれば驚かすことはできるはずよ。それで巣穴、もしくは閉じた緊急的に空間に避難させる。そこに強力な魔法を使える〝呪文詠唱者スペルキャスター〟をぶつければ……あとは、もう、わかるでしょ?」


 ミュウと名乗ったその少女は得意気な顔を隠さず言う。

 その背には樫の木でできた大きな杖が背負われていた。

 果たして、それは彼女の職業ジョブを象徴しているアイテムだった。


「まさか、あなたがその役を? まだEランクにすぎないあなたが?」


「それは評点の制度のせいよ! 〝はじまりの街〟だなんていわれているから来てみれば、はじまりどころか〝おわりの街〟じゃない! 強い魔物はさほどいないから、残っているのは薬草採くさとりばかりで、あたしみたいな魔法職メイジを守る有能な戦士職ウォリアーは残ってない! これじゃランクなんて上げようないわ!」


「それはあなたの性格のせいでは? この街にだってそこそこの戦士職ウォリアーはいます。なのに孤立してしまっているのは、そういう態度のせいでしょう?」


「なんですってぇ!」


 秘書の女性と猫耳少女、2人の間に火花が散った。

 しかしバルドは咳払い。

 その諍いをやめさせる。


「言い争っている時間はない。ミス・アルハンゲル、今の話だが、確かに君の言うように、今のこのギルドの構造が有能な魔法職メイジの排出を妨げてしまっている面は確かにあると言えるだろう。また君自身の実力が、実質的なランクにすればCランク以上であることも私は把握しているよ。

 しかし、だからと言って、君だけを特別扱いし、切り札にすることは難しい。また君自身が言ったように、オークキングと渡り合い、君の詠唱の時間を稼げるような有能な戦士職ウォリアーは今のこの街にはいないだろう」


「逆にいえば、それが見つかれば、わたしの案を採用できるの?」


 バルドは無言で頷いた。

 と、ミュウは部屋につかつか入り、何かが詰まった袋を机に置く。

 バルドが中を検めると「あっ」という声を秘書が上げた。


「あ、あなた一体、どこでこれを……!?」


「今は関係ないでしょう? それよりどう、ギルドマスター?」


「確かに、これを使えるのなら戦士職ウォリアーの問題は解決する。オークには魔法耐性がないから、君の実力が本物ならば有効な作戦と言えるだろう」


「ですが、ボス!」


「リシェル、気持ちはわかる。しかし彼女は実際に準魔導師ローウィザードの資格を持った筋金入りの魔法職メイジなのだ。手段を選べる時ではない。我々は今、文字通り()()()()()()()()状況だからな」


 少女に袋を返したバルドは、彼女に右手を差し出した。

【作者コメント】

ここまで読んでくれてありがとうでごわす!

面白かったら、高評価、ブックマークなどで応援してもらえると嬉しいでごわす!

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