第47話:大邪竜のあとしまつ
これは夢――明晰夢。
自分で夢だとわかる夢。
大魔法を使い、倒れた際にミュウは走馬灯のようにそれを見た。
いつもと同じ、よく見る夢。
過去の場面のリフレイン――
教育係に叱られて、まだ、しくしくと泣いているミュウをミュゼットはやさしく抱きしめる。
「ね、ねえさま、ごめんなさぃ……」
「いいのよミュウ。なにを描いてたの?」
「わたしの……まほうをかいてたの」
「ミュウの魔法?」
「そう。わたしだけの、わたしがかんがえた、さいきょうのまほう」
そう言ったミュウは教本を取り出し、色蝋を塗りたくった該当ページを上目遣いに姉に見せる。ミュゼットはふむふむとそれを読み、やがて感心したようにミュウの肩を叩いた。
「すごいじゃない! これミュウひとりで考えたの?」
「うん!」
「ミュウは魔法の天才ね。お姉ちゃん、すぐに抜かされちゃうかも」
「ほんとぉ!」
そう言うと、ミュウは機嫌を良くして目をごしごしと服の袖でぬぐった。
「あのね! おねえさま、わたし、ゆめがあるの!」
「夢?」
「うん、あのね、おっきくなったら、わたしねえさまみたいなね…………ううん、ねえさまよりももっとすごい、さいきょうのまほうつかいになる!」
「いいわね! お姉ちゃん応援してるわ!」
「なれるかなぁ?」
「なれるわよ。だって、ミュウはわたしのたったひとりだけの最愛の妹なんだもの」
……………………ュウ! ……………ミュウ!
――誰かが自分を呼んでいる。
もう戻らなくちゃならないみたいだ。
けれどもミュウは満足しながら、遠ざかってゆく風景をあたたかい目で見守った。
◆◆◆
飯屋貴政の陽動と、冒険者たちの決死の防戦、そして何よりもミュウ・アルハンゲルの使用した大魔法により邪竜イビルヤンカシュは討伐された。
それは300年ぶりの快挙であった。
街を守った冒険者たちには特別報酬が出され、各地で宴が催された。
冒険者たちの活躍により死者が1人も出なかったことも街全体でのお祝いムードを助長することになったといえる。
中でも、今回の討伐の要となった「ちゃんこ好き好き同好会」には膨大な特別報酬が支給され、中核となった貴政とミュウは一躍、街の英雄となった。
重症を負った貴政だったが、今回は加護の制約によりちゃんこを摂取することができなかったため全治するには3日を要した。それでも医療従事者からすれば、致命傷からの奇跡の復活であり、彼らを大いに驚かせたが、とまれ後遺症を残すこともなく彼も宴に参加した。
メシヤ・タカマサはヒーローとなり、街のあちこちでサインを要求されたり、ぜひ俺に酒を奢らせてくれといって皆に絡まれるようになったのだった。
一方、ミュウはどうかというと…………
こちらはこちらで有名人かつヒーローとなり、皆から引っ張りだこになった。
だが、しかし彼女は貴政と違い、外出を控えるようになってしまった。活躍があまりに派手すぎたために悪目立ちするようになってしまったからだ。
「くらえ「【♰|闇穿ツ超越神滅因子展開術式《デス・アルティメット・デス・エンゲージ・オブ・デウス・ゼロ》♰】!」
「なんの、おれだって! いけ「【♰|闇穿ツ超越神滅因子展開術式《デス・アルティメット・デス・エンゲージ・オブ・デウス・ゼロ》♰】!」
街のいたるところで子供たちが「ミュウ・アルハンゲルごっこ」をして遊んでいる。
彼女が3日間ほぼ寝ずに深夜テンションで完成させた「せかいでいちばんつよいまほう」は、その絶妙なネーミングセンスによって子供たちの憧れの的となり、吟遊詩人が各地でその呪文の名を英雄譚として吹聴したため、今や町中の子供たちがこの遊びをしている始末なのだ。
3日もの間、ぶっ倒れ続け、ようやく体を起こせるようになったミュウであるが、外に出てみると人々からこんな感じで呼ばれてしまうのだ。
「お、デス・アルティメット・デスキャットじゃん!」
「ほんとだ。デス・アルティメット・デスキャットじゃないの!」
「デス・アルティメット・デスキャットぉ! サインちょうだぁい!」
「デス・アルティメット・デスおねえちゃん! 【♰|闇穿ツ超越神滅因子展開術式《デス・アルティメット・デス・エンゲージ・オブ・デウス・ゼロ》♰】つかってぇ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~!」
不名誉なあだ名が定着してしまったミュウは、そのうちに、ついに発狂した。
彼女は頭を掻き毟り「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した」と、呪文のようにぶつぶつと呟き始める。
「よいではないか、そのあだ名。おいどんはかっこいいと思うでごわすよ?」
「どこがよ! どこがそう思うの!?」
「デスって2回言ってるところが死神感あってかっこいいでごわす」
「~~~ッ! やかまわしいわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ミュウはげしげしと貴政の脛を手加減せずに蹴飛ばした。
だが少年は意に介さず「これこれ」と言ってほがらかに笑う。
「おいどんだって、オーク・エンジェルとか。大天使メシヤエルとか呼ばれちゃってるでごわすよ?」
「そっちの方がまだマシじゃないの! 今すぐあたしのと交換して!」
「いや、そんなことを言われてもなぁ……」
ちなみに今は買い出し中だ。
あれから7日の時が過ぎ、貴政の【残酷な天使のモード】の制約が解けたため、ちゃんこ好き好き同好会は満を持してちゃんこパーティを開くことにしたのである。
ゆえに彼らは市場にいた。
指差されるのが嫌なのか、ミュウはフードを目深に被り、顔を完全に隠してしまっている。
「まあ、そう恥じるでないぞ、ミュウ。皆からかっているわけではない。お主を尊敬しているのだ」
「そ、そうだけど……そうだけどぉ」
「それにな、人は飽きっぽい。人の噂も75日とおいどんの国では言っていたでごわす」
「2~3カ月も続くってこと!?」
「いっそしばらく、旅にでも出るか」
「そうね、それがいいわ! そうしましょう!」
ミュウは激しく頷いた。
そんなにあだ名が嫌なのだろうか?
もちろん旅の件は冗談だ。
貴政はこの街を気に入っており、今のところ他所へ行く気はない。
恐らくクゥもそうだろう。なんだかんだ言って3カ月以上、彼女はこの街に定住している。食生活がいいのもあってか、最初に出会った頃に比べれば肉付きも血色も格段によくなった。
と、そこで貴政はさっきまで隣にいた、その少女の姿がないことに気が付いた。
おや? と思ってミュウの方を見る。
だが、そちらにもクゥはいない。
「……あの子は、どこへ行った?」
「さっきまであんたと手を繋いでたじゃない?」
「うむ、おいどんもそう思っていた。しかし、いつの間に離していたようでごわす」
2人は辺りを見渡した。
しかし市場の喧騒の中にクゥの姿は見当たらない。
まさか人攫いにでも逢ったのだろうか?
心配になった貴政は、探知を行う呼吸である、陸の四股――〝把握法を使おうとして、
「あ、いたわ。普通に後ろにいるじゃない?」
だが、そんなミュウの言葉にほっとして、コォォォォォっと息を吸うのをやめた。
振り向いてみると、確かに10メートルほど後ろに普通にクゥは立っていた。
だが妙だ。
彼女の側には人がいて、その人物は片膝を折り、明らかに彼女に傅いていた。
不審者か? と、貴政は思うが、フードを纏うその人物のシルエットは明らかに女性のものである。貴政とミュウは顔を見合わせた。そして、同時にクゥの下へと近付いてゆく。
「どうした、クゥ? その者は?」
「た、タカマサ、このひと、ね?」
果たして、クゥは困ったように貴政とその人物の顔を交互に見つめた。
その人物はクゥの手を取って深々と顔を下げている。
「お探ししました、クーシェナ姫。よくぞ、ご無事で」
そう言いながら、その人物は顔に掛けているフードを取った。
貴政とミュウは息を飲む。
その人物の耳は葉っぱのように尖っていた――彼女はエルフだったのだ。
【第一部 完】
【作者コメント】
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
現状のところ、第二部の執筆は未定となっておりますが、もしよかったら読んだ感想なんかを送ってもらえるとうれしいです!




