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第43話:緊急会合

「こ、これは…………」


 冒険者ギルドの秘書、リシェル・アーヴィングは手渡された本を見て息を飲んだ。

 それは一冊の白い本――上質ななめし皮の装丁の上に色とりどりの色蝋クレミーが塗りたくられたもの――であり、まっさらなページに自由に内容を書き込めるノートのようなものだった。


 その前半に書かれているのは、子供が自由な発想で書き殴った、ただの色蝋クレミーの落書きにすぎない。


 だが後半の内容は、冒険者ギルドの秘書にして王立魔法学園出身のリシェルをしても度肝を抜くような内容だった。


「全くもって馬鹿げています。よくもまあ、こんな馬鹿なものを作れたものです」


「馬鹿って2回言ったわね」


「ええ、馬鹿ですよ、本当に。まさか子供が考えた〝さいきょうのまほう〟()()()()()()()()()()()()なんて」


 呆れたような声を受け、ミュウはフフンと胸を張る。


 場所は冒険者ギルドの長であるバルド・ガルネスの執務室。

 中には秘書のリシェルとミュウ、そしてバルドと貴政がいた。


「我々にもわかるように説明を頼めるか?」


 椅子に掛けているバルドが問うと、リシェルは眼鏡をクイッと上げて「承知しました」と即答する。


「簡潔にいえばこの術式は、強力な魔力障壁という、言うなれば〝絶対無敵のバリア〟を貫通することだけに特化したような魔法です。あえて子供じみた言い方をするのなら〝最強を超えた最強の魔法〟とでも表現するべきでしょうか?」


 そこからリシェルは専門用語を出して術式の詳しい解説を始めた。

 バルドはフムフムと頷いていたが、この世界の魔法のことなど何も知らない貴政にとってはわけのわからない話であった。


 ただ、わかったことはいくつかある。


 1つは、この魔法が非常に強力であり、イビルヤンカシュを屠るポテンシャルを持つということ。もう1つは、これが複雑な魔法で、準備に膨大な手間のかかる大魔法だということだった。


「なるほど。つまり、要約するとだ。当てれば邪竜を倒せるが、その当てるまでのプロセスが難解であるということだな」


「ええ、そうです。邪竜の封印はすでにほぼ解けかけており、後発隊の報告によれば、それは明日までは持たないとのこと。迎撃するならこの都市での市街戦を覚悟すべきでしょう」


「ミュウ君、準備が整ったとして、詠唱に必要な時間はどれぐらいになる?」


「30分ってところかしら」


「30分……つまり、市街地でそれだけの時間を稼げなければならないと」


 バルドは机に両肘を立て、口元を組んだ手の上に乗せる。


「伝承によればイビルヤンカシュは、ある日、突然〝空から〟現れ、人々を焼き払ったといわれている。ようするに、翼があるのだよ。300年もの封印により、その身は朽ちてアンデッドと成り果てているが、恐らく飛行能力は損なわれてはいないだろう」


「ええ、ですので、この作戦を実行するには【飛行フライ】魔法を習得していて、かつ30分も囮になれる呪文詠唱者スペルキャスターが必要になるかと」


「無理だ。現実的ではない。【飛行フライ】を取得している者すらもこの街では稀であるというのに、30分もの長時間、飛行状態を維持できる者は始まりの街(アーネスト)には存在しない」


「やはり無謀な作戦ですか……」


「じゃあ、おいどんが飛ぶでごわす」


 割り込むような発言に、皆が一瞬、きょとんとなった。

 

「おいどんが飛んで囮になるでごわす」


「あ、あんた【飛行フライ】を使えるの?」


「いや使えぬが、空は飛べる。そういう〝神の加護〟がある」


 一同は驚愕し、貴政を見た。

「う、噓でしょ!?」と叫んだミュウに、しかし貴政は首を降る。


「おいどん、これまでお主に対して嘘をついたことがあったでごわすか?」


「だ、だけど、信じられないわ! 魔法以外の方法で長時間空を飛ぶなんて!」


「もちろん、制約と代償もある。だが飛べるのは事実でごわすよ」


「メシヤ殿、その話、詳しく聞かせていただけますかな?」


「うむ、心得た。この権能を使用した場合、おいどんには3つの制約が課されるでごわす」


 そう言って貴政は説明を始めた。


 まず1つ目の制約は、加護そのものが日に1度しか使用できないということだ。

 これはヒゴ=モッコス神の他の加護、具体的には強力なバリアであるAT(アンチツッパリ)フィールドの制約とも重複している。つまり、この加護を使ったが最後、彼は文字通り裸一貫で戦わなくてはならなくなる。


 そして2つ目の制約は、この加護を使用している間、サツマ人の強さの根幹にある〝呼吸〟が一切使えなくなるということである。つまり空中でビームを撃つことはできず、囮となって気を引くためには、なるべく邪竜に肉薄し、その身を危険に晒すしかないということだった。


「そして3つ目の制約だが……正直、これが一番重い。この制約があるからこそ、なるべくこの加護は使いたくないのでごわす」


「それって、命にかかわること?」


「そう表現して差し支えない」


「ま、まさか、寿命を削るとか?」


「ある意味、そう言っていいかもしれない……考えただけで怖ろしいでごわす」


 貴政はぶるりと身震いした。

 ミュウはそんな彼の手を取って「大丈夫よ」と声を掛ける。


「そんな代償を支払わせてまで、あんたにそれをさせる気はないわ。代わりの方法はきっとあるはずよ。だから自分を追い込まないで」


「だが、しかし……っ、それでも、おいどんはこの街を救いたい!」


「タカマサっ……」


「ありがとうございます、メシヤ殿。冒険者ギルドの長として、貴殿の勇敢な決意に感謝と敬意を表します。して、その3つ目の制約というのは具体的にどんなもなのです?」


 貴政はウムと神妙に頷き、覚悟するようにそれを言う。





「1週間、ちゃんこが食えなくなる」





 皆、一斉に沈黙した。

 最初に口を開いたのは彼の隣にいるミュウだった。


「もっぺん言って」


「1週間、ちゃんこが食えなくなる」


「それで寿命が削れるのっ!?」


「ああ、削れるとも、7日だぞ! 7日もちゃんこが食えぬのだ! きっと、おいどんは痩せ細り、餓死してしまうに違いない!」


 それを聞き、ミュウはジャンプした。

 そして空中で大変見事な三回転半宙返り(トリプルアクセル)を披露すると、手加減なしのかかと落としを貴政の頭部にお見舞いする。


「さっさと飛べやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「ま、マゲがァァァァァァァァ!? おいどんのマゲがァァァァァァァァァ!?」


 貴政は悶え、のたうちまわった。

 そんな相方をげしっと踏み付け、ミュウはバルドたちにこう告げた。


「囮の問題は解決ね」


「……そのようだな。メシヤ殿には悪いが、当分の間、好物は我慢していただこう」


 かくして、邪竜の迎撃作戦が練られることになったのだった。

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