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第42話:†覚醒✡猫娘†

 イビルヤンカシュとの戦いから3日が経った。


 常人なら致死量ともいえるほどの呪瘴気ミアズマを浴び、重症を負った貴政だったが、ちゃんこ鍋を接種することで傷は1日で塞がった。ヒゴ=モッコスの加護を受けた力士の強靭な肉体は、この程度でたおれはしないのである。


 傷の深かった両腕にだけはいまだ包帯が巻かれているが、多少しびれが残っているだけで、日常生活に支障はない。


「タカマサ、ちゃんこ、おいしいね」


「うむ。ちゃんこそは至高の食事、至高の万能薬にごわす」


 そんなこんなで昼食を終えると、貴政はクゥを隣に引き連れてとある場所へと向かうことにした。それは以前、成り行きで夜に送っていくこととなったミュウの下宿先、彼女が〝お師様〟と呼んでいる人物の家である。


 それは裏路地を進んだ先にある、城壁の影に寄り添うように建つ小さな薬屋だった。くすんだ土壁はところどころ剥げ落ち、苔の斑が浮かんでいる。軒先には乾燥させた薬草の束がぶら下がり、風に揺れるたびに青臭い香りを漂わせている。


 魔女の家……という形容がしっくりと来る。


 色褪せた木の扉をノックした貴政は、中から店主が出てくるのを待った。

「入ってきな」としわがれた声が聞こえたので、少年はクゥを連れ立って錆びた取ってを引っ張った。


「いらっしゃい。どんな薬をご所望かね?」


「いや、すまぬ。おいどんたちは客ではないのだ」


「冷やかしならとっとと帰っとくれ……と、言いたいとこだが、そういうわけでもなさそうだねぇ。あんたがメシヤ・タカマサかい?」


「む、なぜそれを?」


「当然だろ。とにかくでかくて、目が細い。変な髪型で、変な服着てる。それにエルフの幼女を連れてるとくりゃ、あの子の話に出てくるメシヤ・タカマサ以外に間違いようがないだろうさ」


 老婆はパイプをぷかぷか吹かし、しわがれた声でそう答える。

 よれよれの黒いローブを纏い、骨のように痩せこけたこの老婆、正直言って人相はあまりよくない。それこそおとぎ話に出てくる悪役の魔女のようだった。


「お師様どん」


「ミネルバだよ」


「では、ミネルバどん。今日、おいどんたちは仲間に会いに来たでごわす」


「そりゃそうだろうね。見りゃわかるよ」


「ミュウは今、中にいるのでごわすか?」


「ああ、いるよ。だけど、呼んでも無駄さ。あの子は今、何かに取り憑かれっちまったように魔法を研究してるのさ」


 お師様ことミネルバはフンと鼻を鳴らし、呆れと心配が入り混じったようなとても複雑な表情をした。どういうことか貴政が聞こうとすると「まあ、掛けな」とミネルバは2人に椅子を勧めてくる。


「まったく持って不義理な子だよ。仲間が死にかけたっていうのに、あいつならきっと大丈夫だとか言って、見舞いに行くようなこともしないんだからね」


「いやいや、気にしていないでごわすよ。それよりも、そんなに集中して大丈夫なのでごわそうか?」


「たまにあるんだよ、ああいうことが。今回ほど極端な例は稀だけどね。あの子は何かに集中すると、ぶっ倒れるまでそのことにひたすら没頭しちまうのさ」


 ミネルバは肩をすくめてみせた。

 そしてクゥには白湯さゆを出し、貴政には何かどろどろの緑色をした液体を差し出す。


「サービスだ。呪瘴気ミアズマ由来の傷によく効くよ」


「こ、これ、本当に飲み物でごわすか?」


「いいから飲みな。男だろう」


 そんな言葉に焚き付けられ、貴政は仕方なくその液体――推測からして恐らく薬――を、一気に喉に流し込んだ。それはもう、ひどい味がした。貴政はげほげほとむせてしまい、サツマ男児らしからぬ顔をする。


「こ、これは……良薬口に苦しでごわすっ」


「あんたの国のことわざかい? 言い得て妙な言葉じゃないか」


 老婆ミネルバはヒッヒと笑った。

 まさに魔女……と貴政は思い、だがこんなことを同時に思う。


(おいどんが負った傷のことを知ってるということは、事の顛末を聞いているのでごわそうか?)


「聞いてるよ、何もかもね」


 懸念が顔に出たのだろう。

 まるで心を読むかのように老婆は彼の疑問に答えた。


「……聞いたというのは、邪竜のことも?」


「ああ、聞いた。封印が解けかかっていて、数日中に襲ってくるかもしれないんだってね。邪竜の雄叫びは街にも聞こえてきたから、そういう噂はもうすでにそこかしこで広まりつつあるよ」


「逃げようなどとは思わぬでごわすか?」


「逃げるたってどこへ行くのさ? この街と店がなくなれば、そん時ゃあたしは終わりだよ。あたしだけじゃなく、みんながそうさ。邪竜が復活しようとも、この街に拠点を構えた大半の奴はこの街とともに心中しなきゃならないのさ」


 ミネルバはまるで他人事みたいに自身の行く末を語った。

 この先が長くないからと諦めてしまっているのだろうか?


 その時だった。



『オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』



 という、あの恐ろしい咆哮が遠くの空に響き渡った。

 それはビリビリと薬屋のレンガ揺らし、貴政は咄嗟にクゥの手を握る。


「あぁ、また聞こえたねぇ。あの声が」


「よもや、封印が解けかかっているのでごわそうか?」


「かもしれない。どの道、この分だとこの街はあんまり長くなさそうだねぇ」


 老婆は深く煙を吸い込み、溜息のようにふぅーっと吐き出す。

 沈黙が場を支配した。

 何を言えばよいかわからずに貴政は包帯の巻かれた拳を見つめる。


「ねぇ、お前さん。頼みがあるんだ。お前さんを見て一目でわかった。あんたにだったら、あの子を任せられるよ」


「任せる、とは?」


「まんまの意味さ。あの子を……ミュウを連れて、どこか遠くへ逃げとくれ」


「し、しかし、それは……」


「いいんだよ。老い先短いババアの頼みさ。どうか聞いてはくれないかい?」


 貴政は答えを躊躇した。

 ミネルバの主張はよくわかる。

 老いた薬師の自分とは違い、ミュウは若いし、才能もある。彼女を心中に巻き込みたくない。だから貴政に彼女を連れてこの街を出ろと言っているのである。


 だが、そんなことがどうしてできよう?

 この老婆を含む多くの人たちを見捨て、自分たちだけが安全圏に避難するなどという選択が。


 貴政は何か言おうとして、だがその前に、それを遮るように、薬棚の横にある木製の扉が唐突にバンと開かれた。





「その必要はないわよ、お師様!」





 そう言い放ったのはボサボサ髪で、ネグリジェ姿のミュウだった。

 貴政はぎょっと彼女を見やる。

 こんなだらしない格好の彼女を見るの初めてだったからである。


「できたのよ! これで、誰一人逃げる必要はないわ!」


「できたって……何がだい?」


 ミネルバが聞くと、ミュウは手に持った黒いノートをばっと掲げて見せた。

 貴政に文字は読めなかったが、そこにはクレヨンのようなカラフルな塗料で乱雑に文字が書かれている。


「史上最強にして、最高の魔法よ! この魔法があればこの街を……みんなを危機から救えるわ!」


 目に濃い隈を作ったミュウは、キメ顔で、腕をクロスさせそう言い放った。

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