第38話:竜の霊廟
さて、その後……
霊園地帯の攻略は驚くほどスムーズに進んでいった。
戦士職であるズラードとヴァネッサが前に出て、白骨兵や腐乱犬と言った弱いアンデッドモンスターを処理することで後衛であるヤボックを守り、短縮詠唱が使える彼は【火球弾】などの援護射撃によって前衛たちをサポートした。
そんな中、貴政の役目といえば、
「振塩、振塩、振塩!」
――ファァァァァァン ファァァァァァン ファァァァァァン
ただ塩を投げることだった。
理屈は誰にもわからない。
だが彼が生成する特別な塩は、肉体を持たぬアンデッドへの特効作用を持っていて、それに少しでも触れた生霊や怨霊などはたちまち消えてしまうのだった。
ではミュウは何をしていたかというと……
何もしていなかった。
時々魔法を発動させるヤボックの隣で、ただ突っ立っているだけだった。
――お主は力を温存しておけ。何かあった時の保険になる。
そう貴政は言うものの、あまりミュウの慰めにはならなかった。
彼女の魔法は強力である。
魔法学園の秀才だけあり、その魔法は一撃で辺り一帯を火の海に変えるほどの威力を持っていた。
だが、そういった大魔法は精神力消費が大きい上に、雑魚に対しては過剰な火力だ。そして、この一帯のアンデッドたちは基本的にそんな攻撃をしなくても倒せるようなものばかりなのである。
(でも自棄になって魔法使っても、みんなの迷惑になるだけよね……)
そう思ったミュウは大人しく警戒役に徹することにした。
この陣形に隙はなく、霊園に入ってから僅か1時間弱で一向はその中心にある目的地にたどり着いたのだった。
「なるほど、ここが〝霊廟〟にごわすか」
毒々しい色をした濃い霧が充満する中、貴政は「それ」を指差した。
直径およそ50メートルほどの円形に広がる石畳。
それは怪しく発光する象形文字の円陣で縁取られており、その中心には祭壇のように周囲から盛り上げられた構造物がある。それは階段状になっており、上った先には祠を思わせる風化した石造りの拝殿が見えた。
円陣の中にアンデッドの影はない。
しかし明らかに霧の濃度が上がっており、草木一本生えない土地の雰囲気と相まって不吉な印象を醸し出している。
事実、ズラードとヤボックなどは震え上がり、互いに抱き合うほどだった。
ミュウとヴァネッサは黙っていたが、平気なわけではないのだろう。彼女たちは互いをちらちら見ながら、その感情を気取られぬように取り繕っているようだった。
貴政は、むう、と考え込む。
恐らく、これはこの世界特有の迷信にまつわる恐怖だろう。
例えるなら〝本土〟出身の者が、夜の神社やお寺に行くのをためらうような類のものだ。
「おいどんにいい考えがあるでごわす」
ゆえに少年はそう言った。
「〝スウシャイの涙〟なるものの奉納、おいどんがひとりでやって来るのはどうでごわす? おいどん異国の僧ゆえにスウシャイ神には縁がないが、余所者がそれをやったとしても別に怒られはしないでごわそう?」
そう言って貴政はミュウに手を差し出した。
〝スウシャイの涙〟の涙が入った箱は彼女が持っているのである。
「待ちな、オーク顔」
しかしヴァネッサが割って入る。
「あんた奉納の儀式について、ちゃんとした知識あるのかい?」
「いや、ないが。駄目にごわそうか?」
「儀式には2人要るんだよ。祠には2本の柱があって、どちらかに〝涙〟が嵌まってる。1人が新しいのをくぼみに入れたら、古くなったのをもう1人の方がすぐに取らないと駄目なのさ」
「ああ、つまり……」
「そういうこった。もう1人、誰か行かなきゃならねぇ」
ヴァネッサはちらりと仲間たちを見た。
目が合った2人は抱き合ったまま、泣きそうな顔でぶんぶん首を振った。
「…………あたしが、行くわ」
と、ふいに、彼らの前に出るように猫耳少女が歩を進める。
その顔は青くなっていた。
しかし勇気を振り絞り、彼女はヴァネッサの顔をじっと見る。
「あんたもわかってると思うけど、ここまでの道中、あたしだけなんの役にも立ててないわ。だから、最後ぐらい出番をちょうだい」
「お断りだね」
「なっ、ちょっと!? どうしてよっ!?」
「あたいらのメンツを考えろってんだ。バルドの奴は万全を期して2つのパーティに依頼を出したんだ。それなのに報告する時に、実際に〝涙〟を奉納したのは1つのパーティだけですなんて、どの口で言えというんだい?」
ヴァネッサはめんどくさそうにぼさぼさの髪を掻きながら言った。
「では、ヴァネッサどんが?」
「リーダー同士だ。互いに異存はないだろう?」
貴政はミュウをちらりと見やった。
彼女は何か言いたそうな顔をしていたが、ヴァネッサの言うことは正論であり、筋の通ったことだったため、ほんの少し口を尖らせながら「……わかったわよ」と呟いた。
かくして2つの冒険者パーティ「ちゃんこ好き好き同好会」と「ウルフテイルズ」のリーダーたちは〝竜の霊廟〟に侵入し、邪竜の封印アイテムである〝スウシャイの涙〟の奉納儀式を執り行うこととなった。
祭壇に辿り着くまでの間、2人は無言で歩いていたが、やがて貴政が口を開く。
「ヴァネッサどん、強いなお主」
「あ? 唐突に何言うのさ?」
「本当はめちゃくちゃ怖いでごわそう? だのに仲間たちやミュウを庇った。尊敬に値する行為でごわす」
するとヴァネッサはチッと舌打ちし、貴政の足を蹴飛ばした。
「本当に嫌なオークだね。言わないでいいことを言うんじゃないよ」
「図星でごわすか?」
「ああ、そうさ。反吐が出らぁ。こんな気色悪い場所すぐに抜け出して、酒場で一杯やりたいよ」
それを聞き、貴政は頷いた。
ミュウとの諍いで誤解していたが、話してみるとこの女性、根っから悪い奴ではなさそうだ。もしかすると、今回のクエストを機に和解することができるのではないか?
「ヴァネッサどん、鍋は好きか?」
「あ?」
「ちゃんこというのがあってだな、このクエストが終わったらみんなで食べる予定なのでごわす。もし、よかったらお前さんたちも、いっしょにちゃんこを食わないか?」
するとヴァネッサは呆れたような、馬鹿にするような顔をした。
「本当に気楽なオークだねぇ。悪いが馴れ合うつもりはないよ。他所は他所、ウチはウチさ」
彼女はしっしと手を振った。
どこぞの猫耳娘とは違い、鍋一杯では落ちないらしい。
なんていうことを話しているうち2人は祭壇の前にいた。
階段状の縁を上ってゆくと石造りの祠に辿り着く。
そこにはヴァネッサの言う通り、球形のものをはめることのできる2つの柱が左右にあって、左の柱には何もなく、右には青い宝玉が嵌め込まれていた。
貴政は持ってきた木の箱を開け、中から布に包まれた宝玉を取り出す。
それは右側の支柱に嵌められた玉とそっくりの見た目の宝玉で、松明の火でかざしてやるとそれらの違いはほとんどなかった。
本来ならば、ここで祝詞的なものを僧侶職の女性があげるらしい。
その後、宝玉の嵌まっていない方の柱に新たな〝涙〟を設置して、古い方を逆の柱から取り除く。それが儀式の全容だそうだ。
「今回は変則的に行く。何せ、僧侶職はいないからね。まずオーク、お前がそっちの柱に〝涙〟を嵌めるんだ。そしたら、あたいがこっちの〝涙〟を取って何か異常がないかを調べる」
「異常があったらどうするでごわす?」
「そんときゃ、しれっと新品を右の柱に嵌めるんだ」
貴政は「ああ」と合点した。
それは隠蔽のためだろう。
「左の柱に嵌めてしまうと、次の儀式をする際に細工したことがバレるということでごわすな?」
「わかってんなら、さっさとやるよ。あたいが合図を取るからね」
こうして2人は掛け声とともに左右の宝玉を操作した。
貴政の方の宝玉がカチッと音というともに嵌ると同時、まるで押し出されるように反対側の宝玉がポロッと取れる。
しばらくの間、ヴァネッサは松明の火を近付けたり、玉そのものを振ってみたりして何か調べているようだった。
だがふいに、ショートソードを抜き放った彼女は、前触れもなくそれを一閃する。
「な、何を!?」
貴政は驚く。
真っ二つに割れた宝玉は、そのまま地面に叩きつけられて粉々に砕け散ってしまった。
「やっぱりねぇ。こりゃあ、偽物だ」
「なぜ、そんなことがわかるのでごわす?」
「〝スウイシャイの涙〟というのはね、宝玉のことじゃないんだよ。宝玉状の容器に入った聖水こそがそれなのさ」
ヴァネッサは床を指差した。
果たして、そこに転がっているのは粉々になった破片のみであり、そこに水気は一切ない。「こいつぁ、ただのガラスだよ」と女獣人は断言した。
「一体、なぜ? こんなことをしてなんになる?」
「さあ、そこまでは知らないね。ただ確実に言えるのは、前の儀式をした連中がこんなバレバレの偽物に気付かないはずがないってことさ」
「つまり、誰かが後からこれを偽物の玉にすり替えた、ということにごわすか?」
「ああ、そうさ。とにかくヤバイよ。そっちの玉を右に嵌め直したら、今すぐギルドに報告を……」
ヴァネッサが言いかけた時だった。
キュルルリィィィ~~~ン! という金属質な、おニューなタイプのSEが貴政の脳裏に鳴り響いた。
(む、これはっ!?)
危険を察知した時特有の、理屈を超えた力士的第六感――少年のマゲは、その信号をどこからか受信したのである。
「ヴァネッサどん! 一時撤退にごわす!」
「あぁ、なんだい? いきなり何を言い出すのさ?」
その時、突然、祭壇が波打つようにぐらりと揺れた。
倒れそうになるヴァネッサをどっしりした身が咄嗟に支える。
「い、今のは!? どういうこったい!?」
「説明は後にするでごわす! とにかく、ここを離れるでごわす!」
そう言いながら貴政は女獣人を抱きかかえた。
当然、彼女は暴れたが力士の膂力には敵わない。
「関取の呼吸、拾参の四股――〝翔去流〟!」
その後、貴政は全速力で揺れる祭壇から退避した。




