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第36話:脂肪フラグ

「本当に受けてよかったでごわすか?」


 ロビーに戻って早々に貴政はそう聞いた。

 その前を歩く猫耳少女は「何言ってるのよ?」と言いながら肩をすくめて振り返る。


「あの金額で受けない馬鹿がいる?」


「違う、そういう意味ではない。あのおなご、ヴァネッサがおるだろう? おいどんとしても信頼してもよいものか……」


 その言葉にミュウは驚いた。

 貴政が特定の人物に対し、これほど明確な不信感を表明するのを彼女は見たことがなかったからだ。


「あんたも人を疑うのね」


「お主を傷つけた相手だ。慎重になるのは当然でごわそう」


「……っ、大げさなこと言わないでよ。別にあれぐらいの諍いぐらい、冒険者なら当然なんだから」


 なんていうことを言いながら髪をくるくると手でいじるミュウ。

 実を言うと彼女、照れていた。

 仲間として大切にされていることを明確に意識したからだ。


「別にその、あれよ、あれ。そういうことに関しては疑わなくても大丈夫よ。あいつ性格は悪いけど、自分の損になるようなことはしないから」


「随分わかっておるのだな」


「あたし自身がそうだもの。いわゆる、同族嫌悪ってやつ」


 再び肩をすくめるミュウ。

 そこには自嘲のニュアンスが多分に含まれていた。金に対するがめつさなど、自分とヴァネッサの間には共通点がかなりある。


 それを見た貴政はフムと顎に手をやって何やら熟考し始める。


「サツマにはこんなことわざがある。〝人のマゲ見て我がマゲ折るな〟」


「……ごめん、ぜんっぜんわかんない」


「つまりだな、お主はお主なのだから、人と比べても仕方ない。あまり気負うなということにごわす」


「なにそれ? フォローかなにかのつもり?」


「かもしれぬ」


「下手くそね」


 ミュウはフフッと微笑する。

 2人は並んでベンチに掛けた。

 と、貴政の膝の上に子猫のようにクゥがちょこんと乗ってくる。


「ぼうけん、いくの?」


「そのようでごわす」


「クゥ、おるすばん?」


「んむ、まあな……」


 貴政はミュウに目配せした。

 何しろ薬草採集と違い、今回は危険なクエストだ。

 自衛手段を持たない幼女をみだりに連れ出すわけには行かない。


「大丈夫、すぐに戻ってくるわよ」


「ちゃんこ、もってくる?」


「えっと、それは……」


 ミュウが言葉を詰まらせた時、貴政は、おほん、と咳払いした。


「案ずるなクゥ、冒険が終わればちゃんこを食えるぞ」


「ほんとうに~?」


「本当だ。魔物のちゃんこはできないが、市場に行って具材を買えばちゃんこパーティできるでごわすよ」


「おねえちゃんも、くる?」


「そりゃあ、来るだろう。なにせ、おいどんたちは〝ちゃん友〟にごわすゆえな」


 貴政がちらりとミュウを見やると、彼女は「ちょっ……」と声を上げ、恨めしそうに彼を見た。


「そのやり方はズルいわよ」


「はてさて、なんのことやらなあ」


「……今回だけよ?」


「来るのでごわすか?」


 ミュウは、はいはい、と頷いた。

 すると貴政は上機嫌になり、その細い肩をぽんぽん叩く。


「約束でごわす。このクエストが終わったら、いっしょに至上のちゃんこを食おう!」


「それ、死ぬやつ……」


「む?」


「いや、なんでもないわ。あんたに限ってそれはないか」


 そう言って、ミュウはクゥの金髪をたおやかな手で撫で始めた。

 クゥは気持ちよさそうに目を細め、えへへ、とはにかんだのだった。



   ◆◆◆



「えらいじゃないか、お嬢サマ? よく迷わずに来れたねぇ?」


 ズーグの森の開口部。

 街の城壁の外にある合流ポイントに着いた貴政一行だったが、先に待っていた3人組。そのリーダーの口から漏れたのはミュウに対する挑発だった。


 しかし少女は動じない。

 どころか、すまし顔である。


「あぁん? なんだいその顔は?」


「人のマゲ見てナントカよ。悪いけど、あたしイイ女だから安い挑発には乗らないことにしたの」


「イイ女ぁ? ()()()()の間違いだろう?」


「~~~~ッ! お前どこ見て言った、コラァァァァァァァァァァァ!」


 ミュウは猫耳をピンと立てフシャーと威嚇し始める。

 一方、ビキニアーマーを着た女戦士は、自らの体型を誇示するようにセクシーポーズを取り始め、結局、醜い言い争いは継続されることになったのだった。


 その後ろ。

 2人から少し距離を置いた場所で男衆は冷静に話をしていた。


「では、改めて名を名乗ろう。おいどんの名は飯屋貴政でごわす」


「ズラードだ」


「ヤボックですぞ」


 挨拶は少々、ぎこちまない。


 こちらはこちらで貴政に一方的にしばかれた過去があるため、こうならざるを得ないのだ。とはいえ、それは女性陣に比べれば比較的軽微な因縁だといえよう。


 貴政は自身の能力について、異国の神の力によって戦う戦士職ウォリアーのようなものだと説明した。力士に相当する訳語はこの世界にはないからだ。


「ズラードどんは、確か魔法拳という技を使えるのでごわしたな」


「ん、まあな。巷じゃ〝鉄拳のズラード〟なんていう二つ名で通ってる。もっとも、あんたの技に比べりゃあノミの屁みてぇなもんだがな」


「そんなことはない。お主の拳、効いたでごわすよ」


「そ、そうかい? そりゃ光栄だな」


 禿頭の巨漢ズラードは、ぽりぽりと頬を掻きながら隣の相方に目配せした。

 フードを被った痩せ男は咳払いすると、自らの能力の説明を始める。


「小生、見ての通り魔法職メイジであるため、力に関してはからきしですな。ゆえに後衛を担当しますぞ」


「うむ、では背中は預けたでごわす。お主の魔法は出が早かったので、なかなか頼りがいがありそうでごわすな」


「そ、そんなことは、ないですぞ。しょ、小生の魔法など……」


 謙遜をするヤボックだったが、フードから見える口元は緩んでいた。

 意外と素直な連中らしい。

 これならばやって行けそうだな、と貴政は心中で思案する。





「ぶっ殺すわよ、このクソ売女ビッチィィィィィィィ!」

「やってみやがれ、まな板がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」





 ……ただし問題は山積みだった。

 そろそろ、止めに行かないと。


 3人の男たちは溜息をつき、血の気の多い獣人種リカントたちの間を取り持つことにした。

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