第33話:饗宴、そして大団円
「こ、これは…………!?」
ココット村の村長は、目の前に広がる光景を見て思わず言葉を失った。
縄張りの前で待機していた彼は、突如、聞こえ始めた破壊音、そして爆音に戦々恐々としていた。だがやがて、それが聞こえなくなった。不審に思った彼はいても立ってもいられず、ついに縄張りを踏み越えたのだ。
そうして走って来た先に、その光景は広がっていた。
「め、メシヤ殿……あなたが、これを?」
村長は手を震わせながら眼前に横たわる「それ」を指差した。
そこに〝超越巨体猪〟がいた。
巨体猪などとは比べ物にならない見上げるような超巨体。
だが、その巨体は白目を向いて、口から、鼻から、目の隙間から、しゅうしゅうと黒煙を吹いていた――それはピクリとも動かない――明らかに、すでに死んでいる。
その前に座る、ほぼ裸体の男は、ぜえぜえと肩で息をしながらも穏やかな笑みを浮かべていた。
「メシヤ殿、その足はっ!?」
「ああ、これか。気にするな。少しヘマをしただけにごわす」
「すぐに治療をいたしましょう!」
「いや、いい。止血は済ませてある。それより村長、この草を」
冒険者、飯屋貴政は、そう言うと村長に革袋を差し出した。
彼がその中身を検めてみると、中からは同じような葉の形をした草がたくさん出てくる。
「おお、これはまさに〝泉の草〟! な、なんと感謝を申せばよいか……!」
「それでお孫さんは助かるでごわすか?」
「ええ、これだけの量があれば解呪は一瞬で済むでしょう!」
村長は嬉し涙を浮かべ、その場に跪こうとした。
だが貴政は「まあ待て」と言って、そうされることを拒絶する。
「そういう言葉は後で聞こう。今はお孫さん優先でごわす」
「し、しかし、ですがメシヤ殿っ!」
「わかっておる。お主の気持ちは、おいどんに十分伝わっているでごわすよ。だから村長、1つだけ。頼み事をしてもかわまぬか?」
「ええ、なんなりと!」
「お主の村になるだけ大きな鍋、土鍋でも鉄鍋なんでもいいが、そういうものはごわさぬか?」
「な、鍋ですか? それなら祭事で使う用の大きな鍋が1つ倉庫にありますが?」
村長は首を傾げていた。
なぜ急にそんなことを聞かれたのかわからないという顔だった。
「ではお孫さんを助けた後、それを準備しておいてほしい。あと男たちを何人かここへよこしてもらえると助かるでごわす」
「わかりました。なんのためにかは存じませぬが、村の聖なる泉を守り、孫を救ってくれた大恩人の頼み! このシルヴァ・ココットが責任を持って承りましょう!」
「――で、この騒ぎになったってわけね?」
時は飛び、夜。
ココット村の中央にある広場でミュウは呆れた声を上げた。
彼女が周りを見渡すと、村中の人々が集まっていた。彼らは肩を寄せ合い、酒を飲み、どんちゃん騒ぎの宴をしている。
その中心にあったのはぐつぐつと火で煮え立っている祭事用の巨大な鍋だった。
「で、なんで〝アレ〟が煮込まれてるわけ?」
そのメインの具となっている〝とある肉〟を見て、ミュウは眉間に皺を寄せる。
「いやぁ血抜きがめっちゃ大変にごわした」
「質問に答えろや、このオーク!」
「いや、だってぇ、あんな大量の肉の塊をただ腐らせてしまうのは勿体ないではごわさぬかぁ~?」
「だからって村人に振舞うやつがあるかぁ! ていうか、何!? なんなの、アレ!? なんでみんな普通に食べてるのよ!?」
甲高い声でミュウは問う。
彼女の疑問は当然だった。
何せ、この世界の魔物というのは猛毒を持つ生物とされ、生理的にも、宗教的にも忌避されている食材(?)なのだ。
「聖なる泉に浸かっていたなら大丈夫だろうと皆、口々に言うておった」
「それが本音なわけあるかぁ! あんたが恩を利用して食べなきゃいけない流れにしたんでしょうが!」
「その言い方は心外でごわすな。おいどんはただ、この村の皆に腹いっぱいになってほしいと思っただけにごわすよ」
呑気な顔でそう言う貴政にミュウは食い下がろうとしたが、ふいに後ろからローブの袖をくいくい誰かに引っぱられる。
見ると、そこにはクゥがいた。彼女は器を持っており、そこにはほくほくとやわらかく煮込まれた大猪の肉入りスープが入っていた。
「おねえちゃん。ちゃんこ、おいしい、よ?」
「ええ、わかってる。わかってるわよ。今回のやつも味だけは、どうせ死ぬほど美味いんでしょう!」
「わかっているなら食うがよい」
「やかましいわっ! いい、タカマサ? 今回だけよ? 今回だけは許すけど、今後は魔物の鍋なんてみんなの前で作らないで! あんたの手から出る妙な塩で、あんたが煮込んだ時にだけなぜか魔物の毒が消えるんだから、こんなものみだりに広めたりしちゃ絶対に駄目なんだからね!」
ミュウはキーキーと騒いでいたが、クゥにくいくいと引っ張られて巨大な鍋の方へ向かってゆく。結局、食べはするらしい。好き嫌いせぬのはよいことだな、と貴政はうむうむと首を頷かせた。
さて、おいどんももう一杯……
そう思った時、後ろから声をかけられた。
「む、お主は……」
「メシヤ様、少し、お話よろしいですか?」
「そう畏まることもない。十分疲れは取れたか、ティナ?」
貴政の方からそう聞くと、ディアンドル風の服を着た兎耳少女は、そばかすのある顔ににっこりと笑みを浮かべて頷いた。問題が解決したことで緊張が緩和されたのか、最初に出会った頃の張り詰めた雰囲気は消え、今は素朴で清純な村娘らしさが強調されている。
「妹の調子はどうだ?」
「おかげさまで、すっかり元気になりました。今はまだベッドに寝かせていますが、きっと明日には今までみたいに走り回れるようになると思います」
その報告に貴政は純粋な喜びを覚えた。
そもそも依頼を受けたのも、元はといえばこの娘の妹を救うためだったのだから。
と、貴政は目の前の少女が、とても真剣な表情で自分を見上げていることに気が付いた。どうしたでごわす、と聞く前に、ティナは兎耳をぴょこんと下げて彼に深々と礼をする。
「メシヤ様、もうすでに他の村人たちから散々聞かされたでしょうが。わたし個人からももう一度、あなたにお礼を言わせてください。村を救っていただいて……リサを助けていただいて……本当にありがとうございます」
畏まった態度を取るティナの上で貴政はぽりぽりと頬を掻く。
こういうのには慣れていない。
何せ自分はつい最近まで、どこにでもいる、ありふれたサツマ男児の1人にすぎなかったのだから。
なんていうことを考えていると、ゆっくりと顔を上げたティナに、より真剣な目で見つめられていることに気が付いた。
「メシヤ様、このご恩は必ずお返しします。村には滞在されるのですよね?」
「うむ、まあな。村の者たちが何日か泊まっていけとしきりに言ってくるのでな。3日ぐらいはお前さんたちの家に厄介になる予定でごわす」
「そうですか。そうなのですね……」
「どうしたティナ? 嫌だったか?」
「いえ、むしろ……好都合です」
少女は何かを決意したように、大きめの胸の中央にぎゅっと手を当てた。
「メシヤ様、わたしの部屋は2階にあります。鍵などはかけておりません。ですから、その……ご自由に。な、なんでしたら、今夜でも、わたしは構いませんので……」
ティナはもじもじと体を揺らし、上目遣いに貴政を見る。
はてさて、どういう意味だろう?
発言の意図を聞くために貴政は口を開きかけ、
――ゲフンゲフン!
だが咳払いに遮られる。
ティナは「きゃっ!」という声を上げ、驚いた顔で振り向いた。
「みゅ、ミュウさん! いつから、そこに!?」
「邪魔したかしら?」
「ち、ちちち違うんですっ! これはそういう意味じゃなくっ! 純粋にお礼をしたくってっ!」
「シタくて、なに?」
「そ、それは、そのっ…………えっと、あのぉ…………」
ティナは真っ赤に顔を染め「し、失礼しますっ」と絞り出すように叫んだ。そのまま、ぴゅーっと群衆の中に紛れ込むように逃げてしまう。
何が起こったかわからない貴政は、首を傾げてミュウを見た。
「お主、あの娘に何かしたか?」
「そうさせたのはあんたでしょ」
「んむ?」
「ほんっとにニブい男ねぇ。あんたにあの子はもったいないわ」
ミュウはやれやれと肩をすくめ、貴政の手に何かを押し付ける。
それは木でできた樽のジョッキだった。
中にはパンのような匂いがする茶色い液体が注がれている。
「む、これは、お酒にごわすか?」
「そ、麦酒。この村の特産品らしいわよ」
「むう、どうしような……」
「下戸なの、あんた?」
そういうわけではないのだが……
貴政はちょっと躊躇した。
何しろ、年齢的にまずい。
サツマ連邦の教育方針はいまだに昭和時代のそれである。
もしこんなことが教師にバレたら張り手1000発の刑では済まない。
「……まあ、よいか。ここは異世界にごわすゆえ」
「よく、わかんないけど飲めるのね?」
「一杯ぐらいは付き合おう」
そう呟いた貴政はミュウの顔の前にジョッキを掲げてみせた。
彼女は自分の持つ分をゴツンとぶつけて乾杯する。
「スウシャイに」
「モッコスに」
それぞれの神の名を呼ぶと、2人はジョッキをぐいっとあおる。
だが、貴政はブッと吹き出しかけた。
かなりクセのある味だったからだ。
「不味いわね」
「これ、言うでない」
「まあ、でも無料ならガンガン飲むわ」
「酔いつぶれても知らぬぞ、お主?」
貴政が呆れた声音で言うと「こんなのほとんど水よ、水」と、ミュウは豪気なことを言う。まあ、この世界の人々は、消毒水という名目で水代わりに酒を飲んだりすることもあるそうなので、そもそも価値観が違うのだろう。
「にしてもあんた、本当に何か持ってるわ。巨体猪かと思ったら〝超越巨体猪〟なんて引くんだもの」
「おいどん騙されたでごわす」
「謝ったじゃない、そのことは?」
ミュウは悪びれずそう言った。
十年に一度現れる変異種の、そのまたさらに変異種が出現するなんて、確かに普通の感覚ならば予知しえなくても仕方ない。
だが、そのせいで死にかけたのだ。
口を尖らせる権利ぐらいはあるだろう。
「いや、マジで強い魔物にごわした」
「そりゃAランクモンスターだもの。初日のクエストでそれを引くなんて運がいいんだか悪いんだか」
「まあ、でもお主が正式にクエストを受注しに行ってくれたおかげで、ややこしいことにならずに済んだ」
「それはそう。褒めてもいいわよ?」
「うむ、助かった。有難う」
貴政が素直に礼を言うと、ミュウはほんのりと頬を赤く染め、誤魔化すように麦酒をあおった。
「……そういうことを真顔で言うな」
「いや、助かったのは本当でごわすよ」
「あたしは何もやってない。使い走りに行っただけ。あんたの方こそよくやったわよ」
「では、お互いを讃えよう」
2人は再びジョッキをぶつけた。
水というのは言い過ぎであるが、アルコール度数は高くないらしく、慣れれば意外とぐびぐび飲める。確かに多少エグみはあるが、そういうものだと思って飲めば美味しく飲めるものだなと貴政はジョッキを傾け、思った。
「ふぅ、ごっつぁんです」
「なに言ってんのよ、これからでしょ」
「いや、2杯目はやめておこう。おいどん未成年にごわすゆえ」
ミュウは貴政のその言葉をジョークの類と受け取ったらしく、呆れたような顔になる。
ちなみに、この国の成人年齢は満16才とされている。
「馬鹿なこと言ってないで注ぐわよ、2杯目」
「いやいやいい。やめておく。というか、そもそもお主こそまだ未成年でごわそうに?」
「残念、今年で成年済みよ」
「じゃあ、お姉さんでごわすなぁ」
傾けたピッチャーを持つ手が止まる。
こぼれた麦酒がジョッキをつたってだらだら地面に注がれた。
「…………今、なんて?」
「お姉さんでごわすなぁ、と」
「いや、冗談でしょ?」
「本当にごわすよ」
「ちょ、ちょっと待って。本気で言ってる? あんた一体……いくつなの?」
震える声でそう聞かれ、高校一年生の貴政は自身の年齢を正直に伝えた。
ちなみに彼は早生まれであり、この世界に転移して来た時点で高校に入りたてだった。
そう、つまり彼の年齢は、15才――――
「とっ、ととととっ、年下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
猫耳少女の驚愕の声がココット村に木霊した。
かくしてミュウ・アルハンゲルは、実は自身が目の前の巨漢よりも年上という事実を冒険初日に知ったのだった。
【作者コメント】
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