第31話:一方、その頃……
「ええっと、こっちを左でいいのね」
ミュウ・アルハンゲルはそう呟きながら、目の前に浮かぶ青白い火の玉を見た。
これは人造精霊と呼ばれるもので、魔法によって生み出された疑似生命、その場限りの使い魔だ。
彼女の周りには同じようなものが何匹も浮かび、彼女の跡を追っている。この使い魔には様々な役割があり、探索、囮、光源など、慣れればかなり多様なことを任せることができるのである。
皮肉なことにというべきか、身を守ってくれる者が誰もいないソロの冒険を続けた結果、ミュウの魔法はこのようなオールマイティな探索型に特化したものになっていった。そのせいで〝人魂使い〟なんていう不名誉なあだ名を付けられた過去があるのだが、元凶はもちろんヴァネッサである。
ともあれミュウは、この技能のため、魔法職でありながら盗賊職や野伏職のような特性を持っているのであった。
そして彼女は今、現在、その能力をフルに活かし、安全かつ最短の経路を選んで街へ向かっていた。その目的地は冒険者ギルド。理由は、誰も受けないような低賃金の討伐依頼を受注しにいくためである。
「本当に、何をやってんだかね」
思わずミュウは独りごちる。
わざわざこんな苦労をしてまで割に合わない依頼を受けに行く。
それに、なんの意味があるのだろう?
なんていうことを思う少女であったが、そんな思いに反するように、彼女の足取りは自分でも驚くぐらい軽やかに進んでゆくのであった。
きっと、あの馬鹿に毒されたのね、と少女は軽い溜息をつく。
――しかし……それでは、遅すぎるっ! ちみっこの命が危ういのだぞっ!
今からおよそ半時間前、ミュウの目の前であの男、飯屋貴政は、普段の温厚な口調を崩し、荒ぶるようにそう言い放った。
つい今さっき出会ったばかりのどこにでもいる村娘。
その妹の命が危ないと聞いて、出てきた言葉がそれなのだ。
お人好しという言葉を超えて、馬鹿げているとしか言いようがない。
幼子が危機にさらされている。
たった、それだけの言葉を聞いて、あれだけの感情を吐露できる男をミュウは今まで見たことがなかった。
正直言って圧倒された。
かっこいい、と素直に思った。
自分の得になるか否か。
そんなありふれた尺度で持って、あの男は世界を見ていない。
そのことはクゥの懐き具合を見ても容易に察せられることだった。
単純に子供が好きなのだ。
きっと自分の子が生まれたらすごくいい父親になるだろう。
「顔さえオークじゃなければね~」
誰に対して言うでもなく、まるで自分への言い訳みたいにミュウはそんなことを呟いた。
別に惚れたとか腫れたとか、そういう話はしていない。
だが、もし将来夫を持つなら、ああいうふうに誠実で、子供に優しい男を選ぶと幸せになれるかもしれない。
「ていうかあいつ、いくつなのかしら? おっさんって年じゃないと思うけど、ひとまわりぐらいは上よね、たぶん?」
彼女は少し思案した。
あの巨体、そしてあの貫禄。
纏う雰囲気からしてもかなり年上に違いない。
だから、どうということでもないが、思えば自分は彼のことをまだ何も知らないのことに気付かされた。
このクエストが終わったら、お互いのことを知るために飲みに誘ってやってもいいかもしれない。
「大丈夫、そう大丈夫よ。あいつは巨体猪程度に負けないわ」
自分に言い聞かせるようにミュウは独りごとをさらに言う。
けれども少し不安もあった。
巨体猪は基本的に弱い魔物だが、それでも長命の個体になるとCランク相当の強さを持つものいる。そして非常に稀ではあるが、大巨体猪という強力な変異種が現れることもあるのである。
だとすると貴政ひとりでは厳しいかもしれない。
何しろ、大巨体猪はBランクモンスター。熟練の冒険者でも複数人での対処が基本となるランク帯だ。
「ま、ないか。流石にね?」
何しろ、ここはラヒトの森。
〝始まりの街〟アーネストの膝元にある低難易度のフィールドなのだ。
そんな変異種が現れることなど10年に1度もないだろう。
そう思い、ミュウは頷いた。
まさか自分の相方が、100年に1度の変異種を相手しているなどつゆ知らず――
【作者コメント】
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