第30話:力士VS超巨大猪
巨体猪という魔物がいる。
体高1.2〜1.5メートル、体長約2.5〜3.0メートルほどの文字通り巨体の猪だ。
その変異種に大巨体猪という魔物が存在し、これはそれよりもさらなる巨躯を誇る強力な魔物だとされている。
だが、その魔物のさらに変異種が存在することを知る者はあまり多くない。
まさしく、それは伝説の魔物――その名を〝超越巨体猪〟という。
泉の中から現れたのは、その伝説の魔物に他ならなかった――毛皮を纏ったダンプカー――現代人である貴政の脳裏には、そんな形容が浮かんでくる。
――これは、もう……ここで、やるしかない!
貴政は一瞬で覚悟を決め、甚兵衛をバサリと脱ぎ捨てた。
回し一丁の姿になったサツマ男児の頭に、逃げるという選択肢は端からない。
なぜなら、もしも自分が逃げれば、縄張り意識が強いこの魔物は周囲に被害をもたらす可能性があるからだ。村にほど近いこの場所で、この怪物を暴れさせるわけにはいかない。
貴政はコォォォォォォォォォォと息を吸う。
これは本気で行かねばなるまい。
そう決めた彼の行動は迅速にして、そして何よりも的確だった。
彼はドンッと四股を踏み、普段は滅多に使わない呼吸で自らの〝気〟を高め始めた。
「関取の呼吸、零の四股――〝禰門活化〟!」
力士の少年がそう叫ぶと、彼の体に変化が起きる。
まるで全身の毛穴から物理的なエネルギーが吹き出るように、金色に光り輝くオーラがぶわっと彼を包んだのだ。
別名〝禅集中の呼吸〟
義務力士教育を終え、高等力士教育課程に進んだ者だけが体得しうる、身体の強化の技である。
超サツマ人としての能力を覚醒させた貴政を〝超越巨体猪〟は血走った目で睨み付けた。その大きすぎる口からは、ふしゅるるるるるるるるるるる、と凶悪な息が涎ともに漏れている。
その牙のなんと巨大なことか!
猪というよりも象やマンモスを思わせる前方に突き出した2本の牙は、左右で微妙に大きさが違い、右側の方が擦り減っていた。もしかすると人の「利き腕」のように「利き牙」のような概念がこの魔物にもあるのかもしれないが……
だが、そのような考察をしている暇は、残念ながら貴政にはなかった。
「はっけよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!」
彼が高らかに叫ぶと、それを合図にしたように〝超越巨体猪〟は突進して来る。
――俊足いッッッ!
貴政は驚く。
およそ4~5トンはあるだろうその巨躯からは考えられないほどに、地面を踏みしめ加速した敵の動きは素早かった。泉の水をバシャアアアアアと掻き分け、一直線に向かって来るそれはまさしく生けるミサイルだった。
だが禅集中の呼吸によって強化されている〝力士的動体視力〟を使えばそれを避けることは不可能ではない。
「関取の呼吸、拾壱の四股――〝大鳥〟ッ!」
両腕と片足を上に上げる〝荒ぶる力士のポーズ〟を取った貴政は、そのまま呼吸の効果によって華麗にフワァァァァと宙を舞う。結果、突進は空振りとなり、大猪は木に激突した。
『ブゥモォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』
だがダメージはないらしい。
むしろ突進を受けた木の方が小枝のように折れてしまっていた。
そのすさまじい攻撃をもしも生身で食らっていれば肉片になっていただろう。
(しかし、かわせば問題ないっ!)
貴政は宙に浮いたままコォォォォォォォォっと息を吸い始め、
「関取の呼吸、拾の四股――〝多威砲〟ぉぉぉぉぉぉぉ!」
新たな呼吸を完成させた。
多威砲――別名、壁嵌波。
村長の家で加減して撃った単発の「気弾」とは違う、手と手の間から放たれる極太のビーム砲である。
『ブモォウッッッッ!』
それは敵の背に命中する。
大爆発! 大閃光!
ビームは周囲の地形を巻き込み、地を抉るほどの破壊を起こした。
その影響はすさまじく、盛大な土煙が舞い上がる。
「やったでごわすか!?」
大鳥の効果時間が切れ、地に着地した貴政は、はぁはぁと肩で息をしながら思わずそんな声を上げた。
だがしかし「それ」を言ってしまった時、大体の場合、やってない。
案の定――土煙が晴れ、視界が開けると、そこには背中を僅かに焦がしただけの〝超越巨体猪〟の姿があった。
「くっ、やはり所詮、飛び道具では大した傷は見込めぬかっ!」
貴政はドンと四股を踏み、魔物の次なる攻撃に備える。
猪の化け物は猛り狂っていた。
そいつは『ブモォォォォォォォォ!』と蛮声を張り上げ、前足でドスドスと地面を叩く。
また突進が来るのだろう――当然ながら貴政は思った。
ところが予想に反してそいつは踏ん張ったまま動かなかった。
代わりに歯と歯を擦り合わせカチカチという音を出し始める。
――妙でごわす。何をしてるでごわすか?
貴政の心に迷いが生じた。
一見、今の状態は隙だらけであるようにも見える。
これは接近のチャンスであり何発か技を叩き込めるような気がしたのである。
だが彼の中の直感がそうすべきでないと告げていた。
彼はカチカチというその音を、つい最近まで身近な場所で聞いていたような気がしたのである。
――ま、まさかっ!
貴政は気付いた。
その正体は火打石!
薪に火をくべる際に火花を起こす、あの石の音にそっくりだったのだ。
そして今、目の前で、こちらを見ながらそれをしている敵の目的は、何かへの〝着火〟に他ならない。
――い、いかん! これは避けられぬっ!
貴政は退避しようとしたが、その時、すでに〝超越巨体猪〟は馬鹿でかい口を開けていて、
そこからブレスが放たれる。
次の瞬間、業火の渦が、無力な人間の体を大蛇のように呑み込んだ。
【作者コメント】
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