第27話:お使いクエスト的なやつ
「おお! これはこれは冒険者様! このたびは孫娘を助けていただき、まことに有難うございます!」
白髪交じりの兎耳をぴょこんと垂らした初老の男が、床に跪き、貴政の前に平伏していた。
ああ、いやいや、と貴政は謙遜したが、男は中々顔を上げない。
無理もない。
つい十分前、貴政は、2日も行方不明になっていた、この男の孫娘を背負って村の門の前にやって来たのだから。
人口、数十人ほどの狭い村。
そのような狭いコミュニティの中で、ティナの失踪は当然のこと、皆の間に知れ渡っていた。よって貴政は半ば英雄として村人から歓待を受けたのだった。
そして、この男、どうも村長らしい。
ティナは今、ベッドに運ばれて村の婦人たちに手厚く看病されていた。
貴政は村長の手を取ると、どうか頭を上げてほしいと改めて彼に訴えかける。
対等に話したいという気持ちが伝わったのか、男はようやく顔を上げた。
その目には涙が浮かんでいた。
感謝の気持ちがどれほど強いか、それを見ただけでうかがえる。
「メシヤ殿、私は危うくいっぺんに2人の孫娘を失うところでした」
「2人とは?」
「1人はティナ、もう1人は床についている……彼女の妹のリサのことです」
村長の顔が暗くなる。
貴政が詳細を尋ねると「長い話になります」と言って、彼はテーブルに掛けるよう勧めてきた。するうちドアがノックされ、初老の女性がやって来る。彼女が出したのは白湯だった。女性が深々と礼をした後にそっと扉を閉めると、2人の会話が再開される。
「今から6日前のことです、リサが呪詛蛇に噛まれたのは」
「呪詛蛇とは?」
「蛇に似た魔物です。それは、この辺り一帯だけに生息している魔物でして、とても臆病な性格をしているため人前に姿を現すことは稀ですが、しかし噛まれると〝衰弱〟の呪いを付与されてしまうのです」
村長は淡々と事実を語った。
〝衰弱〟の呪いとは文字通り、生命力が失われ、弱ってしまうデバフらしい。
健康な大人であれば抵抗力で跳ね返すことも可能であるが、幼い子供がその呪いにかかると、持って数日か1週間で命を落としてしまうという。
「ティナたち姉妹は早くに両親を亡くし、我々夫婦が育ててきました。ですから、あの子は幼い妹のことを、なおさら大事に思っていたのでしょう。それで我々の忠告も聞かず、ひとりで薬草を探しに行ってしまいました。そこを、あなたがたに発見されて今に至るというわけです」
貴政はフムと頷いた。
ティナを発見した時の異様なまでの薬草へのこだわり。
あれは妹を助けるために致し方のないものだったのだ。
だが貴政には1つだけ妙に引っかかる点があった。
確か、あの少女は目当ての薬草が〝泉の草〟と呼ばれていると、自分やミュウに打ち明けた。しかし彼女のいた場所は、泉はおろか水場すらろくにないような場所だった。
そのことを聞くと村長は、困ったように兎耳をぽりぽり掻いた。
何かを言おうか迷っている。
そんな葛藤が表情に出ていた。
貴政がじっと村長を見ると、彼は根負けしたように閉ざされた口を開き始める。
「実はですね、呪詛蛇の呪いを解ける薬草は、この村からそう遠くない〝ウーサの泉〟で余るぐらいに採れるのです。ただ、あの薬草は新鮮ものでないと効果を発揮しませんから、貯蓄することはできません。ですので噛まれた者が出た時には皆でその場所に採りに行き、事を済ませていていたのです」
「それができない理由がある、と?」
「そうなのです。今からちょうどひと月ほど前、今まで誰も見たこともない、とても大きな猪のような魔物が泉を縄張りにしたのです。その魔物は非常に執念深く、一度縄張りに入ったものを地の果てまででも追いけてきます。それで薬草を採れなくなって解呪ができなくなったのです。
皆から銅貨をかき集め、すぐに冒険者ギルドに討伐依頼を出しはしましたが、ご覧の通り小さな村です。お金はろくに集まらず、結果、冒険者の方々が救援に来てくれることもなく……」
村長は、はぁ、と溜息をついた。
そこには様々な絶望が内包されているようだった。
白湯を飲み干した貴政は、しばらくの間、考える。
彼は席から立ちあがり、礼を言ってから扉を出た。
「どこ行く気?」
と、ふいに、扉の外で腕組みをしていたミュウが貴政の背に話しかける。
「……やるべきことをやりに行く」
「どこへ行くの?」
「泉でごわす。お主も話は聞いていたろう?」
だが進もうとする貴政の前にミュウは仁王立ちで立ち塞がった。
「駄目よ、タカマサ。それはルール違反」
「何を言っている?」
「聞いたでしょ? この村の人たちはもうすでにギルドに依頼を出してるの。冒険者であるあたしたちが依頼を受けずにそれを受けるのは重大な規約違反になるわ。最悪、資格を取り消されるかも」
「ではどうしろと?」
「いったん街に戻るのよ。それで正式に依頼を受けてから、またここへ来る」
「しかし……それでは、遅すぎるっ! ちみっこの命が危ういのだぞっ!」
貴政はミュウに食い下がった。
その気迫にミュウは息を飲むが、彼女はそれに動じずに無言で彼の頭を指した。
「…………? おいどんの頭がどうしたでごわす?」
「角、曲がってる」
「やっ、嘘!? 鏡ッ! 鏡どこォォォォォォォォ!?」
先ほどまでの威勢が嘘のように慌てふためく貴政の脛をミュウは思い切り蹴飛ばした。さすがに、これは痛かったのか彼は「ぐぉぉぉぉぉぉぉ!?」と悶絶し、勢い余って尻餅を突く。
「落ち着きなさい。冗談よ。あんたの角は曲がってない」
「な、なにゆえ、そんな意地悪を!?」
「あんたが冷静じゃなくなってたから。少しは頭も冷えたでしょ?」
言われ、貴政はミュウの目が、弱者を無下に切り捨てる冷徹さを帯びていないことに気が付いた。
何か言いたいことがある。
まず、その話を聞いてほしい。
貴政は彼女の態度から、そんな気持ちを感じ取った。
「……すまぬ、ミュウ。おいどん、ちょっと焦ってごわした」
「気付けただけでも上出来よ。とりあえず、あたしの話を聞いて」
少女は貴政が立つのを待って冷静な口調で話し始めた。
冒険者ギルドの規範は厳格である。
もし禁を犯し、魔物を倒せば非常にまずいことになる、と。
「恐らく、泉に居座ってるのは巨体猪っていうC~Dランクくらいの魔物よ。外見的な特徴としては、文字通りちょっとでかめの猪って感じ。多分、あんたの余裕で倒せる相手と思うわ。でももし今、誰かがそのクエストを受注したら、あんたはそれを横取りしたルール違反者になっちゃうわけ。ここまでわかる?」
「わかるでごわす」
「で、これがかなり厄介なのよ。さっきも言ったけど、それやると、最悪資格を剥奪されるし、そうでなくても今後の活動にかなり制限がかかると思うわ」
ミュウは再び腕を組み、深刻な口調で話す。
貴政はむぅと顎に手をやって彼なりの知恵を絞ってみた。
「では、その魔物を倒した後に申請に行くのはどうでごわす? 依頼はひと月も放置されてるそうでごわすから、今さら誰かが受けるとも思えぬ」
「確かに、それは一理あるわ。ただ冒険者ギルドって、不正がないかの聞き込みを定期的に村にやってるのよ。これだけ目立ってしまった以上、たとえ村人に悪意がなくても情報が漏れるリスクは高いわ」
「ならどうすれば?」
「分業よ。これはグレーなやり方だけど、あたしが今から街に急いでパーティとして依頼を受けに行くの。その間にあんたが魔物をやっつける。依頼を受けたその日のうちに依頼をこなしたことにすれば、ギリギリセーフの範疇よ」
「なるほどな。つまり、おいどんが1人で泉に行けば全ては丸く収まると」
貴政はフッと微笑んだ。
一方、ミュウは少し心配そうに彼の瞳をじっと見る。
「ねえ……本当に大丈夫? いくらあんたが強いといっても、魔物のソロ討伐はリスクが高いわ。不測の事態が起きたとしても、周りに誰もいないのよ?」
「さすがに、それは心外でごわすな。たかが猪一匹ごときにこのおいどんがやられると?」
「つまり、大丈夫と考えていいのね?」
「おいどんの方は問題ない。お主こそ道に迷ったりせぬか?」
「言ってくれるじゃない、オーク顔」
貴政とミュウはニヤリと笑い、拳と拳をコツンとぶつけた。
「今回だけよ? 割に合わないクエストだけど、あのティナって子の涙に免じてリーダーの顔を立てたげる」
「恩に着る。お礼に今夜はたっぷりと極上の〝牡丹鍋〟を食わせてやろう」
「ボタンナベ?」
「郷土料理の1つにごわす。まあ、楽しみに待つがよい」
貴政はサムズアップした。
かくして、ちゃんこ好き好き同好会(仮)は、善意の緊急クエストを受理することになったのだった。
【作者コメント】
ここまで読んでくれてありがとうでごわす!
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