第22話:お前もちゃんこを食わないか?
「ちくしょう! 覚えていやがりなぁ!」
手下を倒されたヴァネッサは、まるでアニメの三下みたいな典型的なセリフを吐いた。
彼女は倒れた手下どもを蹴飛ばして無理やり起こすと、文字通り尻尾を巻くように裏路地の闇に消えて行った。もしも彼女が男であったら、その前にけじめの一発をお見舞いしていたところだが……
サツマ男児の貴政に女をなぶる趣味はない。
恐らく、それはヴァネッサにとって幸いだったといえるだろう。
そんなわけで、ミュウを荒くれ者たちから守ることに成功した貴政だったが、日はもうすでに暮れていた。街には魔蝋の明かりが灯り、真っ暗闇ではなかったものの、年頃の娘をひとりで帰らせるにはさすがに酷な時間だろう。
「送って行こう」
ゆえに貴政はそう言った。
クゥについては問題ない。
ミュウを追う前に宿屋のおかみに世話を頼んであるからだ。
かくして2人は歩幅を合わせ、ゆっくりと街を歩きだした。
しばらくどちらも黙っていたが、やがて、ぽつりとミュウが言う。
「ありがとう……助かったわ」
貴政は細い目をぱちぱちさせた。
「……なによ、その顔?」
「あ、いやな、普通に言ってくるのだなぁと」
「あたしをなんだと思ってるのよ」
「素直になれない猫ちゃんでごわす」
貴政はちょっとふざけて言うが、しかし返事はない。
てっきり「どういう意味よ!」とか噛みついてくると思ったが……
会話はそこで途切れてしまい、再び無言の時間が続く。
「……さっきのこと、聞かないの?」
だが、やがてミュウが口を開いた。
なぜ絡まれていたか気にならないのか? 恐らく、そういう意味だろう。
「正直に言えば、気になるでごわす」
貴政は本音を打ち明けた。
「というか、そもそもでごわすが、お主のような身なりの娘が、なぜ冒険者の街などに? ローブの下に着ているものは学生服か何かでごわそう?」
やや踏み込んだ質問をすると、ミュウは長い髪を手で梳いて、指でくるくるし始める。
流石に詮索しすぎただろうか?
貴政がそんなふうに考えた時、けれども彼女は口を開いた。
「あんたの予想は正しいわ。お察しの通り、あたしは学生。ただし〝元〟って付くけどね」
そう切り出したミュウは貴政の顔をじっと見つめてきた。
長い話になるのだろう。
彼が頷くと、彼女は前を向き、話の続きをし始める。
「あたしには、血が半分だけ繋がった姉様がいるの。名前はミュゼット・アルハンゲル。今はSランクパーティの魔法職をやってるわ」
「狼のおなごが言うておった名か?」
「それ聞いてたなら話は早いわ。あたしはね、その姉様に憧れて王都の魔法学園に入ったの。魔法学園っていうのは本来、貴族のお嬢様方が優雅に紅茶をたしなむところで、あたしみたいな妾腹の子が通えるような場所じゃないんだけど。でも姉様が優秀だったから、特例で入学させてもらえたの」
「そこで魔法の勉強を?」
「ええ、そうよ。本当に、文字通り、血がにじむぐらい努力したわ」
ミュウはローブをぎゅっと握りしめ、絞り出すようにそう言った。
彼女は淡々と結果を語る。
寝る間も惜しむほどの勉強の結果、優等生にはなれたらしい。
だが、どれほどの努力をしても、天才と呼ばれた姉のような才能が開花することはなかったという。
「あんたの国じゃどうか知らないけど、この国の貴族の文化には真人種至上主義の考えがあって、あたしらみたいな獣人種は劣った人種とされてるの。まあ、それもあってあの学園にはいい思い出が1つもないわ」
「人種差別というやつか?」
「平たく言えばそんな感じ。ま、ここみたいな平民の街じゃ関係のない話だけど」
貴政はフムと頷いた。
確かに、さっきのヴァネッサも獣人のような見た目であったが、いわゆる〝人間〟の男たちを子分のように従えていた。
少女はなおも話を続ける。
なんでもミュウの母親は、さる大貴族に仕えるメイドで、獣人種としての形質はその母からのものらしい。
だがその見た目が災いし、ヒト型種族を至上とする貴族の子女の学園で彼女は浮いた存在となった。それは生徒だけに留まらず、教師ですらも彼女に対して冷ややかな態度を取ったという。
やがて彼女はこう考えた――この環境では伸びない、と。
ゆえに学園を飛び出して、冒険者として名を上げることで姉に並ぼうと思ったそうだ。
「で、この街に来たわけだけど、ここでもあたし浮いちゃったのよね。制服を着た呪文詠唱者なんて、普通こんな街来ないから。でも、そんな時にジェイドっていう、この街ではかなり実力のある冒険者がパーティに勧誘してくれて。その時、いっしょにいたのがヴァネッサ。あたしは、そこで2カ月ぐらい専属の魔法職をやってたの」
ミュウは当時の状況を語る。
彼女への期待は大きかった。
中退といえど魔法学園《公的機関》で教育を受けた魔法使い。
そんな存在を仲間にすれば、そのパーティの戦闘力は飛躍的に上がると思われたのだ。
ところが大きな誤算があった。
魔法学園で習う魔法というのは、長い呪文を唱えて使うある種の「型」にはまったもので、実際の冒険でよく使うような短縮系の詠唱を彼女は使えなかったのだ。
そのせいでかなり揉めたという。
ミュウはパーティに不要だと主張するヴァネッサに対し、リーダーのジェイドは彼女を庇った――経験不足は仕方がない。修練を積めば役に立つはずだ、と――だが、この擁護が不和を生み、修復不能の軋轢を生んだ。口論が絶えず続いた結果、結局パーティは解散となり、ミュウはヴァネッサから執拗に敵意を向けられるようになったという。
「ま、あれね。いわゆる女の嫉妬ってやつ。ヴァネッサの方が一方的にジェイドのことを好きだったのよ。あたしとジェイドの間にはそういうの何もなかったのに」
「むう……色恋のことはよくわからぬが、ようはあのおなごがお主を羨み、逆恨みしたということでごわすか?」
「ざっくり言えば、そういう感じ。本当、迷惑しちゃうわよ。しかもあの女、嫌がらせとして、あたしに関する根も葉もない噂をギルドに流し始めたの。そのせいでそれを真に受けた奴らが、その……キモい目で見てくるようになっちゃって」
ミュウは自らの肩を抱く。
ヴァネッサという女の性格からして、それがどのような類の噂であるかは想像に難くないことだ。
「ま、そんなわけで、それからあたしは、ソロで〝薬草採り〟とかのケチな仕事をしてるってわけ。別に面白い話でもなかったでしょ? 夢見る少女が夢破れ、街に出て来て腐ってる。そんな捻りも、オチもない、どこにでもある陳腐な話よ」
話し終えたミュウは自嘲するようにやれやれと首を振ってみせる。
自分に呆れ、失望している。
そんな印象を貴政は受けた。
「……ねえ、メシヤ。あたしの方からも聞いていい? どうして、あたしを助けてくれたの?」
「そりゃ、困ってるように見えたからでごわすよ」
「絶対嘘ね。お金をやっぱり返せとか、そういうことを言いに来たんじゃないの?」
ミュウはローブの内側をまさぐり、コインの入った皮袋を出した。
その目がちらりと貴政を見る。
返せと言うなら返すわよ、なんていうことを示す目だ。
「いいや、いい。取っておけ。おいどんは、そんな無粋なことをお主に言いに来たわけではない」
「じゃあ、何よ?」
「ちゃんこでごわす」
「…………ちゃ、ちゃんこ?」
「うむ、そうだ。お主、おいどんたちとまた、ちゃんこを囲む気はないか?」
足を止め、急にそんなことを言いだした貴政をミュウはいぶかしげな顔で見た。
いきなり何を言い出すの? とでも言いたげな表情だ。
「確かにまあ、あれは美味しかったけど……魔物鍋なんてもう嫌よ」
「む、では普通のちゃんこはどうだ? 化け物の肉はもう入れぬ」
「それなら、まあ、別に食べてもいいけど……って、違う違う! 一体、何が言いたいのよ? 本当にそんなこと言うためだけに追いかけてきたわけじゃないでしょう?」
ミュウの言うことはもっともだった。
ちゃんこ文化を知らない者に、サツマ特有の比喩表現を使ったところで正しい意味は伝わるまい。
「では、もう直接口に出そう。おいどん、お主とちゃんこを食いたい。ちゃんこと言うのは、おいどんの国では、大切な友と分かち合うとても神聖な食べ物なのでごわす」
「だ、だから、何よ! どういう意味よ!」
「お前が欲しい」
「え」
「お前が要るのだ。おいどんたちには、お前のような賢い仲間が必要でごわす」
貴政はミュウの目をまっすぐ見つめ、真剣な顔でそう言った。
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