第21話:プラスサイズの救援者
「あんた一体……何者だい?」
薄暗くなった路地の中、ヴァネッサは髪を掻き上げ、聞いた。
「通りすがりの力士にごわす」
「リキシだって?」
「む、間違えた。力士ではなく坊さんにごわす」
貴政がナムナムと手を擦り合わせると、ヴァネッサはチッと舌打ちする。
「てめえの職業なんざ、どうだっていい! どうして、そいつを助けたりした!?」
「いや、どうしてもと言われても、助けたかったからとしか」
「ハッ、なんだ! やっぱりそういう関係じゃないか!」
「何か勘違いしておるようだが、おいどんとミュウは〝ちゃん友〟にごわすよ?」
「あぁ、なんだってぇ!?」
「ちゃんこ友達でごわす。同じちゃんこを食した者を、おいどんたちは仲間と呼ぶ」
わけのわからない答えを聞いて男たちは首を傾げていた。
しかしヴァネッサだけは、恨めしそうに、妬ましそうに、貴政に抱かれたミュウを仇のようにねめつけていた。
「メシヤ……」
「ミュウ、下がっておれ。ここはおいどんに任せるでごわす」
そう言いながら少年は、少女を広い背の後ろに隠した。
そうしてカッと目を見開く。
久方ぶりの〝開眼〟だった。この状態で敵を見ることで、サツマ男児は相手の力量をある程度把握することができる。
「ほぅ、フムフム…………んんぅ~?」
だが彼は眉間に皺を寄せた。
〝開眼〟をやめた彼の目は元の細いものに戻っている。
「お前さん、名はなんという?」
「オークに名乗る名はないよ」
「では狼のおなごと呼ぶが、お主がそやつらの親玉か?」
「だったらどうだと言うんだい? 女が頭じゃおかしいかい?」
挑発的にヴァネッサは言うが、貴政はゆっくりと首を振った。
「無論そのようなことはない。しかし、お前さんの体はなんというか、その……親玉にしては綺麗すぎる」
「あ?」
「体を鍛錬った形跡が見えんのでごわす。ぶっちゃけ、お主よりミュウの方が総合的な戦闘力は高いでごわすよ」
その発言は地雷だった。
それも特大級の、である。
「……そのポンコツより、あたいの方が弱いってそう言いたいのかい?」
「有り体にいえば、そうでごわすな。ミュウと対峙した時に感じた脅威をお前さんからは感じない」
「じゃあ、なにかい! あたいのカラダが綺麗なのは、汚いことをしたからってのかい!」
「あ、姐さん! 多分そういう意味じゃ!?」
「そ、そうですぞ! そうですぞ! どうか一旦、冷静に……!」
ドンという音が周囲に響いた。
ヴァネッサが近くの木の壁を拳で叩いた音だった。
「黙りやがりな、お前たち! こんな舐めた口、聞かされた上で引き下がれると思ってんのかい! ズラード! ヤボック!」
「「ヘイ、姐さんっ!」」
「あのオーク野郎、理解らせな! うまくやれたら、今日の夜――イイ思いさせてやるからさ!」
ヴァネッサが胸を揺らして言うと、それまでの顔から打って変わって、いやらしい笑みを2人は浮かべた。
男たちは互いに頷き合うと、ローブの男は後ろに下がり、スキンヘッドが前に出た。
「これは仕方ないことですぞ?」
「悪く思うなよ、オーク顔?」
痩せ男は杖を取り出して呪文を詠唱し始める。
一方、禿頭の巨漢の方は、拳をコキコキと鳴らしながら貴政の方にゆっくり近付いて来た。
「気を付けて! あいつは魔法拳の使い手よ!」
「まほうけん?」
「魔力を拳に乗せれるの! まともに食らったらあんたでもっ!」
ミュウの忠告は遅かった。
なぜならその時、相手の拳はすでに振り上げられていたからだ。
「ぶっ飛びなぁ! オーク顔ぉぉぉぉぉ!」
ズラードと呼ばれたその男、身長は貴政より上だ。
ゆえに上から一方的にその攻撃は放たれた。
――ボゴォォォォォォォォォォォ
と、人体から出たとは思えない音が路地に大きく木霊する。
だが、貴政は少しよろけたものの、すぐに体勢を立て直した。
禿頭男は口笛を吹き「やるじゃねぇか」と賛辞を贈る。
「本気で殴ったつもりだったんだが、まさか倒れずにいられるとはなぁ」
「うむ、おいどんも驚いている。お前さん、なかなかやるでごわすなぁ」
答えた貴政の顔からは鼻血がつうっと滴っていた。
ミュウが「メシヤ!?」と声を上げるが、彼は手を出して背にいる少女が前に出ないよう注意する。
「心配いらぬ」
「だ、だけど……っ!?」
「こんなもの傷のうちに入らぬでごわす。それよりも、おいどんうれしいでごわすよ」
なんてことを言った貴政はコォォォォォォと息を吸い、独特のリズムで呼吸を始める。
「なにせ、人間にこれを使うのはかなり久しいでごわすでなぁ」
「あぁ、なんだぁ? 何を言ってんだぁ?」
「死ぬんじゃないぞ、お前さん?」
そう警告した次の瞬間――
貴政の2本の腕は前に突き出されていた。
ボゴンッッッッッッッッッと何かに当たる音。
同時に放物線を描き、宙に舞い上がる巨漢の体。
「がはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
巨体が背後に落ちた時、「は?」という声をヴァネッサは上げた。
恐らく、この場にいる者の中で、何が起きたかを把握できた者は貴政の他にいないだろう。
だが、もしもサツマ男児と同等の力士的動体視力を持つ者がいれば、こんな情景が見えたはずだ――貴政の張り手が超高速で怒涛のごとく連打され、それが重なってたった一撃の「突き飛ばし」に見えた情景が。
「――関取の呼吸、弐の四股〝古弐式〟」
少年が技名を言い終えた時、すでに勝敗は決していた。
禿頭の巨漢ズラードは、白目を剥いて大の字に倒れ、ぶくぶくと泡を吹いている。
「くっ! こうなったら魔法だよ! ヤボック、撃ちな!」
「承知っ! くらえ【火球弾】っ!」
ヤボックと呼ばれたローブの男は杖を貴政に向け、叫んだ。
すると人間の顔ほどの大きさの火の球が目にも止まらぬスピードでその先端から撃ち出される。だが、しかし――
「張威」
そう言って、貴政はそれを張り手で撃ち落とす。
「え」という声を誰もが上げた。
ミュウを含めた3人ともが。
「お、おかしいねぇ……もう一発だよ!」
「しょ、承知っ! くらえ【火球弾】っ!」
「張威」
「ッッッ!? 【火球弾】っ!」
「張威」
「ッッッッッ!? ぬぉぉぉぉぉぉ! 【火球弾】ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
――ペシン
そんな乾いた擬音とともに最後の炎球も撃ち落とされる。
詠唱分の弾を撃ち尽くし、攻撃手段を失くした魔法職の男は「ひィィィィ!?」という声を上げながら尻餅を突いてしまう。
「ば、化け物ぉぉぉ!? 化け物ですぞぉぉぉぉ!?」
「失礼な。おいどんはれっきとした人間でごわすよ。そうであろう、ミュウ?」
「え、ええ、そうね…………たぶん、だけど」
そう回答したミュウの目は、だが彼の目からは逸らされていた。
しかし少年は気付かない。
彼は怯える魔法職の男に、のっしのっしと近付いてゆき見下ろしながらこう告げた。
「右の張り手と左の張り手、どっちがいいでごわすかねぇ?」
「ひ、左ぃ! せめて左でお願いしますぅぅぅぅぅ!」
「承知した。ちなみに言い忘れておったでごわすが、実はおいどん両利きでごわす」
「そ、そんなぁぁぁぁぁぁぁ!? あんまりだァァァァァァァァァ!?」
男は後ずさろうとして、しかし胸ぐらを掴まれる。
直後、ばちこぉぉぉぉぉぉぉぉん、という小気味いい音が薄暗い路地に木霊した。
【作者コメント】
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