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第20話:孤独な青猫

「ああ、もうっ! 馬鹿馬鹿っ! なんなのよっ!」


 茜色に染まる路地を歩きながら、ミュウは心中のいらだちをそのまま声に出していた。

 誰かに対するものではない。それは特定の相手というより、このようになった成り行きや自分自身に対するものだった。


 というのも、ミュウにはとある考えがあった。

 それを思い付いたのは、昨日の討伐作戦の時。


 あの男、メシヤ・タカマサに敗れ、彼の拠点に招かれた際、彼女は彼との交流を通して彼が魔物ではないことを理解した。


 この男はちょっと頭がおかしい。

〝イセカイ〟とかいう場所から来たとか意味不明なことを言っている。

 だが、そのことを差し引いたとしても彼の強さは本物だった。何せAランクの魔物を素手で討伐し、鍋にして食ってしまうような奴なのだから。


 だからこそミュウは一計を案じ、あの男を異国の僧に化けさせて街に引き入れる作戦を立てた。そのために彼女はあの洞窟の中で一晩過ごし、小道具作りを手伝ったり、この世界、そしてこの国に関する最低限の知識を教え込むことにしたのである。



 ――全ては彼、貴政をパーティメンバーにするためだ。



 冒険者ギルドのマスターは元凄腕の冒険者であり、かつては戦士職ウォリアーだったらしい。よって彼ならば貴政の実力を見抜き、一目見ただけであの男をギルドに引き入れるという確信があった。


 その計画は上手く行った。

 さらには思わぬ収穫もあった。


 ただの人間を魔物と間違え、討伐依頼を出してしまったことはギルドとしてもメンツが立たない。そこでオークの討伐はミュウが成し遂げというカバーストーリーが作られたのだ。


 これによりミュウの名声はうなぎ上りになったはずだ。

 この状況で貴政と組めば、自分はこの街、アーネストにおける最強の冒険者の1人になれるだろう。


 そうすれば〝姉さん〟に近付ける。

 自分の価値を証明できる。 

 めかけの子だと自分を嘲笑わらい、馬鹿にして来た連中を見返すことができるはずだ。


 そう思い、ミュウは行動した。

 ようするに、彼女の原動力は利己的な野心だったのだ。


(それなのにっ……!)


 ミュウは歯噛みする。

 そんな計略を巡らせるには、あの男はあまりにも無知無欲、そして純粋だったのだ。


 ――これはお主の分でごわす


 そう言いながら、貴政は狩った魔物の報酬を躊躇なく自分と折半した。

 つい昨日、顔を合わせただけの他人のはずの自分にだ。

 これは本当に予想外だった。


 ――あたしの仲間にしてあげる!


 そう高らかに言うはずが、ミュウは見返りにこの街の案内役を任されたのだ。


 すると、どうだろう? あの男は目を輝かせながら、まるで子供のように冒険者の街の観光を楽しみ、そしてまた連れの少女とともに自分に礼まで言ってきた。


 それで罪悪感が湧いた。

 自分のこれまでの行動がひどく浅ましく思えてきたのだ。


 そのせいで……言えなくなった。

 拒絶されるのが怖くなった。

 一方的に、高圧的に、パーティを組めと言うことがどうしてもできなくなったのだ。


(でも、まだチャンスはあるはずよ。明日、ギルドのロビーに行けば……)


 なんていうことを考えるミュウは、路地の正面から近付いて来る影に気付けなかった。そのせいで、そいつの右肩に思い切りドンとぶつかってしまう。


「――っ!」


 危うくミュウはこけそうになった。

 ただ、ぶつかられたわけではない。

 それは意図的に力をこめた体当たりとでも言うべきものだった。



「おやおや、これは奇遇だねぇ? こんなところでお嬢サマに会うとは?」



 芝居がかった大仰な声が路地に木霊した。

 肩を押さえながら前を見ると、妙齢の女獣人がミュウの前に立ち塞がってる。


「……っ、ヴァネッサ」


「光栄だねぇ。名を憶えていてくれたのかい?」


「忘れるはずがないでしょう! だいたい、あたしはあんたのせいでっ!」


「おや、なんだい? 子猫ちゃん? 言いたいことがあるのかい?」


 ヴァネッサと呼ばれた獣人種リカントの女は口元をニッと歪ませる。

 ぼさぼさっとした茶色い髪に、イヌ科動物を彷彿とさせるシャープな耳。その特徴は人狼ワーウルフとも呼ばれるオオカミ獣人の特徴だ。


 その腰元のショートソード、何よりやたらと露出の多い、いわゆるビキニアーマーは、彼女が戦士職ウォリアーであることや、そのような鎧を着られるほどの見事なプロポーションを持つことを示唆していた。


 彼女の後ろには2人の真人種ヒュームが控えている。

 1人は全身をローブで覆う枯れ枝のような痩せ男。

 もう1人は筋骨隆々のスキンヘッドの巨漢である。


 彼らが前に出て来たせいでミュウは二の句を継げなくなる。

 するとヴァネッサは気をよくしたのか、軽薄な笑みをさらに強くした。


「いやはや、驚かされたねぇ? てっきり、あたいははお前の体は清らかだって思っていたけど、そうでもなかったみたいだねぇ?」


「……なんの話?」


「あのオークだよ。酒場で話していただろう?」


「タカマサのことを言ってるの?」


「おやおや、名前があるのかい? てっきり、あたいはオークが服着て話してるのかと思ったよ」


 そのあからさまな煽りを受けて、ミュウは迂闊うかつさを自覚する。

 どうやら酒場で一緒にいたのを彼女たちに見られていたらしい。


「で、どうなのさ、そっちの具合は? オークみたいな野郎のナニはやっぱ豚みたいな形してんのかい?」


「ふ、ふざけたこと言わないでっ! そんな関係じゃないわよ、あたしら!」


「じゃあなんだい、お嬢サマ? あれはあんたの仲間かい?」


「そ、それは……そうじゃない、けど…………」


「ほぅら見たことか、違うじゃないか? それじゃあ言い訳できないねぇ?」


 なぶるような目に見下ろされミュウは唇を噛み締めた。

 親玉に同調するように2人の男もニヤニヤ笑う。


「ま、でも別にいいんじゃないかい? お前みたいなか弱い女は、股を開いて、乳でも揉ませて、男に守ってもらえばいいのさ」


「なんですって! あんたといっしょにしないでちょうだい!」


「ハッ! 言うじゃないかお嬢サマ! だったら聞くが、どうしてお前ウチのパーティを突然抜けたりしたんだい? 弱くないっていうのなら、ジェイドの奴が王都に行っちまう前にどうして逃げたりしたんだ? えぇ?」


 ヴァネッサはミュウの髪を掴む。

 彼女さらに唇を噛み締め、わなわな拳を震わせた。


「なぁ子猫ちゃん? いい加減、気付けよ? お前に魔法の才能はねぇんだ。お前がいくら頑張ったところでミュゼット・アルハンゲルになれねぇよ」


「そ、そんなことはっ!」


「ないって言えるか? なら半年もこの街にいるのに、どうしてお前はEランクなんだ? もしミュゼットならどうだった? たとえ戦士職ウォリアーがいなくても、ソロで着実にレベルを上げてすぐSランクになったんじゃないかい?」


 ミュウはヴァネッサに反論しない。

 と、いうよりもできなかった。


「な、わかれ? 無理なんだよ。お前は神様に好かれてない、凡愚で、陳腐で、下等な屑だ。まぁ、でもツラはいいからねぇ? もし、よかったら紹介してやるよ」


「な、なにを……っ」


「お店をさ。この路地の裏の並びにはねぇ、お前みたいな年頃の娘に興味津々の紳士がたくさんいるんだ。なっ、行こう? 連れてってやるよ?」


「いやっ! やめてっ!」


「アハハ! いいざまだねぇ~~~~~! ジェイドにも見せてやりたかったよっ!」


 ヴァネッサはミュウの腕を掴み、強引に裏路地に引き込もうとする。

 同じ女でも戦士職ウォリアー魔法職メイジ、腕力の差は歴然だった。


 気付けば夕日は沈みかけ、空は暗がりを帯びていた。


 ミュウは叫ぶ。

 しかし誰も来ない。

 仮にもし通行人がいたとしても、よほどの正義漢でもない限り、荒くれ者の冒険者同士のいざこざに口を挟む者はいないだろう。


 ミュウの両目から涙が溢れる。


 誰もいない。

 ひとりぼっちだ。

 成すすべもなく手を引かれながら彼女は最悪な想像をした。


 このまま本当にそういう店に誘拐されてしまうのだろうか?


 ぎゅっと目を閉じた、その時だった。

 薄暗くなった裏路地に野太い声が木霊する。






振塩フリージオ






 直後、ヴァネッサは目を押さえ「ぐわぁぁぁぁぁ!?」と身悶えし始めた。

 さらさらとした白い砂……否、シオが彼女に投げつけられたのだ。


「なっ! あ、あんた……っ、どうして、ここに!?」


 ミュウは混乱し、思わず叫ぶが、答える前にその人物は彼女の腕をくいっと引っ張り自身の腹へと抱き寄せた。

 突然のことに固まる少女の背中を、その人物はやさしく撫でる。


「怪我はなかったでごわすか、ミュウ?」


 耳元で不意にそうささやかれ、彼女の目頭は熱くなった。

 答えの代わりに嗚咽が漏れる。

 だが、それだけで十分だった。



 目を鋭くした貴政は、彼女を害する冒険者たちを無言でじっとにらみつけた。

【作者コメント】

ここまで読んでくれてありがとうでごわす!

面白かったら、高評価、ブックマークなどで応援してもらえると嬉しいでごわす!

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