第19話:言えない言葉
さて、その後……
服屋の店主と交渉(?)したミュウは、ほとんど無料に等しい値段で、貴政が買おうとしていた甚兵衛を手に入れた。
なんでもあの服、もう何年も店の奥で埃を被っていたものらしく、あの強引な押し売りは在庫処分も兼ねたものだったらしい。
ミュウの功績はそれだけでははない。
貴政の無知につけこんで大金をせしめようとしたことを盾に、彼女はクゥの服の購入にも強気な対応をしたのである。
(なんだか悪い気がするでごわす……)
なんてふうに思う貴政だったが、これは現代のサツマ人的感覚だった。
これは後から知ることになるが、実はこの世界の店の商品には基本的に値札が付いていない。ゆえに、それぐらい強く行かないと足元を見られてしまうのである。
ともあれミュウの活躍によって、店主は半泣きになりながらクゥの分の服も安くしてくれた。こちらはそれなりの値がしたが、それでも彼女がいなければ甚兵衛の時の二の舞いになっていたろう。
「ほら、できたわよ」
そんな声とともに、試着室から猫耳少女と、彼女に背中を押される形でエルフの少女が現れる。
貴政は「おぉ!」と歓声を上げた。
それほどまでにクゥが着ている服は彼女に似合っていたのである。
ベースとなるのは亜麻色のゆったりとしたチュニックワンピ。
ゆったりとした、袖のない、動きやすそうなこの服の上には、その華奢な肩を保護するようにオリーブグリーンのマントが掛けられていて、金髪がとても映えている。
あまりに似合っているために、ある意味コスプレみたいに見えた。
ようはファンタジー世界における「エルフ」の装いそのものを、ミュウは限られた組み合わせの中から見事に再現したのである。
貴政はクゥの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「よかったなぁ、クゥ! ちゃんとお礼を言うのでごわすよ?」
「うん、わかった! え、えっと……あ、ありがとう! ミュウ、おねえちゃん!」
〝おねえちゃん〟という語を聞いた時、ミュウの猫耳はピンと立った。
魔法職の少女はぼそぼそと「別にあんたたちのためじゃ……」的なことを言い始めたが、ローブから覗く尻尾の動きは感情を隠しきれていなかった。
素直になれぬ奴だな、と貴政は苦笑しながら思う。
かくして力士の少年と連れのエルフの2人は、出会ってからおよそひと月ぶりにまともな服を手に入れたのだった。
この後もミュウは街の様々な場所を仔細に案内してくれた。
雑貨屋、薬屋、定食屋などの日常で使う施設から、武器屋、防具屋、ポーション屋などの冒険者用の施設まで。
彼女の仕事は完璧だった。案内される貴政は、まるでゲームの街並みみたいだと心中でテンションを上げまくる。
「楽しそうね」
「うむ、楽しいでごわす。お主の案内が上手いでな」
そう言うと、ミュウは「あっそ」と言って貴政から目を逸らしてしまった。
どうも人から褒められることにあまり慣れていないようだった。
――半日ほどの案内の後、最後に案内されたのは宿屋であった。
なんでも、そこは冒険者ギルドの息がかかった長期滞在者向けの宿らしい。
普通はギルドに所属して、ある程度、功績を上げた者だけが住むことを許される場所なのだそうだが……
貴政は実はバルドから、とある書簡をもらっていた。
それを宿屋の主人に見せると、彼は無言で頷いて、貴政とクゥをその宿の中でも最も上等な部屋に招き入れた。
あまりにもスムーズな成り行きに、貴政は逆に困惑してしまう。
「あんたたち、いいご身分ねぇ。地方から来た余所者なんて、普通はもっと棺桶みたいな寝るだけ宿に泊まるのが普通なんだから。ギルマスに感謝しなさいよ?」
釘を刺すようにミュウは言う。
どうも貴政の扱いは、通常考えられないほどに優遇されたものらしい。
「なぜ、こんなにもよくしてくれるでごわそう? 坊さんと嘘をついたからでごわそうか?」
「それだけじゃ、こうはならないわ」
「むぅ、ではどうしてでごわそうか?」
「それぐらい自分で考えなさい」
ミュウはつっけんどんに言い、宿屋の門を出る。
時刻は黄昏時だった。
沈みかけた日の作り出す背の高い影が街を覆い、空は茜色に染まっている。
「何から何まで助かった」
「別に……あくまで魔宝珠の件の見返りよ」
「それでも助かったでごわす。有難う、本当に」
貴政は律儀に礼をした。
それを見たクゥも彼を真似、ぺこりと腰を曲げて見せる。
ミュウは何かを言いたげに、一瞬、口を開きかけた。
しかし言葉は出てこない。
彼女はどこかもどかしそうにローブをぎゅっと握りしめ、
「……あんた、明日はどうするの?」
ややあって、そんな言葉を紡ぐ。
「そうでごわすな。とりあえずギルドに行ってみようと思う」
「じゃあ、その……冒険者になるつもりなの?」
「うむ、まあな。他にできることも思いつかぬし、化け物を退治することは今までもやって来たからな」
貴政はぽりぽりと頭を掻いた。
すると、またしても何か言いたげにミュウは彼の目をじっと見る。
「…………? なんでごわすか?」
「……なんでもない」
「む?」
「なんでもないわよっ」
ミュウはピシャリと言い切ると、そのまま2人に背を向けた。
彼女は足早にその場を去る。
別れも告げずに離れゆく、どこか寂し気な細い背を、貴政はそれが小さくなるまで細い目でじっと見守り続けた。
【作者コメント】
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