第13話:ATフィールド
ミュウ・アルハンゲルには夢がある。
それは周囲から認められ、姉であるミュゼット・アルハンゲル――Sランクパーティ【暁ノ残響】の究極魔導士――に、並び立つ存在になることだった。
そのために、彼女はまずは学校に行った。普通は貴族の子女などが通う有名な魔法学園に、平民の身でありながら特待生として入学したのだ。
そこで様々な知見を得、ある程度まではキャリアを積んだ。
実際、彼女には才能があり、学校ではそこそこ優秀な成績を収めていた。もしも貴族の娘であれば、一目置かれることはあれ、嘲笑の的になることは決してなかったろう。
しかし彼女は〝秀才〟にすぎなかった。
学園切っての大天才、ミュゼット・アルハンゲルの妹としてはあまりにも凡庸すぎたのだ。
そして、またミュウが獣人種なことも、真人種至上主義の貴族社会、つまり学園の風土の中で彼女を孤立させる原因となった。
差別に嘲笑、妬みに嫉み、そして陰湿な嫌がらせ……
ミュウはそのような環境の中で、本当の夢を叶えること、すなわち姉に並び立つことは不可能であると考えた。ゆえに彼女は学園を去り、このアーネストにやって来たのである。
冒険者として名を上げて、Sランカーズ、いわゆる「勇者パーティ」に入れば自分の夢は叶うはず……
そう考えたミュウだったが、現実は厳しいものだった。
魔法職――つまりメイジという職業は、その性質上、攻撃の際に呪文詠唱が必要となる。よって前衛となる戦士職と組まなければならないのだが、始まりの街アーネストには彼女を護り切れるほどの強い戦士がいなかったのだ。それが事実かはさておくとして、少なくとも、彼女はそう考えていた。
結果、彼女は孤立してしまい、いまだにランクを上げられずにいた。
よって今回の騒動は千載一遇の大チャンスだった。
突如、現れたオークの変異種。それを1人で攻略し、街を危機から救ったとなれば、たちまち彼女は英雄となり、冒険者ギルドも彼女のランクを再考せざるを得なくなるだろう。
そのために今までの貯金をはたいて「死兵の竜牙」を手に入れた。
それを使うだけの価値はあった。
そのアイテムから召喚される使い捨ての兵たちは、見事、戦士職の役目を果たして詠唱の時間を稼いでくれたのだ。
「やったわ!」
必殺の超威力魔法【獄炎大旋風】。
圧縮した炎弾の塊をぶつけ、洞窟の中に地獄のような灼熱の業火が吹き荒らしたミュウは、もくもくと立ち上る煙を前に勝利の笑みを浮かべていた。
しかし彼女はふらりとよろめき、思わず壁に手をついてしまう。
魔法の行使に必要な精神力というエネルギーを、今の一撃で、ほぼ全て使い果たしてしまったからだ。
それだけの技を使用した。
けれど彼女に後悔はない。
一体一体が並の戦士より強いといわれる竜牙兵たちを、かくもあっさりと倒した相手に手加減などできるはずもなかったからだ。
と、救出した幼い少女を押さえ付けていた最後の竜牙兵が、それを維持する精神力が尽きたことにより元の土くれに戻ってしまう。
少女はぺたんと膝を突き、もくもくと上がる煙の方を茫然と見つめていた。
「安心して。あんたを捕えてた、あのクソオークはもう消し炭になったから」
「タカマサ……」
「どうしたのよ、そんな顔して……って、えっ? あっ、ちょっと、あんたまさか……」
「うっ、ぐずっ……うぐっ…………うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
急に泣き出したエルフの少女にミュウは困惑を隠せなかった。
自分は善いことをしたはずなのに、なぜ、このような反応をされるのか?
というのも、この世界において魔物と呼ばれる生物群、ことオークのような亜人種は、人類を憎み、仇を為す不倶戴天の敵として知られていた。常識的に考えて、ミュウの行動は人々からは賞賛されるものなのだ。
「頭が変になっちゃったの!? ね、ちょっと、泣き止みなさいよ! これじゃあ、まるであたしの方が悪者みたいじゃない!」
ミュウは文字通り頭を抱えた。
彼女は自分より年下の相手がそれほど得意な方ではなかった。
エルフの少女は涙を流し「タカマサぁ! タカマサぁ!」と、悲痛な悲鳴を上げている。
ミュウはガシガシと頭を掻いた。
一体どうすればいいのか、こんなの?
「ええい、うるさい! 泣き止みなさいよ! 何があったか知らないけれど、オークは倒さなきゃいけないの!」
「そうなのでごわすか?」
「そりゃそうでしょ! あいつら子供をさらっては、むしゃむしゃ食べちゃう奴らなんだから!」
「いや、おいどんは食わんでごわすよ」
「オークのくせに、そんな、はず…………っ!?」
思わず答えてしまったミュウは冷や汗をかき、そして背後を振り向いた。
いまだ煙幕はけぶっている。
しかし時間の経過とともに煙がどんどん薄れてゆくと、そこには無傷で立っている裸の巨漢の姿があった。
「なっ、ななな……っ!?」
ミュウは驚きの余り、足をもつれさせ、尻餅を突いてしまう。
殺したはずの怪物が、なぜ何事もなく、平然と、その場に存在しているのか彼女には理解できなかった。
「た、タカマサ?」
「おいどんでごわす。心配をかけたでごわすな、クゥ」
「タカマサぁ! タカマサタカマサぁ!」
エルフの少女はぱっと顔を輝かせると、親を見つけた子供のようにオークの下へ駆け寄って行った。「おお、よしよし」と、そいつは少女をふくよかな腹で受け止める。
「あ、ありえない! ありえないわっ! どういうこと、なんで無傷なのっ!? オークに魔法耐性はないはずよっ!」
「おいどん、しがない力士でごわす。オークとやらではないのでごわす」
「だとしてもっ! どうやってっ!?」
「ATフィールドでごわす」
「なんなのそれっ!? どういう原理よっ!?」
本当にわけがわからない。
なんの防具も身に着けていない自称〝力士(?)〟の怪物が、自分の使える最大の必殺技を受けて傷の1つすら負っていないことは、ミュウには道理の通らない不可解極まる現象だった。
だが、よく目を凝らして見てみると、オークの周りに何かがある。
それはオレンジ色の八角形が層をなすように形成された力場のような構造体で、どうやらそれが盾となり彼女の渾身の攻撃魔法は無力化されてしまったようだった。
その時、彼女は理解した。
目の前にいるこの魔物は、本来Sランカーが相手するような正真正銘の「化け物」なのだと。
「あっ、あああああああああああ…………っっっ!」
オークキングは動き出す。
ギュピッ……ギュピッ……という足音とともに、空間そのものを歪ませる陽炎のようなオーラを纏い、ゆっくりこちらに近付いてくる。
「クゥ、猫鍋は食べたことあるでごわすか?」
「ねこなべ?」
「猫の鍋でごわす」
「こいつ、たべちゃうの?」
「ハハハ、冗談でごわすよ。もちろん、いつものやつを食おう」
オークキング――否、貴政は、笑いながらそうクゥに言った。
しかしミュウ、つまり猫耳少女は、今の言葉をそのまま意味で受け止めてしまったらしく……
「む、こやつ、気を失っておる」
目をぐるぐると回しながら、その場にばたんと倒れてしまっていた。
まあ、いいか、と思った貴政は、猫耳少女をよいしょと肩に担ぎ、そのまま帰路についたのだった。
【作者コメント】
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