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第5話:魂の交差点(5)

黄泉の国を旅立った私は、

もう一度、光の列車に乗っていた。


次の目的地は――「未来の門」。


そこでは、すべての魂が、最終的な行き先を選ぶという。

休む者、生まれ変わる者、見守る者。


列車の車内は、再び静かでやさしい光に包まれていた。


でも、そこには確かに「命の記憶」が揺れていた。



◆ ひとりの青年、特攻で散った命


前の車両には、あの青年――直樹さんがいた。


軍服を着たまま、窓の外を見つめている。


「本当は、生きたかったんだ。

恋も夢も、まだ何も始まっていなかったのに――

“国のために”って言葉で、すべてを捧げた」


その隣に、小さな少女が座っていた。

名前は美智子。広島で亡くなった少女だった。


「私も、ただの子どもだったよ。

家に帰ったら、全部がなくなってた。

お母さんも、おばあちゃんも、おうちも……」


ふたりは静かに話しながら、

お互いの言葉に、ゆっくりと頷いていた。


誰かと話すことで、

心の奥の痛みが、少しだけほどけていくのがわかる。



◆ 地下鉄事件で命を落とした母


別の車両では、若い母親が、

夢のような表情で映像を見つめていた。


画面には、彼女の息子が映っていた。

制服を着て、今日も学校へ向かっている。


「この子がまだ三歳のとき、私は地下鉄で……

何もしてあげられないまま、先に逝ってしまったの」


「でもね、“ありがとう”って、つぶやいてくれていたの。

それだけで、今まで頑張れた」


彼女の声は涙ににじんでいたが、

そこには“後悔”ではなく、“やさしさ”があった。



◆ 動物たちの車両


最後尾の車両は、静かだった。

けれど、ぬくもりに満ちていた。


そこには――

保健所で亡くなった子犬。

老犬ホームで最期を迎えた柴犬。

飼い主を待ち続けた猫。

戦地で共に戦った馬。


言葉はなくても、彼らの瞳はすべてを語っていた。


「ありがとう」

「撫でてくれたこと、覚えてるよ」

「また、会いたいな」


誰かに“名前を呼ばれた”ことの記憶は、

どんな命にも、確かに残っている。



◆ すれ違った命たちの思い


通路ですれ違った人たちは、

それぞれの人生を、静かに抱えていた。


・震災で亡くなった高校生

・看取りを誰にもされなかった独居老人

・戦火の中で愛する人と別れた兵士

・“死にたい”と思っていた少女


誰もが、誰かに伝えたい想いを抱えていた。


そして、それは少しずつ形を変えながら、

未来の誰かへ、“やさしさ”として渡っていく。



◆ 魂たちの祈り


列車が光のトンネルを抜ける瞬間、

車内の空気が、やわらかく震えた。


誰かが、言葉にしなくても伝わる願いを放った。


「あなたの命が、どうか守られますように」

「もう誰も、自分を責めて苦しまないように」

「生まれ変わったら、今度はちゃんと笑おうね」


その祈りは、光の粒となって天井へ昇っていく。


どこかの空へ。

誰かの夢へ。

未来の誰かの心の中へ。



◆ そして、列車は次の駅へ


「まもなく、“未来の門”に到着いたします。

転生、見守り、休息。

あなたの心が、選ぶ場所へ――」


列車は、進んでいた。


それは、命の終点ではなく、

「想いの交差点」。


私は、目を閉じた。


誰かの祈りが、

静かに、胸の奥に届いていた。

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