第2話:見守り駅(2)
光の列車は、静かに走っていた。
揺れはない。音もない。
まるで空気のなかをすべるように進んでいる。
車窓の外には、朝でも夜でもない不思議な景色が広がっていた。
群青と金色が混ざった空。雲のような光の海。
“この世”とも“あの世”とも違う、やさしい世界。
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私の前の座席に、ひとりの青年が座っていた。
軍服のような、古い時代の服。
姿勢がよく、どこか凛としているが、表情は穏やかだった。
「初めてですか?」
ふいに声をかけられた。
「え……あ、はい」
「俺は何度かここにいるよ。“見守り駅”でね」
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列車内には、座席ごとにパネルのような装置がついていた。
彼がパネルに手をかざすと、ふわりと光が広がり――
そこに映し出されたのは、一人の年老いた女性。
手を合わせ、仏壇の前で静かに目を閉じていた。
「……母さんだ。俺が特攻で逝ったあと、
ずっと“夢でもいいから会いたい”って言ってたらしい」
青年は、うっすらと微笑んだ。
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私も、目の前のパネルに手をかざしてみた。
すると、そこに映ったのは――
母だった。
リビングの隅で、私の遺影の前に座っていた。
「……もっと、優しくすればよかった。
ありがとうって、もっと言えばよかったのに……」
その小さな背中を見た瞬間、
胸の奥がきゅっと締めつけられた。
私は、何も言えず、ただ手を伸ばした。
けれど、届かない。
触れられない。
声も、伝わらない。
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「“見守り駅”ってのは、地上に残した人を
見つめ直す場所らしいよ。
後悔がある人ほど、長くここにいる」
彼が、そう言った。
「……あなたは、何度も来てるんですね」
「うん。でもね、今回は少しだけ違う気がするんだ」
そのとき、車内アナウンスが流れた。
「まもなく見守り駅に到着いたします。
降車をご希望の方は、座席右側のランプに触れてください」
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「俺は降りない。今回は、次へ行こうと思う」
青年は、立ち上がって私に言った。
「君はどうする?」
私は、迷った。
母に“ありがとう”と伝えたい。
“ごめんね”と、“大好き”も。
だけど――伝えるためには、
この先へ進まなければいけない気がした。
「……行きます。決断の駅まで」
「いいね」
彼は、小さくうなずいた。
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列車は、“見守り駅”を静かに通過していった。
そして、光のなかをまたひとつ、前へと進む。
次は、“決断の駅”。
魂が、本当の自分と向き合う場所。
まだ、旅は終わらない。