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第3話 ドライブトークはそこそこ軽快

 王国で二番目に偉い騎士。

 そう名乗ったエストカーリアさんの横顔を、俺は――安全運転に支障のない範囲で――ちらちらと見やる。

 凛として壮烈なその美貌は、都合も聞かずに俺を召喚した罪悪感からか、力ない苦笑いで歪んでしまっていた。

 おいおい、やめてくれ。少なくとも貴女(あなた)がそんな顔をする必要は無いだろう。

 俺に魔石を持たせて、生き延びるチャンスをくれたのは貴女なんだから。


「ほ……誇らしくないって、エストカーリアさん――」

『こら』


 二番目に偉い騎士さんは不満げに、


『せっかく名乗ったんだ。クリスと呼んでくれ』


 言われて、俺はたじろいだ。

 空気が重くならないように明るく振る舞ってくれているようだ。それはわかる。わかるんだが……わけあって、素直に調子を合わせられない。あとウインクはやめて。美しすぎて心臓に悪い。


『どうした?

 偉いと言っても悪い王国に仕える騎士だよ。

 敬意など払うことはない』

「いえ払います。騎士だからとかじゃなく貴女個人に払います思いっきり」

『キミはアレか?

 私が一番嬉しい言葉を読み上げる≪スキル≫も持ってるのか泣くぞ』

「だとしたら姓で呼ばないと思いません?」

『それもそうだ』

「慣れてないんですよ、女性を下の名前……あー、ファーストネームで呼ぶの」

『えー』


 慣れてないというか、幼稚園以来経験がない。

 控え目に言って、女性とは常に一定の距離を置いて生きてきたのだ。名前、ましてや愛称でなんてとても呼べたもんじゃない。照れくさいというか恐縮するというか、こう、すっげえ申し訳ない気分になる。

 そういう意味のことを熱弁したが、騎士サマは納得してくれなかった。


『呼ばれる側が望んでいるんだから、恐縮する理由は無いんじゃないのか』

「その通りなんですけど」

『気持ちの問題か。難しいな。

 なら、そうだな……クリスというのが私の姓だと思ってみるのはどうだろう?』


 なんかおかしなことを言いだした。


『そう難しくもないと思うぞ。

 私たちの国とエイジの国では、名前の響きがずいぶん違うからね。

 私からすると、≪エイジ≫と≪マトバ≫ではどちらが姓かわからない。

 ≪クリステンデ≫、いや、≪クリス≫が姓だと最初に言われたら、エイジは信じていたんじゃないか?』

「んー……確かに……?」


 反論する材料も無いので、(うなず)く。知り合いに栗栖(くりす)さんいるし。


「じゃあ……それで。クリスさん」


 呼ぶと、彼女は嬉しそうに笑った。

 俺の方は無性にむず(がゆ)かったが、慣れていくしかないだろう。こういう距離感で呼び合える人ができて、ちょっとウキウキするのも事実だし。

 口元が緩む俺の横顔を、クリスさんがいたずらっぽい目で眺めている。流し目をやめろ。えっち過ぎる。


『しかし、驚くよな』


 不意に言い出すクリスさん。驚いてる顔には見えない。

 横殴りの雪が吹きつける車外を、少し伏せた目で眺めつつ、


『この雪の中を進みながら、こんな雑談ができるとは。エイジの機動要塞おそるべし』

「機動要塞って」

『私の目にはそうとしか映らん。もしくはオシャレな髪型の猫か』

「落差よ」


 確かにこのクルマ、リーゼントの猫みたいな顔だけど。


『実際、これはどういうものなんだ? 地球の戦車か』

「あー……」


 あんまり答えたくなくて俺は暫く呻いていたが、不思議そうに(のぞ)き込まれて白状する。

 

「キャンピングカーです……」

『キャン……何?』

「景色の綺麗な場所に乗りつけて、野宿を楽しむためのクルマです。嗜好品(しこうひん)(たぐい)

『何だとッ!?』


 今日一番の絶叫が、クリスさんの喉からほとばしる。

 目を見開いて車内を見回し、何やらブツブツ呟く横顔は、未知の科学に触れて戦慄する科学者か軍人さんのそれ。


『馬鹿な。

 これほどの安定性、居住性、走破性を併せ持つ車両が兵器ですらないだと……?

 遊覧船(ゆうらんせん)貴族馬車(キャリッジ)と同じものだとでも?

 このキャン……キャンピ……何だっけ?

 これ一台でも我が騎士団で運用すれば、戦争が一変するというのに!』

「クリスさん? クリスさーん?」

『あぁすまない。職業病』


 魔王がいる世界の騎士は大変だな……。


「じゃあ、そんな騎士さんに質問です」

『何だろう』


 引き締まった顔でこっちを見るクリスさん。おお、騎士だ。やっぱプロだこの人。

 精悍(せいかん)なる女性騎士さんに、俺はずっと心配していたことを()く。


「この辺に危険な動物とか出ます?」

『真っ先に訊きなさいそれは。気になっていたなら』

「すみません」

『謝らなくていい。キミの人柄(ひとがら)がうかがえて好ましい――さて、質問の答えだが』


 クリスさんはちょっと表情を緩めて、


『この雪が降っているうちは心配ない。

 魔物が多い場所ではあるが……今ここには、ある≪お客≫が来ていてね。

 その(かた)が雪を降らせているんだ。

 彼女がいるうちはどんな魔物もねぐらに引っ込んで出てこない』

「彼女?」

『そう。信じられないと思うが、本来ここはこの季節に雪は降らないのさ』


 思わず、窓から車外を見回す。

 降りしきり、視界を(さえぎ)る吹雪。かろうじて見える範囲には、ただただ雪と石畳のみ。

 この白い世界を生み出しているのが、一個の生き物だというのか。

 それも……そんなヤツが、すぐ近くに?

 ソワソワする俺を落ち着かせるように、クリスさんは目を細める。


『こちらから手を出さなければ紳士的な御仁(ごじん)だよ。女性だから淑女(しゅくじょ)的か。

 安心して――』


 ごぅんっ


 突如(とつじょ)として車体を襲った揺れが、クリスさんの微笑を凍りつかせた。


「何だぁ!?」


 再び(あた)りを見渡せば、雪を断ち割り、現れる影。

 前方およそ五十メートル。大きい。二メートルを優に上回る、二足歩行の生物だ。

 だが明らかに人間ではない。

 頭には猛牛のような角。口の端から飛び出した牙。

 らんらんと光る赤い目には殺意を。

 筋骨隆々の両腕に、あろうことか長大な剣を。

 単独ではない。四体、五体。次々と、雪の向こうから現われる。


 ずんっ


 二度目の衝撃に振り向けば、後方の窓(リア・ウインドウ)に張りついた赤い目。

 恐らく、車体に取りつかれている。

 これは――


『馬鹿な』


 クリスさんの声が、かすれる。

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