第1話 戦車で良くないかって? 俺もそう思う
この文字が読めるということは、あなたは日本人なんだろう。
つまりは俺と同じ、被召喚者だ。違ってたらごめん。
召喚師の連中には何て言われた?
「魔王と戦う勇者が消息を絶ったから探しに行け」とか、それ系のことを頼まれたんじゃないか。
少なくとも俺はそうだった。
淡く光る召喚陣が床一面に描かれた、天井の高い荘厳な空間で、ローブ姿のおじさんたち十人くらいに囲まれてさ。
正面で一番偉そうにしてたのは、二十歳くらいの綺麗な女性だったけど。
雰囲気あったなぁ。思わず呑まれた。
召喚師の女性は、「これは王国の命運と威信を懸けた一大事業でウンヌン」みたいなことも言ってたっけ。王冠かぶったイケオジも後ろにいたから、たぶん本当だったんだろう。
でも、今振り返るに、あの荘厳さは国家事業ゆえの風格なんてものじゃない。
自分たちの頼みにイエスと言わせるための雰囲気づくり。
要はハッタリだ。
だってそうだろう。
異世界から人材を拉致して来ないと勇者に救援すら出せないのがこの世界の人類だ。要は既に絶体絶命。無茶振りを通すためのハッタリばっかり巧くなっててもおかしくない。
まあ、そんなのは俺を召喚した連中だけかもしれないけれど。
というのも、俺の≪スキル≫を確認したときの召喚師の態度が明らかに異常だったんだ。
――そう、≪スキル≫。
俺たち被召喚者だけが使える、とびきり凄い魔法らしいな。
そんなものが有ると聞いたときだけは、ずいぶん嬉しかったもんだよ。
これを読むあなたのそれはどんなのだろう?
俺のは≪物質変換≫だそうだ。
詳しい原理は俺にもわからないが……召喚師に言われて試したときは、紙切れを鉄の板に変えられた。
ちょっと気合入れて願うだけでだぞ? しかもぶっつけ本番で。
訓練と使い方次第じゃ、結構いろいろ出来そうだと思わないか?
何なら、この文字も周りの壁の材質を≪変換≫することで書いてるし。
なのに、召喚師のリーダーらしき女性は失望した顔でこう言った。
ああ、一字一句はっきり覚えてる。
「こんな三流手品が勇者殿のお力になるかこの役立たずが!
ええい許しがたい! この私みずから、貴様を人界の果てへと追放してくれる!
我が秘奥、≪空間転移≫の術をもってなぁ!」
……で、なんかワープっぽい魔法を使って、俺をここまですっ飛ばしたわけだ。
『即戦力しか求めないダメ企業か』とか『国家事業の成果物を爆死したガチャの排出品みたいに棄てるな』とか、言いたいことは山ほどあるが……残念なことにその時間が無い。
理由は、あなたがこの洞窟の外から来たならわかってくれてると思う。
知っての通り、この外は、四方を山に囲まれた大雪原。
しかも、これを書いてる現在、ちょっと吹雪きはじめてやがる。
寒い。
っていうか、もう指先の感覚が無い。
このままここにいたら夜明けを待たずに凍死する。
ので、一か八か脱出を図ろうと思う。
幸い、俺には『紙を鉄に変える程度の三流手品』がある。うまく使えば生き残れるかもしれない。もしかしたら。まぁワンチャンくらいは。
じゃあ、行ってきます。
あなたともどこかで会えるといいな。
【追伸】
エストカーリアという女性騎士に、俺が感謝していたと伝えてほしい。
いや、騎士かどうかはわからないんだが、豪華な鎧を着てたからたぶんそうなんだと思う。
違ったらごめん。
召喚されたときその場にいた彼女に、俺は助けられたんだ。
エストカーリアさん。
貴女のおかげで、俺は一か八かに賭けるチャンスをもらいました。
ありがとう。
的場英司 被召喚者 享年 (たぶん)二十五
◇ ◇ ◇
「……この辺にしとくか」
苦笑いして、俺――的場英司は≪物質変換≫の手を止める。
だだっ広い洞窟の壁面に、遺書だか不幸の手紙だかわからないことを長々と書きつづってしまった。寒くて寒くてたまらないくせに。
どうも、一か八かの賭けに出ることに俺はビビっているらしい。
生か死か、サイコロを振って結果を出すのが怖いのだ。
現金な話だった。
ほんの半日前――地球にいた頃――までは、連日の満員電車とブラック判定待ったなしの仕事量とアルハラそのものの飲み会にウンザリして、「地球滅びねえかなあ」なんてかなり本気で思っていたのに。
「いざ死ぬとなると足掻きたくなるもんだわ」
自分でも可笑しくなってしまうが、生きたくなったものは仕方がない。
そうなってしまった理由は二つ。
一つ目。壁にも書いた、エストカーリアさんに優しくされたこと。
俺がワープさせられる直前、彼女はこちらに駆け寄ってきた。
俺を拘束するフリをしながら、小さな石をこっそり握らせてくれたんだ。
いわく、
『これは≪魔石≫という』
俺にだけ聞こえる小さな声で、心底申し訳なさそうに。
『魔力を蓄えられる鉱石だ――地球に魔法は無いそうだが、この説明で伝わると聞いた――
兵士十人が一日戦えるだけの魔力を入れてある。
これで、出来る限り≪スキル≫の扱いを学びなさい。
いいか? ≪スキル≫はただ願うだけで、魔力を消費して発動する。願うだけでだ』
その≪スキル≫で生き延びろと、そう言ってくれた。
『すまない、私にはこんなことしか出来ない。
キミは私たちを許せないと思う。
それでいい。だから生きてくれ。
どんな道を選んでもいい。生きて、いつか――』
聞こえたのはそこまでだった。
そこで召喚師の≪空間跳躍≫が発動。闇に包まれ、光が戻ったとき、俺はこの洞窟に立っていた。
彼女がくれた魔石を握り締めて。
たったそれだけのことで生きてみる気になるあたり、俺はずいぶんチョロいんだろう。
でも、これも仕方ない。
召喚師のリーダーはだいぶ問題があるタイプだった。そのくせ権力はあるようだったから、あの女の意に反することをした以上はエストカーリアさんも危ないはず。そうまでしてもらった以上、生き抜く努力をするのは礼儀だ。少なくとも出来る限りは。
あと単純に、誰かに優しくしてもらうという、もう何年もご無沙汰していたイベントに感動してしまった側面もある。ぶっちゃけそっちが七割。
そして、生きたくなった理由の二つ目(三つ目?)。
「≪物質変換≫、愉しいんだよな……」
俺は壁に手をかざし、己がスキルを起動する。
エストカーリアさんの言う通り、力を籠めて祈るだけ。そのワン・アクションで、壁を形成する岩に異変が生じる。
黒灰色だった表面が、四方数十センチに渡って深い紫紺に変貌した。
と同時、紫紺の岩は液体のようにぬるりと流動。俺の思い描く形に、ほぼ一瞬で姿を変える。
贔屓にしている某ロボアニメの量産機、その1/144スケールに。
「公式でキット化されねーかな……されねーだろうなあ……」
どうでもいいことをボヤきつつ、壁から剥がれた量産機を受け止める。
ところどころ造形が甘く、プラモとしては二流以下だが重要なのはそこではない。
純然たる無機物だったはずの岩が、プラスチックに変化していた。
実際の材質はわからないが、少なくとも手触りはパソコンのキーボード等と全く同じ。プラスチックそのものだ。
――凄い。
自分で起こした現象ながら、改めて息を呑む。
洞窟に来てからかれこれ半日、みっちり練習してみたが、たまに状況を忘れかけるほどこの≪スキル≫に心奪われてしまった。吹き込む雪風に負けないくらい、体温とテンションは上がりっぱなしだ。さすがに吹雪には押し負けるが。
この力で、試したいことが幾つかある。作りたいものも。もっと精巧なキットとか、出来れば自立稼働するヤツとか。
そのためにはまず生きねばならない。
生きる動機としてはいささか格調が足りないが、それでいい。
生きている以上、生きようとするのは自然なことだ。意味も理由も本来必要ない。
必要なものが有るとすれば、それは願いを叶えるための武器。あるいは力。
この場合は――吹雪に耐え、雪原を脱出するための≪鎧≫だ。
「創造ろうか、そいつを」
≪スキル≫を起動。今度はより強く、大規模に。
魔力を解放、壁面にアクセス。
俺の≪スキル≫に反応し、岩肌が一斉に光を放つ。
輝きながら、融けた鉄のように流体となって壁から剥がれ、俺の眼前で渦を巻く。
その渦に号令するように、胸中で叫ぶ。
(戦車を創造るぞ)
そう。
雪原をかっ飛ばす現代戦車を、洞窟の壁から造り出す。
普通のクルマでは駄目だ。
何しろ、雪原にヤバめの魔物がいるのは地球産ファンタジーの常識である。ドラゴンとか、棍棒のひと振りで頭蓋を粉砕する巨人とか、当然の権利のように即死呪文を連発してくる人型の踊り火とか、そういう連中と渡り合うには120ミリ滑腔砲と複合装甲が必要だ。
が。
「ぐっ……!」
襲っためまいを、歯噛みして堪える。
予想してはいたが、戦車を建造するというのは並大抵のことではないらしい。
魔石に蓄えられていた魔力が枯れて、俺自身に宿るそれも削られていく。
辛い。
二徹明けの午前中に真夏の外回りをさせられたときのような、命そのものがヤスリにかけられる感覚。魔力を急激に喪うのは、体内の水分か血液の喪失に近いのだろう。
このまま続けたら死ぬかもしれない。
(続けなかったら絶対死ぬか)
だから止める理由は無い。無いんだが……頬を伝う冷や汗は、消耗ゆえか、あるいは恐怖か。
外回りのときは、熱中症で救急車の世話になるだけで済んだ。さて、今度はどうだろう。凍死して天使に搬送されるのか。
背後に感じる死神の気配。今年の夏以来だな。久しぶり。
――死神が遊びに来たからか、かすんだ視界に見覚えのある顔が浮かんだ。
高校の頃、好きだった先輩。
生徒会の思い出作りで、春休みのキャンプをご一緒したことがあったっけ。
そう、思い出した。
みんながそれぞれ騒ぐ中、先輩はキャンピングカーの天井窓から一人で星を見上げていたんだ。
たまたま車に入った俺は、冷蔵庫から缶ジュースを二本取り出して、それで――
「あ」
と、あることに気づくと同時、甘酸っぱい走馬灯が霧散する。
≪物質変換≫の力を受け、輝く渦が車両らしき形を取り始めていた。
それはいい。
ずんぐりした、いかにも重厚で頼もしいフォルム。
それもいい。
が……戦車じゃない。
それは良くない。
戦車にしては厚みが足りず、砲塔らしきツノも無い。
どちらかというとバスに近かった。普通の車両より屋根が高い、立って歩けるほどの縦幅。
おいこれは。まさか。
「……あー……」
光が消えて現れた≪それ≫に、頭を抱える。
……キャンピングカー!
全高およそ三メートル!
全長およそ五メートル!
重厚かつ滑らかな一体成型ボディをスタッドレスタイヤ四輪で支え、ネコを想わせる吊り目のイケメンコクピットにリーゼントみたいな張り出しを乗せた (可愛い)真っ白な車両!
繰り返す。
キャンピングカーだこれ!
戦車のつもりだったのに、懐かしい想い出のせいでこんなものが!
想い出っつっても、別にあの後なにも無かったのに!
先輩に声をかける勇気が出なくて、普通に外に出ただけだったのに!
「マジか……おい、マジか」
疲労とショックの両方でふらつく足で近づいて、俺は車体に触れてみる。
体重をかけても――足がもつれたのだ――ビクともしない堅牢さは、なるほどこの上なく頼もしい。
車内には多分、ベッドとかキッチンが有るのだろう。長旅への適性は戦車の比ではないだろう。
それはわかる。
わかるけど。
俺はこんなハッピーなクルマに、運命を託さにゃならんのか……?
「ならんよなぁ……創り直してたら魔力切れそうだし……」
腹を決め、乗り込む。
ずっしりとしたドアの重さが、「大丈夫、大丈夫」と笑いかけているようだった。
本当だな? 信じるぞ?
既に暖房が効いているのか、≪変換≫を終えた直後だからなのか、車内は汗ばむほど暖かかった。
ありがたい。これなら問題なくハンドルも握れる。
予想通り豪華な居住スペースとベッドが能天気すぎてムカつくのを無視すれば、心の底から感謝できる。なのでそちらは見ず、運転席へ。
ハンドル、計器、アクセル、ブレーキ、そして空調。慎重に確認していくが、知っているものとほとんど同じだ。
行ける。
行けてしまう。困ったことに。
本当に、キャンピングカーで異世界に乗り出すことになってしまう。
「ああもう! 頼むぞ相棒!?」
発進。
踏み込むアクセルペダルが、巨体にそぐわぬほど軽やかに反応し、するすると雪の上に滑り込む。
白く染まった土道を越えると、石畳が敷かれた広い道路に行き当たった。ここは人界の果てらしいから、放棄された街道か何かだろう。
事前にここまでは確認していたので、特に驚くことはない。ないが――
この廃街道が、かねてからの懸案を突きつけてくる。
すなわち、右に行こうか左に行こうか。
もちろん人里を目指したいところだが、どちらも見えるのは雪と山ばかり。
平成初期のゲームみたいなノーヒント。
見当はずれの方に進めば、死因が凍死から餓死に変わるだけ。
「さーてぇ……」
とっくに腹は決めている。≪物質変換≫でコインでもこしらえて、どっちに行くか決めてやろう。
捨て鉢な気分でそれを実行しようとした、まさにそのとき。
『――エイジ! 聞こえるかエイジ!?』
響いた声に、ぎょっとする。はい英司ですどなた様!?
見れば、助手席の上に光の球が出現し、見る間に人の形を取った。
見覚えのある女性の姿を。
「………!」
目を剥く俺。
金の長い髪を振り乱し、大人っぽい美貌を泣きそうなほどくしゃくしゃにしてこちらに詰め寄るその人は――
俺に魔石を与え、生きてほしいと願ってくれた、エストカーリアさんに他ならなかった。