第三話
最終話です。
スー・ロウは泥のように眠った。
文字通り、ぐっすりと深く眠り込んでいた。
今まで眠れなかった分を取り戻すかのように。周りの音を気にすることもなく。
周りの音―――?
かっと勢いよく瞼を開くと、きゃっきゃっと楽しそうな赤ん坊の声がする。
「―――レイレイ!」
スー・ロウは上体を起こすと、肩と脇腹の痛みに悶絶し、そのままくの形に沈み込んだ。
「―――安心しろ、スー・ロウ。レイレイはこの通りとっても元気だ」
「その声は……ジエンか?」
目を細めながら前方を見やるも、視界が朦朧としている。
「三日間も微動だにせずに眠り込んでいたよ。傷のこともそうだけどよ、仕事と育児でほとんど睡眠がとれていなかっただろう。睡眠がとれなきゃ、仕事のパフォーマンスも悪いだろうしな」
「ジエンが、レイレイの世話をしてくれたのか……?」
あんなに赤ん坊の世話に慣れていなかった男が、スー・ロウが眠っていた三日間も代わりにこなしていてくれたということだろうか。
「信じられないだろ?まぁ、組織の女性たちに色々と訊きながらやったんだよ」
組織、の言葉にスー・ロウは体に力が入るのを感じた。
「ジエン、俺は、会長から消されようとしていたんだ。ズーランにそう命じてた」
「ああ、大体はユンファから聞いてる」
「ユンファから?どういうことだ?」
「スー・ロウ、ユンファはおまえを裏切ったわけじゃない。むしろ、会長がおまえを殺そうとしていることを知って、おまえを助けるために西についたんだ。西の組織側についていれば、東の組織の動きも分かるだろう。東にいたままの方が、情報は隠蔽されて不利だと考えたんだ。スー・ロウが負傷したことも、ユンファから連絡を受けて、俺がここまで連れてきた」
「そう、だったのか……」
スー・ロウは上体に不格好に巻かれた包帯を見下ろした。
「ジエン、ズーランも一発目から狙えたはずなのに急所を外したんだよ。会長の命は絶対なはずなのに」
ジエンはわからん、といったように首をすくめた。
「時間を掛けておまえをいたぶりたかっただけなのかもしれないし、憧憬の念が行き過ぎて手元が狂っただけなのかもしれないし、あいつのことは情報屋の俺でもよく分からん。とりあえず、今精のつくものを作ってやるから待ってろ」
「ありがとな、ジエンマーマ」
「―――やめろ」
ふと、ベビーベットを見やるとレイレイの小さな手が見える。まだ汚れを知らない純白の小さな拳、俺は組織の規則を二度も破って二人の子供を引き取った。一人は一人で生きていけるよう、スー・ロウを凌げるほどの技術を身に着けた。もう一人は、どのような人生を歩んでいくのだろうか。
ろくに教育を受けていない愛情も注がれていないスー・ロウが与えられるものは、ただ人を殺す技術だけだ。
『スー・ロウ、約束しろ。その子を、俺みたいな人間に育て上げないことを!』
ユンファは苦しそうにそう叫んでいた。
スー・ロウの育て方は、間違っていたのだろうか。でも、間違っていたのならば、やり直せばいい。人は間違えるものだ。だけど、何度もやり直せる。
ユンファとの約束を守るために、レイレイには人を殺す技術は教えない。この西街との抗争も、いずれきっと終わる時が来る。その時には、もう人を殺す技術は必要としないだろう。
その後には、そう、悪いことや良いことを識別できる能力―――教育が必要になってくるはずだ。スー・ロウはその類を持ち合わせていないので、きちんと教育を学べる機関へレイレイを通わせたい。
人並みの幸せというものは分からないが、スー・ロウは模索しながら、レイレイを悲しませたりしないよう育てていこうと思う。
そこまで考えた時に、猛烈な眠気に襲われた。
ジエンのご飯を食べる前にどうやら眠ってしまいそうだ。
目を閉じると、夢の中に小さい頃のスー・ロウとユンファと少し成長したレイレイが輪になって一緒に遊んでいた。そんな穏やかな日々があったら面白かったのに、と思いながらどこか物悲しくなった。
一カ月以上養生し、スー・ロウは大分動けるようになった。
ジエンが仕事の合間に様子を見に来てくれたり、現状を聞いたサガミまでが武器ではなく食べ物やおむつなども配達してくれるようになった。
レイレイはベビーベットの中でご機嫌だ。最近はまとめて寝てくれることも増えて、スー・ロウの寝不足は大分改善された。
そして、今日は仕事復帰の初日だ。レイレイは最近スー・ロウ以上に懐きつつあるジエンに預けることにした。
「レイレイ、行ってくるな」
分かっているのか、レイレイは手のひらをグーパーしながらこちらを見ている。いってらっしゃい、という意思表示だとスー・ロウは思うことにした。
東街を駆ける。
向かう場所は一つ、東街の組織の本部だ。
自分を育て、引導を渡そうとした会長に一発食らわせてやらないと気が済まない。
そして、仕事が終わった暁には西街の組織にいってユンファを返してもらおう。
本部の入口につくと、組織に名を連ねる殺し屋たちがすでにスー・ロウを待ち構えていた。
サーベルを腰に差すズーランも立っている。
スー・ロウはサガミから大量に届けてもらった武器の中から銃を取り出して構えた。
「さあてと、リベンジマッチと行きますか―――」
短めな話でしたが、読んでいただきありがとうございました。