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ブタを譲り受けよう! の1

 薬師クレーは「野暮用があるの!」と言うのでヘリテイジ王国に置いてきて、勇者トレスと聖女マーティは馬車で帰ってきた。タダでもらった小麦粉から始まったと考えると、とんだわらしべ長者である。勇者サマの人徳がなせる業だ。


 収穫してきた野菜たちを水洗いしてから鍋に入れる。タマネギ、ニンジン、長ネギ、ニンニクは切らずにまるごとだ。マンドラゴラの処理の方法はわからないのでマーティに聞けば「他のお野菜と同じでいいと思いますよ!」と言うので、そのまま投入した。


 あとはキャベツの芯。キャベツを回しながら切っていくことで、トッピングの『ヤサイ』としての形にしやすく、芯も取り出しやすい。


 さらに、プティットから受け取った豆を一握り入れた。残りの豆は、モヤシを作るためにとっておく。


「豪快ですね!」


 旅に随伴させていた鍋では小さすぎるので、新たに寸胴鍋をふたつ用意している。スープを作る用と中華麺をゆでる用でふたつだ。気前のいいエルフの女王、プティットから譲り受けた。


 他にはスープをかきまぜるための握りやすい角材ももらっている。おたまではなく角材を用いるのは、具材を潰すためだ。家二郎の場合はこの工程で圧力鍋を使うこともある。異世界にそんな便利な調理器具はない。圧力ではなく時間をかけて野菜を溶かしていく。


 幸いにも勇者の屈強な肉体はスープ作りでバテるほどヤワではなかった。本来は魔王を倒すためのフィジカルである。


「豪快というか、テキトーに突っ込んでいるだけっていうか」


 マーティの家の調理場にはコンロのようなものが一口しかないので、やはり二口以上は必要になってくる。重たいスープの鍋をいったん火からおろして、麺をゆでるための鍋をセットするのは面倒だ。となると、例の獣人で火の精霊の巫女であるパーニャの助力が必要だ。火の管理をマーティだけには任せられない。


「今回は野菜の味を確かめたくて作っているから、ここで塩こしょうを入れちゃうね」


 特にマンドラゴラ。マンドラゴラからどのようなだしが出るのかが未知数だ。他の野菜たちも、ウランバナの土壌と栽培法で育てられているため、元の世界とはまた違った味わいになっているかもしれない。一度確かめるべく、野菜スープを作っている。


「いいにおい……!」


 登士郎はスープをスプーンで一口すくって、息を吹きかけて冷ましてから味見してみる。塩をもう一振り。おたまでかき混ぜて、もう一度スプーンで一口ぶんすくうと、背伸びして鍋をのぞき込んでいるマーティに「どう?」と差し出した。


「お、おいしいです!」

「よっし」


 マーティの笑顔を見ると、ここまでの疲れが吹き飛ぶように感じた。料理は人を笑顔にする。


「トーシローは、料理が上手ですね! そういうお仕事をなさっていたんですか?」

「いいや、俺はただ二郎が好きなだけの大学生だよ」


 共働きの両親と部活に明け暮れる妹の蓮実のために、たまに台所に立って料理をすることはあったが、その程度である。バスケットボール部の活動は地区大会初戦敗退止まりで、土曜日や日曜日は時間を余らせていた。そこでたまたま気が向いて作った『焼きそば』が家族に好評だったのがことの始まりである。


 二郎作りは、一度家で家二郎を作ったことがあるからこそこうしてレシピを把握している。何か自分に特別なスキルがあるわけではない、と登士郎は思っているのだが、マーティには謙遜に聞こえていた。


「バイトは、厨房じゃなくてホールだったし。上手ってほどでは、ないと思うな」


 そのバイト代は、ほとんどが二郎巡りの旅費や食費へと消えている。車の免許を取ったのも、二郎のためだった。実家は車を持っていない。その都度カーシェアリングの車を借りて、二郎を食べて、近場の観光地に寄っての一人旅を楽しんでいた。


「いいえ、トーシローはすごいです! もっと自信を持ってください!」

「そうかなあ……」

「そうです! このお味なら、本当にお店を開けますよ!」


 登士郎は『ラーメン二郎』と黒い文字で書かれた黄色い看板を思い浮かべていた。異世界で二郎系ラーメンの店を構える話を、最初に勢いで言ってしまっていたが、現実味を帯びてきている。


「けれども、まだ『二郎と言えばコレ!』っていう大事な食材が足りないんですよね」

「そうなんですか? これでももうおいしいのに?」

「そしてこのスープに合うのは、たぶん中華麺ではなくて……こちら」


 登士郎は平打ち麺(・・・・)を用意した。中華麺ではなく、パスタだ。同じ小麦粉から作られる麺類であり、基本的には、うどんの素材にかんすいを入れると中華麺になり、タマゴを入れるとパスタになる(※タマゴを入れる中華麺もあるので留意されたし)。


「スープパスタにします」

「これはうどんではないのですね?」

「正確にはフェットチーネって言うのかな、この幅と厚みだと」


 パスタマシンがあれば調整はできるが、登士郎はパスタ屋を開きたいのではない。タマゴがついでに手に入ったので、ついでに作ったのがこのパスタである。


「……本当にトーシローはそういうお仕事をなさっていたのではないのですか? お料理のお勉強をしていました?」

「俺はただ二郎が好きなだけの大学生だよ。文学部です」


 もし料理の専門学校やお料理教室などに通っていて、それなりの知識と腕前があるのだとしたら、らせん状になっているパスタのフジッリや貝の形をしたコンキリエ、チョウチョのようなファルファッレを作りたかった。登士郎は苦笑いする。


 見た目が映える(・・・)ので女子にウケそうなのはそれらのショートパスタだが、作り方はわからない。いくら使い慣れているとはいえ聖剣プリエールで細く切る技量はないから、カッペリーニのような細麺も候補から外れてしまった。要は、料理好きな一般学生の登士郎にはうどんや中華麺などと同じようにただ生地を切っただけの太麺パスタしか作れなかったのである。


「よいしょっと」


 スープを作っている寸胴鍋をいったん火からおろし、もう一個の寸胴鍋を火にかけた。パスタも中華麺と同じく、ゆでてからスープと合わせる。平打ち麺はゆで時間がかかってしまうので、一度丼にあげて、パスタをゆでていた寸胴鍋をおろし、スープを温め直した。


 この手間を考えると、やはり二口はほしい。


「ぼなぺてぃーと」


 ヘリテイジ王国で美味しく育てられた野菜たちのスープパスタ、完成である。召し上がれの意味の言葉を添えて、マーティに丼を渡した。


「いただきます!」


 るんるんとスキップしながらテーブルまで持って行き、手を合わせるマーティ。登士郎は向かいに座って、同じく「いただきます」と手を合わせた。さて、お味はいかがなものか。


「んー!」


 マーティは平打ち麺の端っこをフォークで突き刺してからずるずるとすすって食べている。美味しく食べられるのならテーブルマナーは気にしない登士郎ではあるが、少しばかり気になった。こちらの世界にはパスタも存在していない。スプーンとフォークを用いて、麺をくるくると巻いてから口に運ぶような人もいない。


「もちもちしていて美味しいです! それに、お野菜のスープ! なんだか身体の芯からぽかぽか(・・・・)してきますね!」

「これがマンドラゴラの効能なのかな?」

「はい!」

「ショウガみたいだな……ショウガトッピングがある店もあるから、合ってるっちゃあ合ってるか」


 スープには、畑の肉とも呼ばれる豆も入っている。植物性タンパク質の代表格だ。近年では代替肉というものが豆から作られており、これはこれで美味しい。


 美味しく作ろうとしている企業努力は認めるのだが、やはりどこか物足りない(・・・・・)。動物性タンパク質が恋しくなってきた。


「次はブタだな!」


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