↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

家守りとうた

作者: ハッカ
掲載日:2023/11/07

 あるところに家がありました。立派な柱がいくつかあったはずですが、いたずらに破壊されていました。いまは家の重みと災害の多い土地で崩れないように補強整備に努めていますがなかなか進みません。


 自然管轄管理部から派遣された大工もこの家の付き合いは長くなってきているので、いつどう壊れるか分からない中この家にとってよくないことはおおよそ把握していました。それはこれ以上柱をなくさないこと、自然と生える柱を増やすことでした。大工がある適度手入れをして再び訪れると、ある時突然柱や柱のなりかけが羽化したての蝉のようにできていたりしました。柱の出現は突然で、成長はまちまちでしたが、家が弱っているのでなかなか起こりませんでした。



 そして、大事なのはあまり人を招かないことでした。かつては野晒しにされ好きに勝手に人が出入りしていましたが、大工が家のことを理解し始めてからは出入りする人間を最小限に調節したりしていました。住むものはいません。この家はこの家のすみかで、他の誰のためのものでもありませんでした。


 この家はなんのためにあるのか大工にはわかりませんでしたが、森の発展にはいくつか意味があるようで、自然管轄管理部の上層部は直接手入れはしなくとも注意深くこの家を観察しており、大工に逐一状況を伝えるようにさせました。


 大工はなぜ・なんのためにこの仕事を任されたのかは知らされていませんでした。この家は森の外れの低い崖の下の浜辺にあり、変わりやすい天気と汐風に断えず晒されていました。


 大工は整備に家にラジオを置いて聴かせたり、蓄音機で音楽をかけたりしました。そうすると軋みや家鳴りが和らいだり、酷くなったりします。これに関しては、大工の長い付き合いによる勘が頼りでした。同じ人が作った曲なら必ずしもいいわけではありませんでした。天候や家の機嫌や気分を察して、うまくやる必要がありました。長くそうしていると、大工の気持ちも家と同化してきて、大工の聴きたい曲をかけるだけで済むときもありました。全く逆の場合もありました。なかなかこの家は一筋縄ではいきませんでした。しかし大工はこの家がそんなに嫌いではありませんでした。大工がいなくなると家も痛むだろうと思うと、自然と愛着もわきました。


 気づけば付き合いも長くなり、定年が近づいているとはいえ、なかなか辞めるには惜しい仕事に感じるまでになっていました。引き継ぎ手を探していましたが、何しろ不便なところにあり生活を制限されるので、特に若者はあまり好んでこの仕事に就こうとしませんでした。


「おい、家よ。私はもうすぐ定年だ。お前との付き合いも終わるなあ。」


 大工は水筒を取り出して、水を飲みながらひとりごとのように言いました。大工は穏やかなで慈しみ深い人物だったので、普段は無口でしたがこうして時折家に話しかけました。


 新人の中では一番器用で礼儀正しい人物が適任だと、自然管轄管理部がある日とある青年を派遣してきました。大工は青年に伝えました。


「この家は今過渡期にある。私が見るに回復の途中なんだ。だから管理小屋にある音楽や、記録して残してあることを元に、あとは用心深く自分で管理しなければならない。きみにはそれができるか?」

「わかりません。この仕事は初めてなので。できるだけのことはします。」

「私は半年ほど他の仕事に就かなければいけないから、途中でこちらの様子を見に来ることはできない。きみひとりにかかっているんだ。」

「わかりました。」


 そうして青年は家の管理を任されました。

 青年は一通り家の中を点検しました。大工に倣って手を叩いて音を出したり、柱をノックして音を調べたり、声を出したり、歌ったりしました。青年は考えました。


 先輩は音楽を聴かせるといいと言っていた。でもそれだけではこの家の整備は終わっていない。それなら、この家に合わせて自分で作ってみるのはどうだろうか?


青年はどこにいくにもギターを持ち歩いていたので、管理小屋に置いてあったギターを家に持ってきて、好きなメロディや、誰もいないので自分の中から生まれたメロディも鳴らしてみました。


 ふと、柱にさっきまでなかった落書きのような絵が浮かんでいました。これは悪くない方法ではないか。青年はそう思い、管理小屋から五線譜を持ってきて書き留めました。


 青年には仕事を始める前から付き合っている恋人がいました。今は違う部署に勤めていて、半年はこの家から離れることが許可されてなかったため、手紙のやりとりをしていました。


 仕事が終わって、夜、管理小屋でその恋人への気持ちをメロディにしたり、歌詞をつけて歌ったりしていました。ある日家の管理をしているとき、ふと思い立ってその曲をギターを弾きながら歌ってみました。


 曲が終わると、家はしんとしていたので、青年はすこしがっかりしてギターを置き、家の点検の仕事に移りました。すると、青年が曲を通じて描いていた絵に似たものが、落書きのように柱のひとつに浮かんでいました。


 それから、青年は管理のために家にいるときも曲作りをするようになりました。


 自然管轄管理部は森は大切にしていましたが得体の知れないこの家のことはよく思っていなかったので、青年の仕事の進み具合にいろいろと口出しをしてきました。


 そのストレスが重なって、仕事も忘れて荒々しく曲を鳴らしていると、家は軋みだし天井からぱらぱらとこなが落ちてきました。


 青年は我に返り、これまで作った曲ひととおりを鳴らしました。弾き終わると相変わらず家はしんとしていましたが、青年が家の点検をすると、拗ねた子供のような落書きがあっかんべをして浮かんでいました。


 青年にはよくわからなかったので、そのことを恋人に手紙に書くと、数日後、許してもらえたのではないかと恋人の手紙に書いてありました。恋人は鳥獣愛護管轄管理部に勤めていたので、不可思議なことには慣れているようで、青年を励ましてくれました。恋人は龍のうろこの並びを手入れしているようでした。


 

 青年は家の管理をしながら曲作りに打ち込んでいきました。ギターを持ち込み、家の整備をしながら気づいた、この家の柱に消えたり浮かんだりする子供の落書きのような絵や、最近では子供が書いたようなつたない文字を見て、それを見て思ったことを語りかけるように歌詞にして歌ったりしました。浮かんだ文字を歌ってほしいのかな?とそのまま歌詞にして歌ったりもしましたが、そうするとその文字は消えて柱が透けていくので、それはやめにしました。


 青年は弾き語りの歌うたいとして食べていくことを子供の頃に夢見ていたので、家をよい聴き手と感じ、この仕事を楽しく思っていました。青年はそのことを手紙に書きました。恋人はその仕事が終わったら私にも聴かせてほしいと返事をくれたので、青年も再び励まされ曲作りに精を出していきました。


 そうしていくうちにある日、家は少しずつ鳴り始めました。最初は足音がやさしいティンパニのようになり、軋みはクラリネットのようになりました。隙間風はトロンボーンのようになり、家鳴りはバイオリンのように響き、だんだんとどこからともなくオーケストラのようになっていきました。青年はそれに合わせてギターを弾きました。そうするとホルンの音が増え、トランペットやチューバの音が鳴りました。青年は思いつくままに歌いました。ひとつの楽団のようなひとときがありました。青年は楽しくなってきて、明日は何をしようかと考えながら管理小屋に帰り、眠りました。

 気付けば柱は家の重みを自ら支えられるほどしっかりと増えて並んでいました。


 翌朝、青年が管理小屋から出ると家の扉や窓は消えていました。あたりを見渡すと、森中の木々に、長く起きていなかった紅葉がいちめんに訪れていました。その日大工が久しぶりに家の様子を見にきました。


「これはどういうことだろう。私もこの森の紅葉を見たのは初めてだ。」

「僕にもわかりません。でも、もう家には入れないようです。」

「何があったんだ?」

「わかりません。僕はギターを弾いていて、仲良くやっているように思っていたのに。」

「記録によると、この家にはもともと出入り口はなかった。本来あるべき姿になったんじゃないか。」

「そうなんでしょうか。」

「この家に関する仕事は無事終わったようだ。君はこれからどうするつもりかな?」

「僕はもう行かないといけません。この仕事はやめます。やっぱり音楽をやってみたいんです。ここで歌ったりしたメロディを鳴らしてみたいから。」

「そうか。私も定年後もこの家の管理をする許可を得たところだ。しばらく様子を見るから、ときどき遊びに来てやってくれ。きみはきっといい音楽を作れるよ。家も、私が管理していたときより楽しそうだ。」


 大工は家に向き直り、その外壁じゅうに浮かんでいる、駆け回ってはしゃぐあかいクレヨンで描いたようなたくさんの子供の絵をさしました。


 そうして青年はこの仕事をやめてギターを持って恋人と旅に出ました。家はときどき歌うので、大工も退屈はしませんでした。青年は恋人と旅をしながらたくさんの曲を作っていきました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。