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8、夫の憂鬱 前編


 学院の渡り廊下を歩いていたら、突然女子生徒が僕の前に飛び出してきた。そのついでに抱きついてこようとしたので、一歩下がってそれを躱す。


 そのまま華麗に床にスライディングを決めた彼女を避けて通り過ぎようとすれば、スラックスの裾をむんずと掴まれた。


「あ、テオドール様っ、ちょっと待って! 聞いてください、私、家族に虐待されてるんです!」

「それはお気の毒に。で?」


 流石に足蹴にするわけにいかず、立ち止まってため息とともに聞き返せば相手が立ち上がり、勢い込んで捲し立ててくる。


「ほら、ここ見てください! 昨日兄に叩かれたんです。もう痛くて泣きそう」


 そう言って差し出された腕を見て、僕の眉間にシワが寄った。


 ・・・完璧に手入れされた肌のどこにも、傷やアザといった叩かれた形跡があるようには見えないが?


 だが、彼女の言葉で出会った時の妻の酷いアザが脳裏に蘇り、思わず顔を顰めてしまった。

 それを自分への憐憫と受け取った彼女が身を寄せてきたので後ずさって倍の距離をとる。


「なので、テオドール様。私を助けるために速やかに離婚して私と結婚し直してください!」


 両手を組んで哀願してきた彼女に僕は冷ややかな視線を投げた。


「それ、君で十人目だよ。言うことが皆同じでいい加減飽きた。もう少し頭を使ってくれないかな? 大体、僕は虐待されていたからシルフィアと結婚したわけじゃない」

「じゃあ、何故あんな綿ぼこりと?!」

「彼女は君達にないものを持っているからだよ」

「そんなはずないわ、美貌も頭脳も私の方が上じゃない!」

「そういう思い上がりがないところ」

「いえ、それは、その・・・」


 言葉に詰まった彼女に呆れる。僕を揺さぶりたいなら、もう少し色々計画を立ててきてくれないかな?


 本当はシルフィアがあんな酷い目に遭っていてもなお、他人への優しい思いやりを持っていたところに心惹かれたんだけどね。

 まあ、そんなことをこんな奴らに言う気はサラサラない。


 これで終わり、と足早に立ち去ろうとした時、後方から僕を呼ぶ大声がした。


「あっ、いたいた、テオドール! 今日は午後の講義まで時間あるだろ、外に昼食べに行こうぜ」


 駆け足で近づいてきたのは友人達で、僕は首に腕を回されそのままズルズルと引きずって連れていかれた。


 先程の渡り廊下からかなり離れた場所まで来て、やっと解放された僕は黙って首を擦った。


 方法はやや乱暴だったけれど、彼等が親切心であの場所から連れ出してくれたことは理解していた。


「・・・テオドールは相変わらずモテるなあ」

「いえ、カミーユ。テオドールは結婚してからの方が積極的に声を掛けられてませんか?」

「そういやそうだな。イスマエル、お前よく見てんな」

「一緒にいれば気が付きますよ」

「そんな。俺がいつも一緒にいないみたいに言うなよ!」

「彼女優先でいないでしょう」

「恋人優先でいないじゃないか」


 ねえ? とやや小柄でふくよかな赤髪のイスマエルと声を揃えれば、僕と同じくらい背が高く筋肉質な黒髪のカミーユが身体を精一杯縮めるようにして悄気げた。


「なんだよー、二人して。せっかくいい店を見つけたから、今から連れてってやろうと思ってたのに」

「あ、いや、僕は行きたいところがあるから今日は遠慮しておくよ」

「何いってんだ、滅多に一緒にいない俺様が誘ってるんだから来いって。すっごく可愛い女の子見つけたんだぜ!」


 女の子、で僕とイスマエルはまたかと顔を見合わせた。


 カミーユは可愛い女の子が大好きで、いいと思った相手を所構わず口説くクセがある。

 彼の場合、精悍な美丈夫という形容詞がぴったりの見た目が功を奏してあっという間に仲良くなれるのだが、直ぐに他の女の子にも目移りしてしまう。そして、自分が特別な一人ではないと思い知った女の子は彼を張り倒して去ってゆく。


「いつも言ってるけど、いい加減一人を大事にしたら? 先週声を掛けた彼女はどうしたの」

「そうですよ、瞬間で結婚したテオドールほどの決断力は求めませんけど、少しは見習った方が良いですよ。」


 いつもならこの状況になると逃げ出すカミーユが、今日は得意気な顔で人差し指を立てて横に振った。


「ふっふっふ。君達のそのお小言もこれで聞き納めだ。俺は今度こそ彼女だけにするつもりだ!」

「えっ、遂に理想の女性に巡り合ったのですか?!」

「イスマエル、その通り! もう俺は彼女で終わりにする!」

「ふーん。それ、前回も言ってたよね。で、その先週の人は?」

「テオドール、お前に情はないのか? ・・・先週の彼女は、喧嘩中だった恋人と仲直りしたからと振られた。」

「なるほど」

「というわけでお前達、傷心の俺を幸せにするために昼に付き合え!」


 イスマエルと僕は腕力があり過ぎる彼に否応なしに引きずられていく。


 仕方ない、カミーユの幸せなんてどうでもいいから隙を見て逃げ出そう。


 そう決めて彼の行く方向を窺う。反対側で同じく連行されているイスマエルも行き先が気になるらしく、身体に回された腕から逃れようとしながら苦しげに尋ねた。


「カ、カミーユ。何処へ向かっているのですか?!」

「オススメの食堂! 数ヶ月前から料理人が変わったらしくて味が抜群に良くなっててさ。しかも、こないだ行ったらかっわいい女の子がいたんだよ! 聞いたら週二で働いているんだって! で、今日がその子のいる日ってわけ。」


 その話に僕の顔が引き攣った。まさか・・・


「そんなに可愛らしい方なのですか?」

「ああ。こう、ぎゅっと守ってあげたくなるような可憐な見た目なのにどことなく雑草っぽいところがあってな。そういや、テオドールの奥方にはいつ会わせて貰えるんだ?」


 二人の会話に嫌な予感しかしないと頭を抱えていたら、妙な所に話が飛んだ。

 

「僕の妻ならあの夜会で見ただろ? わざわざ改めて君達に会わせる必要はない。」

「何言ってんだ、親友だろ?! あんな遠目に見るだけじゃなくてきちんと紹介してくれよ」

「嫌だね。どうせ、冷やかしたいだけだろ」

「女嫌いで有名だったお前がいきなり恋愛結婚したんだぞ、気になるだろ。独り占めする気か?!」

「僕は女嫌いじゃなくて、うちの権力と資産目的で僕と強引に結婚したがる令嬢が嫌いなんだ。それに、新婚の妻を独り占めして何が悪い」


 本当に出来るものならそうしたいんだよ、とムスッとして睨み返せばカミーユが怯んだ。


「テオドール、なんか機嫌が悪い・・・?」

「悪いよ。大事な妻に虫がつきそうなんだから」

「虫ですか?!」

「え、そんなに美人だったか?!」


 僕はカミーユへ冷たい目を向けて微かに口の端を上げた。

 

「君にとってどうかは知らないけど、僕にとっては美人でたまらなく可愛い妻だよ。」

「すまん、悪かった。だから、そう怒るなよ。お前が怒ると本当に怖いんだから・・・!」


 カミーユが震え上がって僕とイスマエルを解放して、両手を合わせてきた。


「テオドールがそんなに怒るなんて珍しいですね。何がありました?」

「・・・今にわかるよ」

 

 心配そうに尋ねてきたイスマエルへ、僕は盛大なため息とともに返した。


 

「あの店だ。そんなに遠くないだろ?!」


 それから直ぐにカミーユが緑の庇がついた店を指差して嬉しそうに教えてきた。


「ええまあ、時間に余裕がある日は来られますね」

「学院の食堂は混んでるし、毎日だと飽きるしな」

「カミーユは贅沢ですね。僕なんて寮生ですから、毎食そこで食べてますよ」


 イスマエルは帝国末端貴族の四男で、裕福ではないので寮に入っている。将来家を継ぐこともなく、婿にも行きたくないので医者になると言って猛勉強している。

 僕とカミーユは帝国外からの留学生で、お互い家がそれなりなので学院外に住んでいる。


「そういえば、カミーユのお目当ての子はなんて名前ですか?」


 イスマエルはぼやいたものの、その実さほど気にしていないようでサラッと話題を戻した。


「彼女の名前? そういえば、まだ聞いてないなあ。」


 カミーユが聞くのを忘れてたと頭をかいたその時、目的の食堂の扉が開いて制服のエプロンドレスを着た女性と客らしき二人連れが出てきた。


「また来てくださいねー!」

「あの子だよ!」


 元気な声で客を見送り、立て看板の日替わりメニューに売り切れの札を掛けた女性にカミーユが笑顔で駆け寄っていく。


 驚いたように彼を見上げた彼女は、お下げにした白金の髪を薄青のリボンで背中に一つに結んでいた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


テオ君のお友達登場です。割と年相応な学生生活を送ってるっぽい。

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