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次期公爵閣下は若奥様を猫可愛がりしたい!  作者: 橘ハルシ
第六章 夫妻の穏やかな日々 (短編集)
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70 小さな日常 妻、闘う5 終


「フィーア。お茶会から帰ってきて、ずっと浮かない顔だね?」


 その夜、二人だけで居間のソファに座っていたら、テオが心配そうに顔を覗き込んできた。


 確かに私は心のすみっコにモヤモヤを抱えていた。でも、帰宅後は交換したお菓子をルイーゼ達に見せて褒めてもらったりして明るく元気にしていたはず。

 どうしてテオはいつもいつも、私が小さく折りたたんですみっコに押し込めている小さな悲しみや辛さを見つけてしまうのだろう。だけど、これは私の問題でテオに解決してもらうものじゃない。それどころか、テオに話したら怒られるかもしれない。


 どうしよう、と悩んで返事できずにいたら、正面の薄青の瞳が寂しそうに揺らめいた。


「僕ではフィーアの役に立てないかな?」

「それはないです!」

 

 テオはいつだって私のために色々考えて教えてくれる。知識も経験も何もかも足りない私には、テオが必要だ。


 私は大きく横に首を振ってぎゅうっと彼に抱きついた。


 テオはあったかい。大丈夫、前に何を言っても嫌わないって言ってくれたもの。


 私はきゅっと口元を引き結んでから顔を上げた。


「……テオ。私は今日、ルビーニ伯爵令嬢に意地悪をしてしまいました。お菓子を交換してほしいと言われたのに、渡さなかったんです。予備のお菓子がまだ五つもあったのに、です。自分がされて嫌なことを彼女にしてしまった自分が情けないです」


 意地悪をされる側からする側になってしまった自分が嫌だった。でも、あの人にルノーさんがわざわざお休みに作ってくれたお菓子を渡したくなかったのも本当で、どうすればよかったのか全然分からなくて、ずっと心がチクチクしていた。


 テオは目を細めて私の頭を撫でると、ホッとするような笑顔を浮かべて優しく声をかけてくれた。


「フィーア、僕だけに今日お茶会であったこと全部話してくれる? 君がどう思ったかも全部聞きたいんだ」


 私は頷いたものの、なんとなく恥ずかしくて、テオのシャツに顔を埋めてから今日のことをぽつぽつと話していった。なかなか声がかけられなかったことや、お菓子を踏まれて怒ったこと、急に風向きが変わって戸惑ったことも、その時の気持ちも全部、吐き出した。


 テオは行ったり来たり飛んだりする私の話を最後までじっと聞いてくれた。

 

「……へえ、そんなことがあったんだ。なるほどね……大丈夫だよ、フィーアは意地悪なんてしてない。君の為にお菓子を作ってくれた友達を大事にしたいという想いを守っただけだ」

「ですが、ひとりだけ交換しなかったのは……」

「うーん。僕はルビーニ伯爵令嬢の自業自得だと思うけど、フィーアが気に病むのなら、ハーフェルト家から招待の礼として街で一番人気のお菓子を送るというのはどうかな?」


 ルノーさんの作ったお菓子ではなく、専門店のお菓子。……そういえば、ルビーニ伯爵令嬢は最初、そういうお菓子がいいと言っていたきがするから、とても良い案かも。


「さすがです、テオ。早速明日、お菓子屋さんに行ってきますね!」


 心が軽くなって勢いよく片手を挙げれば、にっこり笑ったテオにその手をそっと下げられた。


「いや、フィーアは予定があるでしょ? そういうのはフリッツが得意だから頼んでおくよ」

「いいのでしょうか?」

「こういうことは得意な人に任せるのが一番だよ」


■■


「……ということで、ルビーニ伯爵邸へ『帝都でお金を出せば誰でも買える一番人気のお菓子』をこの礼状とともに送っといて」


 フリッツは、綺麗な笑顔で主が差し出してきた家紋入りの封筒を怖々と受け取った。


 ……真っ白の封筒から、なんだか黒いオーラが漂い出てきている気がするのは気のせいか?


「シルフィア様からもお礼状を預かっておりますが……」

「妻を招待してくれたのだから、夫である僕からもきっちり礼をした方がいいと思うんだよね」


 きっちり、とは何か? この人が言うとただのお礼じゃなく聞こえるのは穿ちすぎだろうか。


 フリッツは危うく口からこぼれそうになった言葉を飲み込み、黙って頷いて街へ飛び出していった。


 ……こんな呪符のようなお礼状、さっさと送って手放してしまうに限る!


■■


 次の日、テオと二人で予定通り帝城を訪問して皇妃殿下にお茶会のことを報告した。


「あらまあ、シルフィア。貴方、よく耐えたわねえ。私だったらそんなこと言われたら、その場で徹底的に叩きのめしていたわ」

「お母様はお強いんですね。私もそうなりたいです」


 物理的に、と拳を突き出して笑う皇妃殿下を真似て二の腕に力を込めていると、隣から咳払いが聞こえた。


「フィーアはそんな力業に訴えないほうがいいと思うよ」

「ダメですか?」

「ダメというか、君の性格では向いてないから……皇妃殿下は、とんでもなく気が強くて好戦的過ぎるから真似しちゃだめだよ」

「まあ、テオドールは相変わらず失礼ね。いい? 皇妃なんて強ければ強いほどいいのよ! 公爵夫人だって同じでしょ」

「伯母上はそれが最善ですが、シルフィアには殴り合いなんてさせたくないので。それに僕の妻は力に訴えなくとも強いですよ」


 だから、そのままで大丈夫。と、続けてポンと優しい食感のお菓子が口に放り込まれた。


 ……甘くてふわふわしているけど、綿あめよりは弾力がある。このあったかくてふんわりしたお菓子は何だろう?


「それはマシュマロよ。シルフィアみたいだなあと思って出してみたの。気に入ってもらえたかしら?」


 マシュマロ! 聞いたことある! ずっと前にディーが私のほっぺたがマシュマロみたいって言ってた。そうか、マシュマロってお菓子だったんだ。でも、私のほっぺたはこんなに柔らかくて甘いかな?


 両手で自分の頬を触って首を傾げていたら皇妃殿下が体を震わせた。


 あ、くる。


「もー、私の娘が可愛すぎるわ! ほんとどこもかしこもマシュマロみたいでフワッフワ」

「伯母上っ! 僕の妻にベタベタと触れないでくださいっ」

「私の娘でもあるのだからいいじゃない。母子の触れ合いって大事なのよ?」

「そんな年齢はとっくに過ぎているでしょう!? 今は夫婦の触れ合いのほうが優先されるんですよ!」

「そんなものこそ、後回しよ! 会える時間が少ないのだから私が優先!」


 向かいのソファから飛びついてきて、私を撫で回す皇妃殿下を引き離そうとするテオとのやり取りも、もう恒例だ。


 ……母子の触れ合いって思ってたより激しいんだなあ。


 お義母様のハーフェルト公爵夫人は、もっと遠慮がちで優しくて柔らかかったな、と思い出す。そう、お義母様のほうが私よりいい匂いがしてマシュマロっぽかった。


 だけど、皇妃殿下の腕の中でグリグリと頭を撫でられているのも同じくらい温かくて幸せな気持ちになる。こんなに愛してもらえるのはとても嬉しい。


「フィーアが嫌じゃないなら、まあ、いいのだけど」


 珍しくテオが引いて、ソファから立ち上がると居住まいを正してこちらを向いた。


「じゃあ、僕は用事を済ませてくるから、フィーアはここで待っててね」


 ……!? テオはずっと一緒じゃないの?


 聞いてない、と不安になって見上げれば、テオが困ったような顔になった。


「ええと、ほら、今日はルイーゼ達が休みで、僕も出かける用があるから君が一人になっちゃうでしょ?」


 それはその通りだけど、今までだってそんな日はあったのに。


「君を一人にすると、高確率でトラブルに巻き込まれるんだよね。だから、そういう時は帝城に預かってもらうことにしたんだ。ここだと警備は固いし、君の相手をしてくれる人が多くいるからね」


 ……私を帝城で預かってもらう? テオの心配症がとんでもない方向へ行ってしまったみたい。


 皇妃殿下にも迷惑なんじゃ、と振り返ればきりっとした緑の瞳がこちらを見て笑った。


「いいじゃない、ここはシルフィアの実家だもの、こうやって頼って来てくれるのは大歓迎よ。せっかくだからダンスと社交界について教えてくれる人を呼んでおいたわ。みっちり学んでいきなさい」


 おろおろしている私へ皇妃殿下がきっぱりと言って、テオへ早く行けと言わんばかりに扇を扉へ向けた。


 そうだ、テオは私が一人で留守番していると落ち着いて用事ができないんだ。お母様が学ぶ機会を用意してくれたし、立派な公爵夫人になれるようここで頑張ろう。


「わかりました、テオが帰ってくるのをここで待っていますね! いってらっしゃーい!」


 私は笑顔を作って、テオに大きく手を振って送り出した。


 振り返り振り返り心配そうに去っていったテオが見えなくなってから、私は皇妃殿下に連れられて誰かの私室へ案内された。広い部屋の隅にはつやつやの机と本棚、中央には小さめの丸いテーブルと青いビロード張りの椅子が二脚。大きな窓からは緑でいっぱいの庭が一望できる。


「ここはどなたのお部屋ですか?」


 首を傾げて尋ねれば、皇妃殿下は扇を開いて口元を隠しながら嬉しそうに言った。


「貴方の部屋に決まっているじゃない。今日のために陛下と一緒に内装を考えたのよ。これから、こういう日はここで過ごしてね。隣の続き部屋は寝室になってるからお昼寝もできるわよ。向かいは私の部屋だからいつでも来なさいね」


 ええっと飛び上がって驚く私に、皇妃殿下は得意げに部屋の使い方を説明した後、今日の先生を紹介して去っていった。


 私は先生とダンスの練習のためにホールへ移動して、優しく丁寧に教えてくれるその女性について学びながら、何かが頭の隅に引っかかっていた。


 …………何か、この状況にぴったりの言葉があったような気がするのだけど。


 くるっとターンをした瞬間、閃いた。


「あ、保育園!」


 最近、できた施設で食堂のお客さんが話題にしてたし、新聞にも大きく載っていた。忙しい親が小さな子供を預けて安心して仕事に行けるって……。それまでは祖父母や近所の人に預けてたって……。


 テオ!? 私は幼児ではありませんよっ!?

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ついに実家に預けられてしまったシルフィアさん。


穏やかな日々、の短編のはずが、穏やかならざる話の上に長くなり……。

次こそは1話完結のんびり日常になる予定です。

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