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次期公爵閣下は若奥様を猫可愛がりしたい!  作者: 橘ハルシ
第六章 夫妻の穏やかな日々 (短編集)
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66 小さな日常 妻、闘う1

遅くなって申し訳ございません。一話読み切りのつもりが増えて全5話に。


「あ、シルフィアちゃん! ちょうどよかった、君の好きなお菓子って何?」


 今日はルイーゼとウータさんがお休みでテオもちょっと出かけていて、寂しくなって遊びに行ったぬいぐるみ店から出たところで、カミーユ様に声を掛けられた。


 ここは私とテオが暮らしているアパートメントの隣、ということは、もしやテオを訪ねて来たのかな!? でも、それだと私の好きなお菓子を聞く必要はないと思うのだけど。


「お菓子は何でも好きですが……?」

「何でもじゃ困るんだよ! テオドールに君の好きなお菓子を持って来ないと家に入れないと言われてるんだから」


 いきなり縋りつかれて一歩下がる。


 テオが? ……ええっと、カミーユ様が私の好きなお菓子を持ってきたら家に入れて完全に仲直りということかな?


 それなら好きなお菓子を決めなくちゃ、と頭をひねる。クリームたっぷりのケーキ、ルノーさんのジャムサンドクッキー、お花のような飴、果物どっさりのパフェ……どれもテオとの楽しい思い出が付いてきてひとつに決められない。


「色々ありますが、この近くで用意できるものがいいですか?」


 テオもそろそろ帰ってくると思うし、今すぐ必要ですか? と尋ねれば、逡巡した後に軽く頷き返された。


「それなら、このぬいぐるみ屋さんで売っているお花のような飴が好きです」

「えー、飴? なんかこう、もっと高くて豪華なやつのほうがよくない!?」


 カミーユ様は私の答えが気に入らなかったようで、ものすごく不満そうな反応をされてしまった。


 そうか、こういうときは豪華なお菓子じゃないといけないのか……飴、見た目も宝石みたいで綺麗で美味しいのに。仕方ない、この近くで手に入る別の物を考えなくちゃ。

 

「あら、カミーユ様! こんなところで会うなんて奇遇ですわね!」


 再度お菓子について考えていたら女性の弾んだ声がした。


「ああ、君か。ここで会うなんて珍しいね、このあたりに用事?」


 カミーユ様のお知り合いのようだが、女性相手だからか、いつもより澄ました口調だ。


 カミーユ様のお友達かな? ……あれ? 着ている服はこの辺りを歩いている人たちと同じ綿のワンピースだけど、真っ黒の髪は艶々でものすごく手入れされているみたいだし、振舞いや話し方からして貴族令嬢だよね?


 つい、不審げな視線を向けてしまい、彼女と目が合った。私に気づいた彼女は髪と同じ黒色の瞳をつり上げてこちらを見ると、すっと近づいて来て私の顔を覗き込み、薄く笑った。


「……まあ。綿ぼこりじゃない。嫌だわ、テオドール様だけじゃ飽き足らず、カミーユ様にまで手を出してるの? さすが、自分の国を破滅させた女ね」


 私だけに聞こえるように言われたその台詞に戦慄した。彼女は、学院の生徒だった頃の私を知っていて嘲ったんだ。

 あの頃はこうやって見下されるか、ないものとして扱われるか、の二つしかなく、それが当然だったのだけど今は違う。こんなふうに自分を貶められてそのままにしておくのは、私を大事に思ってくれている人達に対して失礼なことだ。


 私は彼女を見上げ、しっかり目線を合わせると、マナーの先生に教わった通りに笑顔を作って挨拶をした。


「こんにちは。私は自分の国を破滅などさせていませんし、カミーユ様にはテオドール様の妻として、ご挨拶していただけです。貴方は、カミーユ様が親友の妻に手を出すろくでなしだと仰るのですか?」

「ち、違うわよ! 私、そんなこと言ってないでしょ!? 私はアンタが節操なしの悪女だって言ったの」


 目の前の女性が分かりやすく動揺した。


 よし、もう少し押そう。


「では、カミーユ様がそんな節操なしの悪女に簡単に引っかかるような意志の弱い方だということですか?」

「私は! アンタが! テオドール様を落とした手練手管を使って、カミーユ様まで毒牙にかけようとしているから、止めようとしただけでっ」


 カミーユ様の方を窺いながら必死に言い募る彼女に私は目を丸くした。


「……えっ、私はそんなに凄い美女なのですか?」


 隣で呆然と成り行きを見守っているカミーユ様に話を振ってみれば、彼は悩むこともなく反射の速度で盛大に手を横に振った。


「いやいやいや、シルフィアちゃんはそんな悪どい美女じゃないよ! 大体、その姿形の何処に毒牙があるっての? それを言うならテオドールの手練手管にシルフィアちゃんが落とされた、だろ?」

「テオの手練手管……ってどんなのですかね?」

「それはほら、アレ……」

「貴方がた、何を言っているの!? テオドール様が、こんな貧相なチビをそんな手間暇かけてまで妻に……、そんなの、まるでテオドール様がこの女に恋をしてぞっこんみたいじゃないの!?」

「その通りだろ」

「ぞっこん?」

「首ったけ……ええと、ほら、めちゃくちゃ好きってことだよ」

「あ、それなら、私もテオにぞっこんですよ!」


 テオの一方通行ではないと主張したら、彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。


「調子に乗ってんじゃないわよっ」


 彼女の目が最大限につり上がって叫んだかと思うと、ドンという衝撃がきた。

 

 後ろへふっとんだ私の身体は、後頭部が石畳にぶつからないように勝手に前かがみの要領で身を縮め横向きに倒れ込む。


 こ、これは、もしかして、私……。


 びっくりして、ぼうっと倒れたまま考えていると、石畳の上を走る足音がものすごい速さで近寄ってきて、そっと身体を抱き起こされた。


「フィーア、大丈夫!? 怪我したよね、どこが痛い?」


 いつの間に帰ってきたのか、テオがいた。私は驚くと同時に嬉しくなって、片膝をついて私を助け起こそうとする彼の腕を掴んで訴えた。


「テオ! 今の見ていましたか!?」

「見たよ。フィーア、どこも痛くないの?」

「痛いところはありません」


 青ざめて心配そうだったテオの顔が、私の無事を確認した途端、すうっと冷たく凍って立ち尽くす彼女の方を向いた。


「君は、自分が何をしたか分かってるのか? よくも、」

「テオ、私、上手くできてましたよね!?」

「えっ?」


 彼の袖を引っ張って胸を張れば、きょとんとした顔を返された。


「私、練習通りの受け身がとれてましたよね!?」

「……そうだね。とても綺麗に転がって受け身をとっていたね」


 こんなに硬い石畳の上でね、と繰り返した彼の目には怒りが燃え上がっていて、私はようやく自分の状況を悟った。


 あ、そうか。私はテオの目の前で突き飛ばされたんだ。きっとテオに心配をかけてしまった。これくらい私は慣れているから、気にしなくていいと伝えないと。


「あの、受け身がとれたので大丈夫ですし、これくらい平気ですよ?」

「何言ってるの? こんな場所で突き飛ばされて頭でも打っていたら、大怪我どころか生命も危なかったよ。それに、受け身を取ったからといって無傷というわけにはいかないだろ?」


 テオは怖い表情で私の手のひらを上に向けさせ、擦り傷ができていることを確認して顔を顰めた。


「ほら、血が滲んでる」


 そう呟いたテオは、ポケットから出したハンカチでキュッと傷口を覆い、この分だと足も怪我してるよね、後で見せてね、と言いながら立ち上がると私をヒョイっと抱きあげた。


「さて。僕の大事な大事な妻を突き飛ばしておいて、タダで済むとは思ってないよね? ルビーニ伯爵令嬢?」


 この女性は伯爵令嬢だったのか。テオの腕の中から彼女を見下ろす形になって改めて視線を向ければバチッと目が合った。途端、黒い瞳にギュッと睨まれる。


「テオドール様も、こんな形で慈善を行うのはいい加減になさいまし! 憐れむ心が深いのは良いことですけど、だからといって結婚までしなくてもよいでしょう!?」


 わ、今度はテオに矛先が向かった。テオに向かってこんなにキツく言う令嬢を初めてみたかも。彼女はテオが私にものすごく同情して結婚したと思っているらしい。やっぱり皆そう思うよね。最初は私もそう思ったけど、今はちゃんと愛されて結婚したって分かっている。


 ……そう、だよね? テオ、私と結婚したのは、慈善なんかじゃないよね?


 ちょっぴりだけ不安になって、直ぐ側にあるテオの顔を窺うと、薄青の瞳が眇められた。


「フィーア、そこは疑わなくていいんだよ? 僕は君が好きで、一緒にいたくて結婚したんだから。……だけど、こんな他人の言葉で君を不安にさせてしまうなんて、僕の気持ちはまだまだ伝え足りてないみたいだね」


 テオは笑顔を作り、少し呆れの滲んだ口調でささやいた。

 

 うっ、なんだかテオの地雷を踏んでしまった気がする。


 冷や汗をかいていたら空いている方のテオの腕が伸びてきて、大きな手のひらで片方の耳をぴったりと塞がれた。もう片方の耳は彼の肩にぎゅうっと押し付けられて、周りの音が聞こえなくなった。


 不思議に思って視線だけでテオを窺えば、優しい笑みを返された。


 あ、大丈夫だ。これはテオに任せて、じっとしていよう。


 大人しくされるがままテオにくっついて彼の腕の隙間から周りを眺めていると、会話をしている気配がしてルビーニ伯爵令嬢の顔がサーッと青ざめ、とんでもないものを見たように恐怖に引きつっていくのが見えた。


 ……テオは一体何と言ったのだろう?

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


シルフィアも色々強くなる。

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