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次期公爵閣下は若奥様を猫可愛がりしたい!  作者: 橘ハルシ
第五章 夫妻、帝城へ行く
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63、かんさつ日記~フリッツのつぶやき~


「痛っ……」


 小さく叫んで慌てて周囲を窺う主にため息をつく。


「テオドール様、シルフィア様はさっきルイーゼと下の階に降りてったから聞こえてませんよ」

「そんなこと気にしてないって」

「あ、シルフィア様」

「っ!?」

「花瓶と見間違えました」


 椅子から腰を浮かしたまま、奥様譲りの綺麗な顔で無言の抗議をされても全く怖くない。なにせ彼が生まれた時からずっと側にいるのだ、妻のシルフィア様の数百倍はテオドール様のことを知っている。いや、知り尽くしていると言ってもいいくらいだ。


 だから、帝城から帰ってきた主の顔に特大湿布が貼られていたのを見て驚くより先に、やったな、と思ったのだ。



 その大きな湿布を張り替えながら、再度ため息をつく。痛そうに顔を歪めているが、日が経って随分とよくなってきている。大体、コレはわざと作った傷なので俺は気遣わない。帰ってきてから今日まで、シルフィア様にあれだけ心配して労ってもらえたのだから十分だろう。


 だが。


「……テオドール様。あまり無茶はしないでくださいよ。今回も危なかったでしょう」


 ボソリと呟けば、主は湿布を手で押さえてしかめっ面をしながら謝ってきた。


「悪かったよ。シルフィアのこととなるとまだ制御がきかなくて。だけど、これで彼女の安全が買えるなら安いもんだろ」

「貴方の安全も同じくらい大事なのですがね?」

「僕は自分の身を守ることができるけど、シルフィアはまだ出来ないんだ。それなら、何をおいても彼女の身の安全を優先すべきだろ」

「ですが、そのお顔を奥様にお見せしたら泣かれますよ」


 いつもならこれで反省するのに、今回は、む、と口を曲げただけで直ぐに首を横に振った。


「見せないからいい。前々からあのオネスト殿下の側近達は、忠義という名の独り善がりな押し付けが酷いと思っていたんだ。その上、シルフィアに手を出すなんて許せないだろ。一服盛って誘拐監禁だけでも十分だったけれど、念には念を入れてはっきりと分かる形で僕に暴力を振るわせて絶対逃げられないようにしただけだよ」


 一気に喋ってまたイテテ、と顔を歪める。この人は妻のためにどこまで自分の身を捧げるつもりなのだろうか。……護る側としてちょっと頭が痛くなってきた。


 ということで、今回の事件はシルフィア様のためにハーフェルト家に敵意を持つ皇太子殿下の側近を追放するべく、テオドール様が我が身を犠牲にしてわざわざ大ごとにしたということで合ってますかね?


 テオドール様ならさっさと縄をほどいて側近達を叩きのめしてシルフィア様を助けに行けたのに……。そっちのほうがシルフィア様からの評価が高くなったと思いますが、それはもうすでに天井を突き破っているから妻の安全を優先したってことですよね?


「……ああ、旦那様の腹黒さを全部受け継いでる」

「フリッツ、何か言った?」

「いいえ、なんにも!」

「そう? 僕は腹黒くないよね?」

「……」


 聞こえてんじゃん、と冷や汗をかいていたら階段を上ってくる軽い足音が静まり返った空間に響いてきた。


 とんとんとん カチャッ


「テオ、治療は終わりましたか? ウータが作ってくれたキッシュが焼き上がりましたよ!」


 扉が開いて明るい声と共に盆を持ったシルフィア様とルイーゼが入ってきた。シルフィア様は居間のテーブルに慣れた手付きでキッシュが乗った皿を手際よく並べていく。

 その横でお茶を淹れて配っているルイーゼは、侍女の仕事が随分と板についてきた。本業は騎士でシルフィア様の護衛を兼ねているから、侍女の仕事は初心者だと聞いていたのだが、毎日全力で取り組んでいてあっという間に一人前に近づいてきた。シルフィア様との仲も良好で、テオドール様の人を見る目は確かだな、とつくづく感嘆している。


 そのテオドール様はいそいそとシルフィア様の側に行って、重いでしょ、と盆を受け取っていた。腹黒の追及から逃れられたとホッとしているとルイーゼから用意ができましたよ、と声がかかった。

 主達が席に着いたのを確認して腰を下ろせば、熱々のキッシュから美味しそうな匂いが漂ってきてお腹がぐうっと鳴った。


「ウータはぬいぐるみ屋に持っていってあちらの方で食べるそうです」

「そうなの? じゃ、頂こうか」



 食事中は先ほどと打って変わってニコニコとシルフィア様とお喋りしていたテオドール様だったが、食後のお茶を飲もうという時、つっと席を立って隣の部屋から何かを両腕にいっぱい抱えてきた。


 何だろうと眺めて、ああアレはと合点する。そんないっぺんにたくさん持ってきてどうするのかと見守っていると主はそれをシルフィア様の前にずらりと並べてどの味がいい? と尋ねていた。


「綺麗な瓶ですね。ジャムですか?」

「ううん、これは氷砂糖のシロップ漬け。色んな味があってお茶に入れると美味しいんだ。見た目もキラキラしててフィーアが喜びそうだからと母が持たせてくれたのを忘れてた」

「お義母様が? ええと、キャラメル、薔薇、これはラム酒?」

「おっと、ラム酒は今は止めておこう」


 シナモン、ジンジャー、オレンジと二人でラベルを読み上げながら楽しそうに選んでいる。


 実は帝城から帰ってきたシルフィア様は、お茶に砂糖を入れられなくなった。あれだけ甘いものが好きなのに余程薬を盛られたのが怖かったようでどうしたものかと思っていたのだが、さすがテオドール様、いい代替品を思いついたものだ。


「本当にキラキラして宝石みたいですね。溶かしてしまうのがもったいないです」

「そうだね。でも、たくさんあるしお茶がとってもおいしくなるから是非試してみて欲しいな」


 そこまで言われたら大抵の人は断れないだろう。しばらく悩んだ後にキャラメル味をお茶に入れて一口飲んだシルフィア様の顔が輝いた。それをじっと見守っていた主の顔にも安堵の笑みが広がって、俺とルイーゼもホッと胸を撫で下ろした。


 午後のお茶の時間にはまた別の味を入れてみよう、飲み比べもいいね、と嬉しそうに話す主を見ていると笑いがこみ上げてきた。


 何を隠そう、あれらの瓶は奥様のお土産などではなく、主が午前中に隣のぬいぐるみ屋で買い集めて来たものだ。

 ぬいぐるみ屋は我が国の名産品も取り扱っており、主は奥様がお茶会で使っていたのを思い出したのだろう。今朝起き抜けにシルフィア様に内緒で買い物へ行く、と俺を連れて店にある全種類を買ってきたのだった。


 奥様のお土産だと言ったのは照れなどではなく、そのほうがシルフィア様が気にせず受け入れてくれるという計算からだろう。


 本当に人は恋をするとここまで変わるのか、と毎日見ていて感心する。あれだけ令嬢嫌いで夜会では身内としか踊らず、年上好きや女嫌いと(それでいいと本人公認の)陰口をたたかれて恋愛なんてするものかと頑なになっていたのに、シルフィア様に出会った途端、手のひらを返したように大事に愛している。ああ、この姿を一年前のテオドール様に見せてみたい。きっと驚きのあまり限界まで目を開けて信じないだろう。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


氷砂糖のシロップ漬けはキャンディスというらしいです。食べてみたいと思いつつまだ出会えない。


さて、ここでお知らせです。大変申し訳ないのですが、別件で忙しくなり、こちらをまとまって書く時間が取れなくなりそうです。ですので、当面の間、1、2話単位の番外編として二人の日常をお届けする形にしたいと思います。話としてはやっと半分くらいまで来たところなので、番外編としてでもじわじわ話を進めていけたらと思っています。楽しみに読んでくださっているところ申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします。

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