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次期公爵閣下は若奥様を猫可愛がりしたい!  作者: 橘ハルシ
第三章 夫の実家に初訪問
33/72

33、君の側に


 あの後、何故か嬉しそうにしているシルフィアを速やかに湯浴みさせ、体を温めてから着替えさせたつもりだったのだが。


 我が家ではこういう事態を想定して、大きな夜会のドレスは同じ物を二着作る。

 それを知らなかったシルフィアは、ダメになったと思っていたお気に入りのドレスをもう一度着られることに大喜びした。そして、何食わぬ顔で二人で披露の宴に戻り最後まで参加したのがいけなかったのかもしれない。


 ・・・今朝、シルフィアが熱を出した。


 目が覚めて、いつもなら先に起きているはずの彼女がまだ隣にいることに気がついた。昨日のことで疲れたのだろうと、滅多にない状況にちょっとワクワクしながら寝顔を眺めた僕は、直ぐ異変に気がついた。色白の肌が全体的に赤く、僕の気配に気がついて薄く開いた濃い藍色の瞳は潤んで息が荒い。


 嫌な予感がしてパッと首筋に手を当てた途端、僕の全身から血の気が引いた。


 ものすごく、熱い・・・!


 無我夢中でウータとルイーゼを呼び、邸内に住む医者の手配と看病の準備を頼んだ。


「お義姉様がお風邪を召したですって?! あの男ども、許さない!」


 早速聞きつけていきりたった妹がシルフィアの所へ突撃する前に廊下で取り押さえ、母の元へ連行する。それから父と相談して屋敷でできる仕事を貰い、自分の朝食を持って寝室に戻る。

 その頃にはウータ達がシルフィアに氷枕などをセットし、テーブル等の配置を変えて看病する態勢を整えてくれていた。


 荷物を置き、二人に礼を言ってベッドの中でしんどそうに呼吸するシルフィアに近付けば、薄っすらと目を開けた彼女が気怠げに首を振った。


「テオ、お医者様が私は風邪だって言いました。伝染るかもしれないですから治るまでここに来ちゃダメです。ウータさんとルイーゼさんにも来ないでってテオからも言ってください」


「シルフィア、僕達のことは気にしなくても大丈夫だよ。今は自分のことだけ考えてしっかり休んで早く治そう?」


 必死に訴える彼女の汗ばんだ額にかかった髪を掻き上げるように頭を撫でる。起きた時よりも熱が上がっている気がする。酷く辛そうなのに、こんな時まで僕達のことを心配する彼女に心が痛んだ。


 昨日の擦り傷や打ち身もまだ癒えてないのに、熱まで出て。これは本当に風邪なのかな?まさか、傷から何か菌が入ったとかではないよな?


 じっとシルフィアを見つめていたら後ろから呆れたような声が飛んできた。


「テオドール様。シルフィア様はただの風邪で、旅や慣れない場所での疲れもあって高熱が出ているとお医者様は仰っていました。ですから、ゆっくり休んでいただくためにテオドール様は隣の部屋でお過ごし下さい」

「えっ?! ちょっと待って、僕はずっとシルフィアの側にいるために用意してきたんだ。それにせっかく移動してもらった看病用の机は何なの」

「ずっと居られたら落ち着きませんよ。シルフィア様には私とルイーゼが交代で付き添いますし、机も使いますから。さあさあ、テオドール様はお隣へどうぞ」


 ベッドから引き剥がされそうになり、僕は必死で抵抗した。確かにうちでは誰かが病気になると治るまで隔離する。夫婦でも寝室を分けて別室で過ごすんだ。


 だけど、シルフィアはここに来たばかりで、風邪を引いて不安なはず。ここで追い出されてなるものか!


「フィーア、僕は君の側に居たいのだけど、君が邪魔だというなら大人しく隣の部屋へ行くよ。誰にも遠慮しなくていいから、正直に君の気持ちを言って?」


 あっ、ズルい聞き方を! とルイーゼがつぶやいたのが聞こえたけれど素知らぬふりをする。


 そうだよ、僕はどんな手を使ってもシルフィアの側にいたいんだ。


 シルフィアはゆっくり瞬きした後、枕元にある僕の手をそっと握ってきた。


「・・・テオがいないの、淋しい」


 そう言ってボロボロ泣き出したものだから、慌てたウータとルイーゼが飛んできて熱を測り、また上がってる、と青ざめた。横から覗き込んだ僕もその体温に戦慄した。


「先程熱を冷ますお薬をお飲みになりましたので、もう後は休んでいただくしか」

「よし、後は僕に任せて。ほら、シルフィアの希望でもあるし、ここでこのまま寝かしつけておくから」


 おろおろするルイーゼに宣言して近くにあった椅子を引き寄せて座る。もう、このまま動くもんか。僕はシルフィアの手を握りしめ、ウータとルイーゼへにっこり笑って、てこでも動かないと無言で伝える。


「・・・・・・では、隣に控えておりますので、いつでもお呼び下さい」


 幼少より僕のことを知り尽くしているウータが早々に白旗を上げた。それからルイーゼを促し、僕の手の届く範囲に朝食と仕事の道具が乗った机を移動させてから隣室へ下がっていった。


 薬が効き始めたのか、シルフィアはいつの間にかグッスリと眠っていた。それに安堵して僕は片手で朝食を摘み仕事を片付けていく。


 だけど繋いでいる手の熱さに不安になって、ついつい彼女の寝顔を眺めてしまう。息をしているかも気になってじっと見つめていたら、頬に小さな傷を発見して顔が歪んだ。


 これからも昨夜のようなことは何度も起こるだろう。シルフィアは頑張って強くなると言っていたけれど、それで解決することばかりではない。

 最近、身にしみて思うのだが、城の仕事も公爵家のことも僕の代わりはいくらでもいる。だけど、シルフィアの夫は僕しかいない。僕は何をおいても彼女を護らねばならないんだ。いや、一番に護れる権利を僕だけが持っている。誰になんと言われようとその権利を盛大に振りかざしてやるんだ。


 時々様子を見に来るウータ達が、ずっと手を握ったままでは不自由じゃないかと気遣ってきたけれど、僕は全くそう思わなかった。こんな時に不謹慎だが、心底幸せを感じていた。シルフィアに僕がいないと淋しいと言われて嬉しくてたまらなかった。


 だから、何があっても彼女が目覚めるまでこの手は離さない。


 午後になると、薬のおかげで呼吸が楽そうになって熱も落ち着いてきた。こんこんと眠り続ける彼女の髪を優しく撫でる。


「こうやってずっと一緒にいられるのも嬉しいけど、明るい笑顔の君とまた出掛けたいんだ。だから、早く治って元気な声で僕の名前を呼んで」


 シルフィアの顔の隣に頭を乗せて、聞こえないようささやく。そのまま目を閉じればいつしか僕も眠りに落ちていた。


■■


「テオ、シルフィアの具合はどう? ・・・あら」

「エミィ、どうかした? ・・・おやおや」


 扉をそっと開けた公爵夫妻は隙間から顔だけ覗かせて中を窺い、静かに閉めた。


 廊下で顔を見合わせ、ふふっと笑い合う。


「テオまで寝てたわね」

「ずっと手を繋いでるね。いいな、今度君が風邪を引いたら僕もそうしたいな」

「それもいいわね」

「えっ?! 君は嫌がるかと思ってたのに」 

「熱が出るとなんだか人恋しくなる時があるのよね」

「そうなの?! どうしよう、思っちゃいけないことなんだけど、エミィが風邪を引くことを期待してしまう僕がいる・・・」

「いくらリーンの望みでもわざと風邪を引いたりしないわよ」


 その代わり、と公爵夫人が夫へ向けて手を差し出す。


「風邪の時だけしか手を繋いじゃいけないわけじゃないでしょ?」

「うわ、エミィが僕を甘やかしてくれるなんて何年ぶりだろう。明日まで繋いでいてくれる?」

「それは、無理ね」


 悄気げたふりをする夫と手を繋いで去っていく公爵夫人の後ろをジトッと見送る頭が二つ。


「・・・お父様とお母様、相変わらず仲良しだわ」

「いやー、本当に。あれを見るとハーフェルト家に帰ってきたなと思いますよ」


 話しながら壁に沿って音もなく移動する二人。目的の部屋にたどり着いて、そっと扉を覗き込み、パタンと閉めた。


「やだもう、ここにも仲良し夫婦がいるわ!」

「俺でよければ手、貸しますけど。」

「フリッツと私が手を繋いでも仕方ないでしょ?! それくらいならぬいぐるみと繋ぐわよ!」

「俺はぬいぐるみ以下ですか?!」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


鉄板、看病ネタ。いつか、逆バージョンやりたいですね。

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