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次期公爵閣下は若奥様を猫可愛がりしたい!  作者: 橘ハルシ
第三章 夫の実家に初訪問
22/73

22、かちかちのお茶会

 

 私は今、必死で笑顔を貼り付けてフカフカの椅子に座っている。目の前には美味しそうなお菓子がずらっと並んでいて、いつもなら大喜びで食べているはずなのだけど、今は緊張でお茶を一口飲むのがやっとだ。



 テオ様はいつも下宿しているアパートメントを『家』もしくは『部屋』、実家の公爵邸を『屋敷』と呼んでいたから大きいお家なんだろうなとは思っていた。だけど実際目にした公爵家は『城』としか思えない大きさだった。



 港から馬車に乗って色とりどりの家が所狭しと立ち並ぶ可愛らしい街を抜けて辿り着いたハーフェルト公爵家を見て、私は腰を抜かした。

 門には番人が複数いるし、敷地内に入ってからも馬車はなかなか止まる気配がなく随分経ってから屋敷が見えたくらい広くて、玄関を入ればずらっと働いてる人達が並んでいて、その前にこれまた背が高くて綺麗な男の人と女の人が立っていてキラキラした笑顔で迎えてくれた。


 テオ様のご両親である麗しい公爵夫妻と挨拶を交わしながら、何もかもが想像を超えているこの状況に、私は自分の場違いさを感じて居た堪れなくなっていた。


 私、この豪華な人達に混ざってていいの? 周りの人達は内心嘲笑ってるんじゃない? 


 私が加わることでこの家の評判を下げるのではと思ったら、もう、そうとしか考えられなくなって、そのままお茶に誘われた現在、自分が何を話しているのかすら分からなくなっていた。



「・・・フィーア、大丈夫? 疲れているのにいきなりうちの家族とお茶になってごめん、緊張しているよね」 


 急に耳元でテオ様の声がして私はハッとそちらを見た。心配そうな薄青の瞳には引きつった笑顔の自分が映っていた。


 こんな大事な場面で夫に心配をかけるなんて妻失格だ。私は慌てて頬を抓って自分を叱咤した。


「大丈夫です!」


 ピシッと背筋を伸ばして小声で返事をすれば、向かいに座っているテオ様に瓜二つのハーフェルト公爵夫人が優しく声を掛けてくれた。


「本当に慌ただしくてごめんなさいね、シルフィア様。リーンが、夫が急に数日留守にすることになっちゃって。今日の夜の出発だから、お話する機会が今しかないの。私達、貴方とお会いできることをとても楽しみにしていたのよ」


 公爵家の跡取り息子が留学先から手紙一つで結婚報告をしてきたら普通は反対するものだ。なのに、テオ様の家族は、姫とは名ばかりで次期公爵夫人に全く相応しくない私をあっさり受け入れ、会うのを楽しみにしてくれていた。


 そうだ。テオ様の家族は私を嫌ってない。この豪華なお屋敷で私は叩かれたり罵詈雑言を吐かれたりしない、大丈夫だから。そう思うと私の身体がふわっと軽くなった。


「私も、皆様にお会いすることをとても楽しみにしておりました。その、思っていた以上に立派なので酷く緊張してしまって失礼致しました」


 正直に気持ちを吐露すれば、曖昧だった視界がスッキリと開けてテーブルを囲む人達の顔がよく見えた。


 公爵夫人の隣にいるテオ様の父親のハーフェルト公爵閣下は、弟のパトリック様によく似ているが、ニコニコしながらも目は興味深そうに私を見ている。


「うちは格式とか全く気にしないから緊張しないで寛いでもらえれば嬉しいな。そうそう、シルフィア殿もお菓子が好きなんだって? ここにあるものは全てうちの料理人が腕を振るったお菓子だから、どうぞ食べてみて。妻は特にこれとこれが好きなんだ」


 言いながら公爵閣下が一口サイズの四角いものとカラフルな果物がいっぱいのケーキを隣の夫人のお皿に乗せた。


「リーンありがとう。これを食べようと思ってたの」


 ふわふわっと笑って夫にお礼をいう夫人はとても可愛くて、公爵閣下も幸せそうな笑顔になった。


 これが、かの有名な溺愛公爵夫妻!


 私がその光景をぽかんと見ていると続けて声が上がった。


「うーん、じゃあ俺はここに居ないけど婚約者のイザベルの好きな物を食べようっと」

 

 今度はテオ様の隣のパトリック様が身を乗り出してひょいひょいっと自分のお皿にお菓子を盛っていく。どうやら、イザベル様は相当お菓子がお好きなようだ。彼の皿には全種類制覇しそうな勢いでお菓子が積み上げられていく。


「パット兄様、それ全種類じゃない。もう! 私だけ相手がいなくて悔しいから、私は私の食べたい物をとるわ! シルフィア様はどれにするの? あ、テオ兄様はお父様みたいに妻の好きな物を当てられる?」


 椅子から腰を浮かせたディートリント様が斜め前に座っているテオ様に向けて、目じりをきゅっとあげて薄く笑った。

 

 この表情、テオ様に似てる。兄妹なんだなあって、しみじみしている場合じゃない! これはテオ様と私への挑戦状じゃない?! ど、どうしよう、テオ様は私の食べたい物が分かるのかな?!


 テーブルの陰で両手をワタワタさせていたら隣でテオ様が小さく吹き出した。


「ディー、そんなことを言ったらシルフィアが困ってるよ」

「あら、テオ兄様を困らせるつもりだったのに」

「僕がそんなことで困ると思ってたの? シルフィアの好みなんて知り尽くしてるよ」


 そうなの?! いつの間に? とびっくりして彼を見上げれば、先程のディートリント様と同じ表情をしていた。


「だから僕は、フィーアが好きだろうなという味のお菓子をこの中から選ぶことはできる。でも、君は初めて見る物ばかりだろうから、自分で選びたいんじゃないかと思って」


 確かに、と私は勢いよく首を縦に振った。視界の端でディートリント様の顔が少し悔しそうになる。


「あの、では、テオ様が一つおすすめを選んで、私も食べたい物を一つ選ぶというのはどうですか?」

「それがいいわ! で、どっちが好みか正直に言ってね」


 あくまでも勝敗をつけたいらしいディートリント様がこれだけは譲れないとばかりに目を光らせた。


■■


「これ、見た目はパウンドケーキなのに甘くないですよ! テオ様、一口どうぞ」

「うん、美味しい。父と僕は甘い物はそんなに食べないから、うちではこういう惣菜系も出されるんだ」

「そうなんですね。テオ様のおすすめはキャラメルが甘くってナッツがサクサクしてとっても美味しいです!」


 慎重に菓子を選んでいたくせに、食べ始めた途端勝負そっちのけで甘々状態に突入してしまった兄夫妻にディートリントは呆れ返った。


「まさか、テオ兄様のこんな場面を見る日が来ようとは思わなかったわ。この二人、いつもこうなの?」


 彼女はぼやきつつ、行儀悪くフォークに刺したケーキを振って後ろに控えているウータへ尋ねた。


「ええ、その、もはや習慣といいましょうか・・・」

「習慣?! 信じられない。私達三人の中で一番、堅物で冷酷非道で、女嫌いだったのに!」


 叫んだディートリントは、そのまま勢いよくケーキを口に放り込んだ。続けてお茶を飲み視線を上げたところで、テオドールに一口お裾分けをしている最中のシルフィアと目が合った。


 彼女は見られていたことに今更気がついたようで顔がパッと赤くなり動揺して手を引っ込めようとしたが、すかさずテオドールが手首を掴んでそのまま自分の口に運ぶ。

 声にならない悲鳴をあげて恥ずかしさで倒れそうになったシルフィアを見ていたディートリントは、我慢できなくなりガタンと席を立ってシルフィアの背後に回った。


「可愛い、可愛い、可愛い! お義姉様ってば可愛過ぎるわ」


 ぎゅううっと後ろから抱きしめて小さな頭に高速で頬ずりすれば、即刻兄のテオドールが引き剥がしにかかってきた。


「何をやっているの、ディー! シルフィアはぬいぐるみじゃない、僕の妻なんだから気安く触らないで」

「いいじゃない、テオ兄様は今日まで独り占めして、もう十分愛でたでしょ。ここにいる間は私に譲って!」

「ぜんっぜん、足りてない! 君の欲しがったぬいぐるみは全部譲ったけど、シルフィアは絶対に譲らないから」

「兄上、ディー。義姉上が気の毒なくらい萎縮してしまってるけど・・・」


 パトリックの言葉でハッと我に返った二人は、腕の中で怯えて固まっているシルフィアを見つけて大慌てした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


こんなの、普通に緊張する。

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