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18、夫の憂鬱は続く


「昨日、テオ様と街へ行ってパフェを食べたのですが、とっても素晴らしい食べ物でした! そのパフェの上には、サクランボがのっていてとっても美味しくて感動していたら、テオ様が帰りに市場に寄って箱で買ってくれまして」


 これ、お裾分けですとシルフィアから差し出された籠に大盛りのサクランボは、ツヤツヤでいかにも上等そうだった。ルノーとチェレステはその真っ赤な山に目を丸くした。


「こんなにたくさん?!」

「家にまだまだたくさんありまして、美味しいうちに皆さんに食べて頂きたいということで、お裾分けして回っているのです。よろしければお二人も召し上がってください。すごく美味しいです」


 彼女の夫は、可愛がっている妻のために一体どれほどの量を買い込んだのだろうと、ルノーは眼の前で楽しそうにしているシルフィアを眺め、左手の薬指に今までなかった光る指輪を見つけた。


「おや、シルフィアさん。それは結婚指輪かい?」


 何気なく確認した途端、パッと彼女の顔が輝いた。


「そうです! 私が子供扱いされないようにとテオ様が用意してくれたのです。見てください、私とテオ様の目の色の宝石がついていてとても綺麗なんです」


 指輪のはまった手をよく見えるように掲げて嬉しそうに話すシルフィアに、そこにいた全員が心の中でツッコミをいれた。


 それ、絶対に違う! あの男は自分の妻だから手を出すなと主張するために結婚指輪を作ったんだ!


 その豪華な指輪からは彼の念のようなものが漂いでている気がして、ルノーはブルっと身体を震わせた。



■■



「・・・へえ。テオドール、それが例の結婚指輪? よく見せてよ」

「綺麗な指輪ですね。お二人の瞳の色ですか、これはサファイア?」

「うげっ。これ、両方ダイヤモンドかよ?! しかも、ハーフェルト公爵家の紋まで入ってる・・・これ一つでなんでも出来る奴じゃん」

「虫除けにするのだから、僕以外には贈れないものにしようと思っただけだよ」


 当然という顔で宣うテオドールにカミーユが頬を引き攣らせ、遅れて理解したイスマエルが目を見開いた。


「え、この薄い青と濃紺の石はどちらもダイヤモンドなのですか?!」

「そう。めっちゃ希少なやつ。それにな、知ってるか、イスマエル? この紋章付いたもん持ってたらこの国ですら何処でも出入り自由なんだぜ。こんなの貰ったら、シルフィアちゃん、そりゃー喜んだろ」

「彼女は石の価値も紋章のこともよく知らないから『これで子供に間違われずに済む』と喜んでいた」

「ナニ、その変な反応・・・」

「ああ、分かります。彼女、小柄ですからね。僕ですら時々、未成年に見られて辟易します」


 確かに結婚指輪があれば成年の証明にはなりますねと笑う、平均より背が低く童顔のイスマエルに、高身長二名はそういうものかと気の毒そうな視線を向けた。


「だけどよ、勝手に家の紋章を指輪に使って怒られないのか? 公爵、怒ると怖いだろ?」

「ああ、君は昔、うちの母に青虫を投げつけて父に怒られてたね。」

「あれは怖かった。ちょっとした子供のイタズラだったのに、公爵は容赦なかった・・・あれ以来、俺はあの人の前では最上級にお行儀よくしてる」

「そりゃ、父の前で母を怖がらせたらそうなるだろ。指輪の件は当然、当主の父の許可は得てあるよ。結婚指輪に興味津々だったから、今度帰ったら色々聞かれそうだ」


 公爵のことを思い出して顔を顰めるカミーユと何を当たり前のことをと言いたげなテオドール。その落差に笑い声を上げそうになったイスマエルは口元を隠しつつ話題を変えた。


「そういえば、テオドールは来週からの夏期休暇にシルフィア殿と実家へ帰るのですか?」

「もちろん。まだ一度も会っていないからシルフィアを家族に紹介しなければならないし、弟の結婚式もあるから、今回はずっと帰っている予定だよ」

「お、あの弟もついに結婚か。めでたいな。しかし、今までなら自由期間が勿体無いと実家には一週間も帰らなかったのに結婚した途端、これだ!」

「テオドール、弟殿へ僕の分もお祝いを伝えておいてください。カミーユ、ヤキモチを焼いても奥方には勝てませんよ? ほら、食堂に着きました」


 つまらなさそうに呟くカミーユの背を叩いてイスマエルが慰め、ここのところ週二で通っている食堂の扉を開けた。


「えっ、シルフィアちゃん結婚したの?! いつの間に成人したのさ。え、とっくに? そうと知ってたらオレも名乗りをあげたのになぁ。今からでもどう?」

「ナノリ? そんな、お客様からいただくなんて恐れ多いです。私はそのお気持ちだけで結構ですから」


 入口近くのテーブルで、シルフィアと常連客らしい男が声高に話している。男は明らかにシルフィアに誘いをかけようとしていたが、経験値が低すぎる彼女には全く通じていなかった。

 彼女の直ぐ側のテーブルでは、フリッツがいつでも二人の間に入れるように延々とテーブルを拭いている。


 あれ、絶対『名乗り』って物のことだと思ってるなと、やり取りを聞いて噴き出したカミーユの視界の端をサッと灰色のものがすり抜けた。


「私の妻に何か?」


 数歩で二人へ近づいたテオドールは、あっという間に腕の中にシルフィアを抱き込んで男を睨み据えた。


「テオ様、いらっしゃいませ! すごいですよ、この結婚指輪のおかげで皆さん私が大人だって分かってくれるのです。結婚のお祝いもたくさん言ってもらえました。こちらの方は『ナノリ』をあげるとまで言ってくださって。お店のお客様にそこまでしていただくわけにはいかないと辞退していたところです」


 突然現れた夫の鋭い視線に気づかず、嬉しそうに報告したシルフィアの頭へ、表情を緩ませたテオドールが全ての愛しさを乗せたキスをする。それから、照れた彼女を友人達の方へ優しく押しやった。


「そうだね、君に名乗りをあげてもらうわけにはいかないから、僕からも丁重にお礼とお断りを言っておくよ。君はイスマエルとカミーユを空いているテーブルに案内してあげて」


 仕事中だと思い出した彼女はハイ、と返事をしてカミーユ達の下へ駆け寄った。


「お待たせして申し訳ありません。こちらへどうぞ。」


 ぴょこぴょこと賑わうテーブルの間を通り抜けていくシルフィアの背中へ、カミーユが声を掛けた。


「シルフィアちゃん、その指輪どう?」


 目的のテーブルに着いて振り返ったシルフィアは、二人へ椅子を勧めながら弾んだ声で返した。


「テオ様とお揃いでとっても気に入っています! あ、今日のオススメは美味しいトマトが入ったので、サンドイッチやピザです」

「じゃ、僕はサンドイッチと肉団子のスープ」

「お。テオドール、もう終わったのか?」


 しれっと最初からいたかのようにテーブルについて注文を告げたテオドールに、カミーユがニヤニヤしながら尋ねる。テオドールはそれとわからぬくらいに口の端を上げて返した。


「挨拶だけだからね。フィーア、先程の彼の応対はフリッツがやるって」


 慣れた手付きで三人の注文を書きつけたシルフィアは、テオドールの言葉に了解しましたと頷くと、そのまま厨房へ去っていった。それを見送ってテオドールがぼやく。


「結婚指輪があっても安心できないんだな」

「そんな品行方正な奴だけじゃないからな。どうせ特大の釘を刺してきたんだろ?」

「本当に挨拶しただけだよ・・・向こうがどう取るかは知らないけど」

「テオドールの挨拶は怖そうですねえ」


 揶揄するように言ったイスマエルに、テオドールは小さく笑った。そんな彼を見て、行儀悪く片手で頬杖をついたカミーユが意地悪そうに目をきらめかせた。


「この先、シルフィアちゃんが他の男を好きになったらどうする?」

「好きになる前にその芽を摘む。一応、指輪を渡す前に確認して『ずっと特別好き』だと言ってくれたからそんなことは起こらないと思うけれど」

「そんなこと確認したの?! お前、シルフィアちゃんに逃げられないようにどれだけ予防線張ってんの?!」

「出来ることは全てやっておかないと後悔してからじゃ遅いだろ?」

「いやあ、重いですねえ・・・」

「お待たせしました!」


 テーブルに沈黙が落ちる寸前、明るい声が飛んできて料理が運ばれてきた。テオドールが手際良く皿を並べて去ろうとするシルフィアの手を引く。


「フィーア、口を開けて?」


 条件反射で桜色の唇が開いたところにサンドイッチの横に添えられたサクランボがぽんと放り込まれた。


「可愛いフィーアにプレゼント。僕以外の男からは何ももらっちゃダメだよ?」


 サクランボと同じくらい真っ赤になったシルフィアと、ぽかんと口を開けた友人達を見て、テオドールが破顔した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ここで第二章本編は終了です。あと一話、かんさつ日記があります。

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