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13、妻からの愛情


「誰かを好きだっていう気持ちが嘘じゃないって、どうすれば証明できるのでしょうか?」


 午後遅く、もうお茶の時間が近い食堂。昼の営業を終えて、皆でルノーさんが残り物で作ってくれた賄いを食べていた。


 今日は、残ったアスパラガスとベーコンのパスタで、美味しくて夢中で食べていたら、あっという間に私の空っぽだったお腹が満ちた。


 最後に水を飲み、ふと思いついたことを尋ねた途端、皆の手が一斉に止まった。


「いきなり、どうしたんだい? あまり想像できないけど、シルフィアちゃんの夫が浮気でもしたかい?」

「いえっ、そんな、テオ様は浮気なんて・・・しない、です、よね?」


 チェレステさんに尋ね返され、即座に否定しようとしたものの、自分に自信があるわけではなく、どちらかというと不安しかない私は段々と勢いが落ちて最終的に語尾が疑問形になってしまった。


 テーブルについている人達をぐるりと見回せば、ルノーさんとフリッツさんは大丈夫、と頷いてくれたけどチェレステさんは首を傾げた。


「うーん、あの青年は大いにモテそうだから不安になるのは仕方がないね。で、何があったんだい?」


 実は、と先日のカミーユ様との件を掻い摘んで話すと彼女は目を瞬いた。


「なんだ、夫を疑っているんじゃなくてシルフィアちゃんが疑われたのかい」

「そうなのです。それでもう疑われるのは嫌だと思いまして。どうすれば証明できますか?」

「そりゃ、無理だね。人の気持ちなんてコロッコロ変わるもんだろ」


 藁にも縋る思いで再度尋ねたものの、素気なく返されて私は項垂れた。

 そんな私を見て苦笑したチェレステさんは私の頭をぐりぐりと撫でて続ける。


「私は三回結婚しててね。最初は若気の至りで燃え上がった勢いで結婚しちまって冷めた後は喧嘩ばかり。で、一年経たずに離婚、次は浮気、最後は友人に寝取られてねー。人の気持ち、特に愛情ってのは儚いもんだと悟ったのさ」


 一緒に働いているルノーさんも初めて聞く話だったらしく目を丸くしている。


 私は最後の寝取られの意味が分からなかったけど、とりあえず離婚の原因になるものだと理解した。それより私は最初の理由が気になった。


「あの、若気の至りで燃え上がった結婚というのは私とテオ様にも当てはまるのでは? だとしたらそろそろ喧嘩ばかりになるのでしょうか?」


 ドキドキしながら尋ねた私に、チェレステさんは寸の間黙ってから爆笑した。


「あははは! 大丈夫だろ、あんた達はあの頃の私達よりうんと仲が良いし、お互いを思い遣っているように見えるよ。大体、夫婦喧嘩なんてしたことあんのかい?」

「・・・ない、と思います」


 まだ半年程の結婚生活を振り返り、答える。


 そういえば、喧嘩自体が未経験だわ。いずれ、経験するのかな? 相手がテオ様だったらどうしよう・・・?


 考え込む私へフリッツさんがニヤッと笑って寄越した。


「テオドール様は父親から溺愛の英才教育を受けてますから、一度相手を決めたら離さないでしょう。離婚だの喧嘩だの考えるだけ無駄ってもんですよ、シルフィア様」 


 彼はそう言うと、水を一気飲みした。その横でチェレステさんが口を開けて大笑いする。


「あっはっは、そんな教育あるのかい?! 元旦那に受けさせておけばよかったねえ。私も一度でいいからそんなに愛されてみたいもんだ。」


 そうですね、と同意しかけて私はピタッと動きを止めた。


 ここで頷いたら『私を溺愛して欲しい、貴方の愛はまだまだ足りてない』とテオ様に文句を言っていることになるのでは?!

 かといって、この場で『私はテオ様の愛情に満足してます』なんて恥ずかしいこと言えるわけがない。


 不自然に止まっている私を見かねたのか、チェレステさんが優しい声で続けた。


「大体ね、始まりがどんなであろうとシルフィアちゃんが今、打算なく彼を好きだというなら、その気持ちは誰が何を言おうと嘘じゃないんだ。あんたが相手を好きで大事にしているからこそ、あれだけ溺愛されているのだろうし、それが証明みたいなもんじゃないかね」


「はい! チェレステさん、ありがとうございます。」


 その言葉は本当に嬉しかった。私はきっと、誰かにそうやって私のテオ様への気持ちを認めて貰いたかったのだ。


「・・・ん? アレ?!」


 喜びつつ、彼女の言ったことを反芻した私は最後の部分を思い出して小さく叫んだ。


 チェレステさんは、私がテオ様に溺愛されてるって言った? 以前、ジャンニさんにも言われたけれど、まさかそんな?!


「もしや私は本当にテオ様に溺愛されているのですか?!」 


 確認すれば、全員が揃って大きく首を縦に振った。それを認識した瞬間、私は頬に両手を当てて絶叫していた。


「そんな、なんて恐れ多い! どうしましょう?!」 

「何言ってんだい。向こうが勝手にしてくるものに恐れ多いも何もあるものか。ハイハイ、アリガトーって受け取っとけばいいんだよ」


 チェレステさんの考えに私の目が点になった。


 えええ、アリガトーだけで溺愛されちゃっていいの?!


 呆気に取られたままの私に、食器を片付けて戻ってきたフリッツさんが畳み掛けてくる。


「そうそう。遠慮などせず、テオドール様の愛情をそっくり受け取ってあげてください。で、たまにはシルフィア様からも愛情をおくればテオドール様が喜びますよ」


「愛情なんて目に見えないし触れないのに、どうやったらいいのですか?」


 テオ様が喜ぶなら是非やってみたいと前のめりに尋ね返した私に、フリッツさんはなんだかニヤニヤしながら耳打ちしてきた。


 ふんふん、なるほど?!


■■


 フリッツさんに愛情のおくり方を教えてもらって数日後。


 今日でテオ様の試験が終わったので、実行しようと思います。



「さて、そろそろ寝ようかな」


その声でテオ様の膝の上で微睡んでいた私はハッと目を覚ました。

 ようやく勉強漬けの毎日から解放されたテオ様が、ソファに座ったまま大きく伸びをしている。テーブルに置かれた、字がびっしりで重たそうな新刊の本は、楽しみにしていたというだけあってもう真ん中くらいに栞が挟まれていた。


 いけない、いけない。うっかり久しぶりにテオ様の膝の上を満喫していたら意識が飛んでいた。


 さー、今からテオ様へ愛情を贈りますよ!


「テオ様! ・・・あっ、わっ、わあっ?!」


 初めて自分から抱きついたら、張り切りすぎて勢い余ってテオ様を突き飛ばす形になってしまった。彼は無抵抗で私に押されてソファに仰向けに転がり、当然、私も一緒に倒れ込んだ。


「テ、テオ様、大丈夫ですか?! 申し訳ありません、勢いがつきすぎました」

「んー、大丈夫だよ。それで、次はどうするの?」


 彼の身体の両横に手をついて上半身を起こしながら謝れば、のんびりと次を問われた。それに答えようと、ふと、私の下にある彼の顔をまともに見てしまった。


 ちょっと伸び気味のサラサラの灰色の髪がソファに広がって、冷たい美貌と称される整った顔が今は柔らかい笑みを湛えて期待に満ちた目が真っ直ぐに私を見ている。


 目があうと急激に恥ずかしくなって、彼の顔からそっと視線をずらす。


「次、次ですか?! ええと、その、キスしたいなあと、思って、いたのです、が」


 どうしよう、すごく恥ずかしい。でも、テオ様は怒ってないし嫌がってもいないのだから、ここは思い切って突き進むしかない!


 私は覚悟を決めた。もう一度、今度はしっかりと彼と目をあわせる。


「私からテオ様にキスしてもいいですか?!」

「もちろん! フィーアからなんて、嬉しいな」


 テオ様に喜んでもらえて嬉しくなった私は、よし、と気合をいれたところで彼が目を開けたままであることに気がついた。


「・・・あの、じっと見ていられるのは落ち着かないというか、恥ずかしいので目を閉じてもらえますか?」

「本音としてはこの美味しい体勢のまま、可愛い君をずっと見ていたいのだけどね」

「美味しい・・・?」 

「そう。今、君の視界にも思考にも僕しかいないでしょ」


 彼は残念そうな声で言いつつ、目を閉じた。私もぎゅっと目を瞑って、そっと顔を近付けた。


 ふわっと触れるだけのキスで全身が蒸気が立ち上るように熱くなって、それ以上は出来なくなった私は、ぺしゃっとテオ様の上に崩れ落ちた。


「テオ様、申し訳ありません。もう、続きは無理です」

「そっか、後は何をしてくれる予定だったの?」

「テオ様の頭を撫でたり、手を繋いだり、でしょうか」


 私は顔を伏せたまま小さな声を返す。

 フリッツさんのアドバイス通り、いつも彼がしてくれることを自分から色々したかったけれど、キスだけでもういっぱいいっぱいになってしまった。


 キスを最後にしておけばよかった、と落ち込む私の頭をテオ様が柔らかく撫でて慰めてくれる。気持ちよくてそのまま目を閉じていたら、次に手が絡められた。


 あれ、これって私がやり残したことをテオ様からしてくれてる?


 テオ様はいつだってこうやって私の心をほわっと温めてくれる。私は彼の胸の上に伏せていた顔を起こして薄青の目を見つめた。


「テオ様はいつも私に幸せをくれます」 

「僕こそ、毎日君から幸せをもらってるよ」


 二人でにこっと笑顔を交わす、こんなひとときを私の人生に与えてくれたテオ様に毎日感謝している。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


チェレステさんは姉御肌。

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