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4 侍女



 ティアット公爵家の侍女ミリアは十七歳のときに池で溺れて寝込んだ公爵家のご令嬢アマリリスを見て、ちょびっとだけ前世を思い出した。



 うんうん魘されるアマリリスを見て思ったのだ。何かこれ異世界転生のテンプレだな、と。


 それを皮切りに、頭の中にどんどんと思い浮かんで来たなじみのない言葉の羅列に、ミリアは一瞬の眩暈を覚えたあと、自分が前世、こことは違う世界で生きていたことを思い出した。だが、それだけだった。


 自分の前世の名前や生い立ち、家族や友人関係などは漠然としか思い出せなかった。ほかに何か覚えていることといえば、何やらよくわからない単語だけ。


 異世界転生。悪役令嬢。ざまあ。逆ハ―。などその他もろもろの良く分からない単語がすぐさま思い浮かんだが、それらの意味するところはわからなかった。


 きっと今は頭が混乱しているだけで、そのうち色々と思い出すのかもしれない、などと思っていたところでアマリリスが目を覚ました。


 目を覚ましてからのアマリリスは、ミリアの知る以前のアマリリスではなかった。ミリアは期待した。これは、恐らく、もしかして、と。


 案の定アマリリスは、前世の記憶を語りだした。アマリリスの話を聞くうちに、ミリアの頭の中に最初に定着した言葉の意味もある程度わかって来た。そしてアマリリスの話を聞き終わって思った。これ、わたくしも前世の記憶を思い出したんですう。とか言える雰囲気じゃないなと。


 ミリアは思い出した記憶の欠片を、そっと心の中にある宝箱に閉まっておくことにした。


 そもそもたいした記憶ではないし多少の変化はあるかもしれないが、今もってミリアはミリアのままだし、特に問題ない。アマリリスには気が向いたら伝えようかな、ぐらいに思っていた。


 そんなことよりも、目下の問題はどうアマリリスの破滅を防ぐかだ。


 第一王子の婚約者に収まりながら将来婚約破棄からの国外追放、修道院行き、娼館送り、監獄送り、五十も年上男の後妻、生涯幽閉、存在抹消。


 よほどの恨みでも買ったのだろうか。何の関係もないミリアすら寒気を覚えるほどだ。


 そしてそれらを回避するために、アマリリスは生まれ変わろうとしている。


 なんて素晴らしいのだろう、とミリアは感動していた。運命を切り開こうとあがくヒロイン――悪役と言っていたが――をミリアは横目で眺めながらも、腹心の侍女というおいしいポジションをキープできるのだ。


 そう、ポジションをキープ。


 ミリアは記憶が戻ってからの己が使役する言葉の変化に気付いていた。これはうっかりできない。アマリリスの前でむやみやたらに前世に関係する言葉を使わないようにしなければいけない。でないとバレてしまう。


 まあ、バレたらバレたで良いのだが、前世の記憶を持つものが何人もいたら、異世界感が薄れてしまう。ミリアはどっぷり浸かりたかったのだ。このエンターテインメント性あふれる世界に。ミリアはあとで色々とアマリリスに前世のことを質問しまくろうと決意した。




 ミリアはわくわくしていた。これまでにない胸の高まりを覚えていた。


 ミリアは平民だ。


 平民だが家は商業を営み、そこらの下級貴族よりはいい暮らしをしてきた自覚はある。しかし、平民は平民。ティアット公爵家の侍女として勤めているのも、実は破格の扱いなのだ。


 男爵家や子爵家くらいの家だったならば平民が雇われても不思議ではないが、ティアット家は公爵家だ。しかも名門中の名門。


 平民がなぜその名門中の名門である公爵家で働けるのかといえば、ミリアの母が元伯爵令嬢であり、アマリリスの母であるカメリアと友人だったからに他ならない。



 家は兄が継ぐため、ミリアも将来はどこぞの男の元へ嫁に行くか、手に職をつけて自分で食べていくかの選択を十四のときに迫られた。


 ミリアが選んだのは手に職をつけることだった。両親にその旨を伝えると、母の伝手でティアット公爵家に侍女として潜り込むことができたのだ。そこでミリアはアマリリスと出会った。


 十五で侍女として迎えられ、一年、新人として下働きをした。それが終わると、驚いたことにすぐさまアマリリスつきの侍女に抜擢されたのだ。理由は、やはり母の伝手と、アマリリスと比較的年齢が近かったから。


 そうはいっても九歳は離れていたのだが、公爵家の侍女は皆熟練の者ばかり。今は当時のミリアよりももっと若い娘もいるが、当時はミリアが一番アマリリスの年齢に近かったのだ。


 アマリリスのことは、最初は特に何とも思っていなかった。高位貴族のお嬢様らしい、我儘さと癇癪を持っているなという程度の認識しかなかった。


 しかし一年近く一緒にいるうちに、ご令嬢らしい高慢な態度の中に何やら他人と違った要素が見受けられることに気が付いた。


 アマリリスは確かに我儘だった。だが、その我儘には一応の理由がついていた。


 宝石を強請るのは、純粋に宝石が好きだから。女の子は大抵キラキラするものが好きだ。それを手にすることが出来る環境にいるために、望んだに過ぎない。


 アマリリスは好き嫌いも多かった。好んで口にするのは甘味ばかり。だが、ミリアもこの国の食事は好きではなかった。


 ミリアの実家は商家だったので、各国の美味しい料理が食卓に並ぶことが多く、もしかしたら公爵家よりも美味しいものを食べて来たかも知れない。


 そんな舌の肥えたミリアにとって、伝統的な味付けを主とする公爵家の食事は、確かに美味しいと思ったことがない。


 アマリリスは味覚がするどいのかも知れないと思っていたが、前世日本人なら当たり前だ。美食の国から来たのだ。美味しい食べ物の味はきっと魂に刻まれている。


 またアマリリスは珍しいもの、新しいものに目がなかった。ミリアの家はティアット公爵家御贔屓なのだが、父と兄が買い付けた他国の珍しい食べ物、雑貨、衣類などなど、アマリリスは必ず父の公爵に強請って購入していた。それがまた目の付け所が良いのだ。  


 少々値は張るが、父と兄両者お墨付きの代物を、すかさず見抜き欲しがる。父と兄もアマリリスのことを褒めていた。あのお嬢様は慧眼だと。


 どれもこれもアマリリスの我儘と言われる行為には、一応だが理由がついていた。恐らく、アマリリスの家族も食事の事を除いてはミリアと同じことを思っていたはずだ。


 食事については、ミリアやアマリリスの方が少数派と思われるため、そこは自信がない。公爵家の皆にとっては食べなれた味であるため、特に不満はないのだろう。

 

 そのように注意深くアマリリスを観察すればするほどアマリリスは興味深い人物だった。高慢さはあったが、年齢を考えればまだ可愛いものだった。


 これからどんな女性へと育つのだろう。ミリアはそんな姉にも似た思いをアマリリスに抱き始めていた。



 アマリリスが池に落ちたのは、そんな矢先だった。



 池に落ちるアマリリスを見た時は、本当に血の気がひいた。普段からものに動じない己の口から、叫び声が出たことに驚いた。


 ぐったりとしたアマリリスを見た時には、涙が出た。自分の受けるお咎めなんぞ、どうと言うことはなかった。寝台で眠るアマリリスの横で、ただただ、無事に目覚めることを祈った。



 そんなシリアスな状況に置かれつつも心のどこかでテンプレだな、と思うゆとりはあった自分のことが、ミリアは結構好きだ。


 とにもかくにも、目覚めたアマリリスは新生アマリリスになっていた。ミリアも新生ミリアになっていたのだから、案外気の合う主従なのかも知れない。


 そしてアマリリスはミリアに、無事目覚めたこと以外にも大きなプレゼントを与えてくれた。


 恵まれつつも少々単調だったミリアの世界に彩を与えてくれたのだ。あのまま時が過ぎれば、ミリアの人生はほとんど決まっていたといっていい。


 一生侍女を続けるか、どこかで区切りをつけて嫁に行くか。そのどちらかだ。両親は一生家にいても良いと言ってはくれだが、兄が結婚すればそれも難しい。小姑などごめん被る。


 ミリアはもう覚悟していた。この先何があろうと、アマリリスと運命を共にすると。アマリリスが国外追放されるなら、ミリアもついていく。アマリリスが修道院へ行くなら、ミリアもついていく。


 娼館にも、監獄にも共に行く。後妻にだって、侍女として着いてく。幽閉されたら、身の回りの世話はミリアがする。存在を抹消されたら、……それはどうすれば良いのだろう。まあ、ミリアも頼んで消してもらう手もある。そうならないようにするのが一番だが、何が起こっても、ミリアだけはアマリリスの味方であり続ける。


 これはもう決定事項だ。これから先の未来は、アマリリスと共に切り開いていく。これからアマリリスと一緒に変えていくのだ、己たちの運命を。


 アマリリスには絶対に言わないけれど、前世友達としてミリアはお互いを勝手に運命共同体のように思っていた。













「ということでお嬢様」


「何が、ということなの?」


 王宮についてそうそう、アマリリスはミリアに庭へと連れ出されていた。


「お嬢様のおっしゃっていたこれから受ける精霊神からの加護についてですが」


「はぐらかしたわね。まあ、いいわ。でも精霊神からの加護を受けるのは私ではなく主人公よ?」


「そんなバカなっ!」


 ミリアは口元に手を持っていき、のけぞりながら大仰に驚いた振りをした。


「わたくしのお嬢様を差し置いて、そんなこと許されませんっ!」


「何を言っているのよ。精霊神からの加護を受けるのは主人公だともう決まっているのよ?」


「ですがお嬢様……」


「ここは『精霊神の愛し子』の世界よ。主人公は……初期設定のままなら名前はマリアベル。マリアベル・ミスティ子爵令嬢。そして私は悪役。私が精霊神からの加護を受けるなんてありえないわ」


「……そう上手くいくかしら」


 ミリアがアマリリスを艶っぽい流し目で見た。ミリアは黙っていればクールな美女なのだ。しゃべれば台無しだけど。


「ミリア? それ悪役の台詞じゃない? あと口調変わっているわよ」


「それは失礼致しました」


「もう。悪いなんて思っていないでしょ? 別に悪くもないけどね?」


 寡黙だと思っていたミリアの性格が意外とお茶目だったことは、アマリリスもすでに把握済みだ。


 侍女としての主人に対する態度としてはなかなかにグレーだったが、前世の感覚を思い出したアマリリスにとっては、諫めるほどのことではない。というよりアマリリスはすでにミリアのことをただの侍女としては見られなくなっている。


 お互いの身分や事情も異なるためあくまで侍女と仕える家のご令嬢という関係を続けているが、アマリリスはミリアのことを友人だと思っていた。年の差もあるためミリアもアマリリスのことを友人だと思ってくれているかはわからないが、そうであって欲しいと願っている。


 だがはたから見たら、アマリリスに対するミリアの言動はかなり気安いものであり下手をすれば主人をなめていると思われかねない。 


 アマリリスの態度もよほど器の大きい人物か、侍女すら窘められない腑抜け者と取られる恐れがある。だから、ミリアもアマリリスも公爵邸以外では、二人きりのときしかお互いこのような態度はとらない。



「リリス。そろそろこちらへおいで。皆集まって来ているよ」



 二人から少し離れた位置で、兄のエリックがこちらを手招きしている。そばには弟のマリオンの姿もあった。


「大変。行ってくるわね、ミリア」


「いってらっしゃいませ、お嬢様」


 ここから先は、二人は通常の主従関係に戻らなければならない。これからアマリリスは筆頭公爵家の令嬢として、最初に王族へ挨拶し、最後に精霊神の祝福を受ける。まあ、その途中でマリアベルが精霊神の加護を受け、そこからあとはなあなあになるのだが。




 精霊神の祝福は、今日王宮に集まる、いわゆるデビュタントの令嬢と、令嬢をエスコートする令息に対し行われる。

 

 通常デビュタントは令嬢に限られるが、そうすると令息が祝福を受ける機会がなくなるため、この国ではデビュタントの令嬢をエスコートする際に、令息も一緒に祝福を受けることになっていた。


 祝福は一度限り。令嬢は十五歳がデビュタントの年と決まっているので、特別な理由がない限りは十五歳で精霊神の祝福を受ける。


 以前は令息も十五歳の成人の年と決まっていたらしいが今はその前後でも許されているため、大体が十四から十七までの間に令嬢をエスコートすることで一緒に祝福を授かる。


 その年によって、令嬢が多いか令息が多いかは変わるので、令息が多いときには一人の令嬢に対し、二、三人のエスコートがつくこともある。


 多くは兄妹、姉弟の組み合わせで行われ、ティアット公爵家はアマリリスが十五、エリックが十七、マリオンが十四と丁度よい年回りなので、今日のアマリリスのデビュタントに合わせて、エリック、マリオンともに祝福を受ける手筈になっていた。


 余談ではあるが、男兄弟のいない令嬢は、他家にエスコートを頼むことになる。エリックなどは、去年おととしとそういった令嬢からのお誘いが引きも切らなかったらしいのだが、それらすべてを妹のエスコートをすると言いはり、断ったらしい。


 そのため、今日のアマリリスは、右にエリック、左にマリオンと美形と名高い兄弟を侍らせることになっていた。まさに両手に華である。


「お待たせしました。お兄様。マリオン」


「さあ、位置に着こう。そろそろ王族がいらっしゃる頃だ」


「ええ」


 兄に返事をしながら、ちら、とアマリリスは周囲を見渡す。マリアベルを確認するためだ。だがどこもかしこも人、人、人で、お目当ての人物を探すのは大分苦労をしそうだった。 


 ミリアにもマリアベルの大体の外見は伝えてあるが、そもそも侍女であるミリアは会場には入れない。機会があるとすれば入場と退場の時だけだろう。

 

 アマリリスは不審がられない程度にきょろきょろと目だけを動かし周囲を伺っていたが、王族の来場を告げる声を耳にしてあわててそちらに向き直った。


 豪奢な扉が開き、王と王妃、続いて攻略対象である第一王子の濃紺の髪に琥珀の瞳のグレン・スコルディアと、攻略対象ではないが可愛いと評判だった金色の髪に樺色の瞳の第二王子であるアンリ・スコルディアが入って来た。


 その周りに王家の護衛騎士が数名。その中の一人、攻略対象であり、グレンの護衛騎士である鳶色の髪に、紺碧の瞳のアルフォンス・ゴートリーが周囲に目を光らせていた。


「これで四人目…」


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