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3 目指せ? 傾国の魔性の女



「あとは、第一王子との婚約は最初からしないというのも手でございますね」


「そうよねっ! むしろそっちのほうが良くないっ⁉」


 アマリリスも最初にそう考えたのだ。断然そっち押しだ。婚約さえしなければ破棄されることはないのだから。


「ですが、第一王子との婚約を断ることが出来るかどうかが問題ですね」


「……そうなのよね。でも、どうもガチガチの政略ではないらしいのよね。そうすると望みもある気がするのよ」


「政略ではないのですか? ……まさか恋愛?」

 

「そんなわけないじゃない!」


 だったらもっと落ち込んでいる。恋愛の末の婚約を破棄されるなんて、政略の末の破棄よりも惨めだ。


「政略といえば政略なんだけど、双方にとって大きな旨味があるわけじゃないみたいだわ。私と第一王子って一応は親戚同士だし、ちょうど年も合うしで、とあえずってところだったのかしら? 詳しくは説明されていなかったけれど……」


「まあ、最有力候補ではあるでしょうね」


「でもね、どうしてもって訳じゃないのなら、なんで私は破棄なんてされたのかしら、とも思って。普通に白紙に戻すだけで良くない? 白紙なら破棄よりもその後の私の境遇も少しは良かったでしょうに」


 婚約を破棄された令嬢の未来はまあ、そんなによろしいわけじゃない。本当の理由がどうであれ令嬢側に瑕疵があったと見なされるのが普通だ。


「そうですね。そこらへんは何か覚えていらっしゃらないのですか?」


「うーん。そもそも遊んでいたのは妹だし、私も説明はほとんど聞き流していたし……」


 アマリリスの持っている情報はま又聞きの末に得たものだ。己がもつ情報が正確かどうかさえ実ははっきりしていない。もしかしたら記憶違いかもしれないし、アマリリスが勝手に思い込んでいるだけということもあり得る。


「まあ、そもそも夢でございますしね」


「えっ、ミリアもしかして信じてないっ⁉」


「いいえ? ですが、ただでさえ、夢とは曖昧で胡乱なものでございましょう?」


「それは……そうね。だいたい起きると忘れているのが夢ってものよね」


 そう言われてしまえばだんだんとあの夢はアマリリスの未来への不安が見せたただの夢だったのではないかと思えてきた。

 

 だがそれにしては細部まで実によくできた夢ではなかろうか。しかも御年八歳のアマリリスの頭があのすべての劇中劇まで含んだ前世の記憶とやらを捻り出したとするならば、控えめにいって天才すぎる。


「まあ、大事なことはそう多くありません。ひとつに、第一王子との婚約は出来る限りさけること。無理なら仲を良好に保つこと。ひとつに、誰からも文句も付けようのないくらいの品行方正、頭脳明晰、眉目秀麗のご令嬢の鑑となること、ひとつに、……何ですか、あれ……困惑大将でしたか?」


「攻略対象」


「そうでした。攻略する対象ですね。いずれ敵に回る可能性の高い攻略対象との仲を良好に保ちつつ必要以上に近づかないこと。最後に、痩せて女に磨きをかけて絶世の魔性の傾国の美女になることですね」


「待って? 最後に変なのきたわよ?」


「変ではございません。絶対的に美しく魅力的なものに対して、ひとは敵意を抱きにくいものです。子豚も可愛らしいですが、子猫の愛らしさは最強でございましょう?」


「それって、個人的偏見というものでは……」


「ではお嬢様はどちらがお好きですか?」


「うう。……どちらかと言えば子猫ちゃん」


 子豚ちゃんより子猫ちゃんと呼ばれたい。あくまでどちらかと言えば、だ。実際にそんな臭い台詞を言う男性などいないだろうが。


「そうでございましょう? では最初の計画通り、まずは痩身でございますね」


「……はい」


「いつも食べていた十時の間食は今日から抜きです。三時の間食は育ちざかり故許しましょう。好き嫌いは今後無くしてくださいませね。お野菜もちゃんと食べること。あとよく噛んで下さい。運動は……まあ、お嬢様のお肉程度でしたら、生活を見直すくらいで効果はあるでしょう。かかる期間は大体半年くらいでしょうか。もちろん、その後も規則正しい生活は続けていただきますが」


「……わかったわ」


 アマリリスの前世もダイエットくらいしたことはある。むしろダイエットが常態化していたと言ってもいいので、ミリアの言っていることはもっともだとわかるのだが、なぜミリアがそれだけの知識を持っているのかが逆に不思議だ。


 そう思って聞いてみると、「わたくしも女ですので」という答えが返って来た。なるほど、ダイエット経験者というわけか。


「さあ、お嬢様、わくわくしてきましたね」


 ミリアはいきいきとした表情で、目を輝かせてアマリリスを見つめた。


 その笑顔のあまりの眩しさに、アマリリスは目を細めた。


 アマリリスは、ミリアがまだ十七歳の少女だということを思い出した。お告げを受ける前のアマリリスにとって、ミリアは大層年上の女性に見えていたのだが、もうそうは思えない。とてもではないが思えない。むしろ若さが目に眩しいくらいだ。


 アマリリスの前世の年齢はよく覚えてはいないが、最低でも三十近かったと思う。それが今は八歳。ものすごいジェネレーションギャップだ。ちょっと使い方が違うかも知れないが。














 それからあっというまに時はすぎ、アマリリスは十五歳になった。



「……赤味の強いブロンズの髪は艶やかで、金緑の瞳は自ら発光するかのように煌めき、夢見るような微笑みは見る者の心を蕩かせる……ああ……最高でございます。お嬢様」


 うっとりと己を見上げるミリアからの視線を受け、アマリリスは微笑んだ。


「ありがとう、ミリア。でも、手が止まっているわよ」


 今のアマリリスは、これまでのミリアの美女育成計画が功を奏し、十五歳にして誰もが見とれるほどの美貌と色香を持つ、絶世の美少女に成長していた……とはミリアの談だ。


「これは申し訳ありません」


 アマリリスの指摘にミリアは止まっていた手を動かし始めた。


 今日はアマリリスが王宮へと初登城する日、いわゆるデビュタントだ。


 デビュタントに着るドレスは昔は白と決まっていたらしいが、今はあまり主張しない淡い色合いのものなら、認められている。


 アマリリスはレースも刺繍も何も使っていない首まで生地のある薄い水色のシンプルなドレスを着て、髪は細かな三つ編みを織り込みアップにし、サイドだけを垂らし、ドレスと同色のリボンを着けている。飾りと言えばそれくらいだ。


「ねえ、ミリア。少し地味じゃない?」


「とんでもございません。これで良いのです。お嬢様の匂い立つような色香は、ともすれば過剰になりかねません。余計な装飾品はない方が良いのです。装飾品がない変わりに、この艶めかしい肌をみせるドレスを選んだのでございます」


 そうなのだ。アマリリスが着ている薄水色のドレスは首は隠しているが、両腕が丸見えだ。そういった意味ではかなり目立っている。


「……私って、やっぱり悪女系なのかしら」


「何を言うのですかお嬢様。お嬢様は悪女系ではなく、魔性の女系です」


「それどう違うの?」


「お嬢様は知らなくても良いことです」


 アマリリスは黙った。ミリアが良いというのなら良いのだ。どうせ聞いても教えてくれない。


「それにしても、今日のドレスの色はとても綺麗ね。爽やか過ぎて私に似合うか不安だったけど……」


「とてもよくお似合いですよ」




「そうだね。とても良く似合っている」




 背後で聞こえた麗しい美声に、アマリリスが振り返る。そこには兄のエリックが満面の笑顔で壁に寄りかかるようにして立っていた。


「お兄様っ! 直接王宮へ行くのではなかったの?」


 たしか昨日の朝の段階では用があるため先に一人で王宮へ行くと言っていたはずだ。


 兄はすでに王宮で仕事を持っている。毎日の出仕ではないが、何かイベントがあるさいにはかなりの頻度で駆り出されていたはずだ。たとえば今日のようなデビュタントとか。


「うん。そう思っていたんだけど……やっぱりリリスのドレスも見たかったから。昨日中に仕事を終わらせてきたんだよ」


 微笑みながら両手を広げるエリックの元へ、アマリリスが駆け寄る。兄の微笑みを見ているとついつい吸い込まれるように近づいてしまう。さすが美形だ。


「お嬢様。崩れますよ」


 後ろからかけられたミリアの声に、兄に抱き着こうとしていたアマリリスは押し留まった。


「うあ。危なかった」


 ふうう、とアマリリスは息を吐く。ドレスは着るまでが大変なのだ。今日のドレスは特に、背中側にボタンが尋常でないほどついている。髪も三つ編みを何本も作った、手の込んだものだ。


 綺麗になるのは嬉しかったが、あの拷問をもう一度受けたいとは思わない。思わないが、これからその機会は多くなるだろう。アマリリスはひっそりとため息を吐いた。淑女って大変。


「坊ちゃま。レディの着替え中に勝手に入らないでくださいませ」


「ノックはしたよ? でも誰も気付いてくれなかった」


 悪びれもせずにのたまうエリック。だがアマリリスは知っている。エリックは、実際にはノックなどしていない。ノックをしたら絶対にミリアに断られるからだ。いつものことだ。


「そうなの? ごめんなさいお兄様」


 それでもアマリリスは兄に真実を突き付けるような真似はしない。ミリアが黙認している段階で、その兄の行動はアマリリスにとって害にはならないからだ。


「いや、構わないよ。着替えが終わったのなら、もう行こう。皆準備は出来てるよ」


「ごめんなさい。待たせちゃったわね」


「何を言っているんだ。今日の主役は君だよ。それに女性の着替えを待つのは男の義務だ」


「お母さまがいらっしゃるわ」


「義母上だって、同じ気持ちだよ。というより、義母上の着替えもついさっき終わったようだからね。さあ、行こう」


 兄の差し出す肘に手を添え、アマリリスは優雅に歩をすすめる。見上げる兄の顔は実の妹であるアマリリスがうっとりするほどに美しく整っていた。

 煌めく銀色の髪に琥珀の瞳。さすがとでも言おうか、兄のエリックは攻略対象の一人なのだ。そしてもう一人――。


「姉さまっ」


 部屋から出たところで、弟のマリオンと出くわした。マリオンももう一人の攻略対象者だ。


 同じ家で暮らす家族に二人も攻略対象がいるなんて、と最初は悲観したアマリリスだったが、ミリアに「好都合です」と言われ、それもそうかと考え直した。


 二人とは他の攻略対象者よりも仲良くなる機会が多くあるのだ。なおかつ、血のつながった兄妹弟なのでそのことも強みになるだろう。いざとなったら泣き落としだ。


「マリオン。待たせてごめんね」


「そんなの気にしないで」


 マリオンはアマリリスの隣、兄の反対側に並び、アマリリスに手の平を向けて差し出してきた。少々歩きづらいな、と思いながらも弟のせっかくの好意を無駄にしたくなくて、アマリリスも空いている方の手を差し出す。


 アマリリスとマリオンは年子だ。現在十四歳のマリオンだが、すでにアマリリスよりも背が高い。まだ兄のエリックほどではないが、すぐに追いつくだろう。この二人は異母兄弟だが、兄、弟どちらにも似ていないアマリリスよりもよほど互いに似ている。


 二人とも父親譲りの銀髪と美貌を持ち、瞳はそれぞれ、兄が母親から琥珀の瞳を、弟が父親から群青色の瞳を受け継いでいる。

 

 広間につくと、父と母が仲良く寄り添って待っていた。


 銀色の髪に群青色の瞳の美丈夫と、ブロンズの髪に金緑の瞳、アマリリスとまったく同じ色彩の美女。二人が寄り添い立つ様はまるで一服の絵のようだ。


 アマリリスはマリオンとエリックから手を離し、挨拶をするため両親の元へと向かった。













「ねえ、あのドレス。あれってミリアの瞳の色だよね?」


 アマリリスのいなくなったあと、マリオンが兄のエリックに尋ねた。


「だろうな。まあ、似合っているんだけど」


 エリックもドレスの色を一目見た瞬間、侍女の思惑に気が付いた。あれは己の色を着せているな、と。だが、それだけだ。婚約者や夫の色を身に纏うのは当然のことだが、侍女の瞳の色を纏ったからと言って、どうということもない。エリックはそう自分に言い聞かせている。


「どうせなら、群青色のドレス着て欲しかったな」


「……琥珀の方が似合う」


 ミリアとアマリリスの努力の甲斐あって、兄と弟は、アマリリスに対して、並々ならぬ好意を抱いている。少々行き過ぎなほどに。


 そんな二人の会話を後方で聞いていた侍女は、二人に気付かれぬよう密かにほくそ笑んだ。


 

 わたくしのお嬢様最高、と。


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