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悪女と侍女と魅了の魔女と  作者: 星河雷雨


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21 破魔、そして大団円



「この温室にいるの?」


「ええ」


 ルークを後ろに伴ったユウカが、温室の入り口である硝子戸の外側から温室の中を覗き込む。微かな薔薇の香りがユウカの鼻腔をくすぐった。


「ふうん。ユルグム、アマリリスのことちゃんと殺せたかしら?」


「殺せていなかったら、私が殺します」


「ええ~。ルークカッコいい~。頑張って~」


 ユウカはルークの腕に絡みつき頭を擦り付けた。顔は好みではないが、魅了にかかったルークはとても使える優秀な駒だ。


 中に入ろうと温室の扉の把手に手をかけたユウカの頭上に、黒い影が差した。


「ん~。暗い……」


 空が急に暗くなったことを疑問に思い、ユウカが空を見上げる。するとそこには大きな青い鳥が翼を広げ旋回していた。


「青い鳥! やだ、幸先いいわ~」


 ルークの腕に絡みついたままきゃいきゃいと喜ぶユウカだったが、すぐに顔色を変える。


「でもでかいわね……。ねえ、ルーク……あの鳥なんか変じゃない?」


 鳥はずっとユウカの頭上を旋回し続けている。そして気のせいでなければ徐々に高度を下げてきていた。


「……おそらくあれは精霊です」


「精霊? 何でここに……」


 ユウカが首を傾げるのと同時に、さきほどまで旋回していた鳥がユウカ目掛けて急降下してきた。


「え? ちょ……きゃ」


 今にも鳥にぶつかりそうになったユウカを、ルークが抱えて移動する。そしてユウカを離すと、すぐさま鳥に向かって赤い光球を放った。だが急上昇することで光球から逃れた鳥は、もう一度ユウカ目掛けて下降する。


「きゃ……何なのよ! このくそ鳥!」


 またもやすんでのところでルークによって助けられたユウカは「逃げてください」というルークの言葉に急いでルークから距離をとる。そしてそのまま温室とは反対方向にユウカは駆けだした。


 ユウカを追おうとする鳥を、ルークから放たれた光球が狙う。しかしばさばさとその場で滞空した鳥は、嘴を大きく開け、光球目掛けて青い光を放った。


 光はルークの光球を滅し、そのままルーク本人にまで到達する。青い光に飲み込まれたルークは大きく身体を揺らし前方に倒れ込んだ。














「ちょっと……もう何なのあの鳥……。まさか……精霊神?」


 鳥から逃れるためルークから離れたユウカは、木の陰で息をついた。ここなら頭上から鳥に狙われないと思ったのだ。


「いいや? あれはただの精霊だ」


「ユルグム!」


 現れたユルグムに、ユウカが駆け寄る。


「良かった! 助けてユルグム!」


「ああ。今助ける」


 微笑むユルグムにうっとりと見惚れるユウカは、自らの腹にかざされたユルグムの手の平に気づくのが遅れた。その一瞬のうちに、ユルグムの手の平からは黒い光がほとばしる。


「え……?」


「悪いな、魔女」


 その言葉を聞いたのを最後に、ユウカの身体はすべての感覚を遮断された。


「……あ……う……うあ」


 己の口から洩れる言葉を、ユウカの耳は拾わない。煙を上げる自らの身体をユウカの目は捉えない。


 身体中の血液が沸騰するほどの熱を感じたのは一瞬のこと。すぐにユウカの身体の感覚は静寂なる暗闇に沈み込んだ。すでに己は死んだのだとユウカは思ったが、しかしその身体はまだ生命を絶たれてはいなかった。



「……お……ああ……あ」


「……ちっ。これでも死なないのか。……なんて力だ。殺せるって言ってたよな、あいつ……」


「……あ……あ……ん……で」


 死んだのだとしてもそうでないのだとしても、今ユウカがやるべきことはひとつだけ。ユウカからすべてを奪ったあの女を殺すこと。それがユウカの最後の願いだ。


「……死んだか?」


 大人しくなったユウカを見て、ユルグムが光を消す。ユウカの身体は生前の形を残したまま、ただその色のすべてが黒く染まっている。


 静かに足元のユウカを見つめるユルグムの元に、空から青い鳥が降りて来た。


「無事だったか……ルークは?」


 くええという鳥の鳴き声に、ユルグムはルークが敗北したことを知る。


「お前……強いな。ダグラスの精霊よりも強いんじゃないか?」


 精霊神が時々魚になったり、通常は人の形をとっているように、自らに形を与えることができる精霊は、そこらの精霊よりも力が格段に強い。ダグラスの精霊が形を持っていたかどうかをユルグムは知らないが、さすが元首席精霊師の契約精霊といったところだろう。


「おおい。パルや」


 グレアムの呼ぶ声に、パルがくええと鳴いてユルグムの元を去っていく。グレアムの後ろからはアマリリスとミリアがついてきていた。


「終わったの?」


「ああ」


 ユルグムの足元の黒い物体に気づいたアマリリスがよく見ようと身を乗り出す。


「見るな! アマリリス」


 ユルグムの言葉に、アマリリスがたじろいだ。


 その一瞬。


 すでにこと切れていたはずのユウカの身体が、野生の獣のようにアマリリス目掛けて飛び上がった。


「アマリリス……!」


 ユルグムがユウカ目掛けて手を伸ばすも、ここから精霊の力を放てばアマリリスを巻き込む可能性がある。


 グレアムの精霊もすでに小鳥の大きさに戻っており、今からでは精霊の力を解き放つのには間に合わない。

 あとは精霊神の加護にすがるしかないのだが、自然の理に反する魔女としてのユウカの力に、とっさにどこまで対抗できるかは未知数だった。


 誰もが最悪の事態を想像したが、それはミリアによって打ち砕かれた。


 ミリアはユウカの身体が動いたことを視認した瞬間、スカートをたくし上げ足に装着したクロスボウを手に持っていた。そして躊躇うことなくユウカに向かって矢を放った。


 すべてが一瞬の出来事だった。


 ドスン、っとその大きさからは考えられぬほどの大音量で矢はユウカの身体を貫く。そして見る間にユウカの身体は消し炭となり、光の粒子となって消えた。



 あまりに予想外の出来事に、ミリア以外はすべて言葉を失っている。



「ふふ……ふ。皆の者! これぞ伝説の呪具の力です!」



 ミリアが天高くクロスボウを掲げると太陽の光を受けて伝説の呪具がきらりと輝いた。



「やった! やったわ、ミリア! 伝説の呪具万歳!」


「……嘘だろ?」


「おんやまあ」


『うむ。あっぱれだ』



 宮廷精霊師や魅了の解けたティアット家の兄弟たちが駆け付けたときに見たものは、クロスボウを天高く掲げるミリアの姿と、そんなミリアに抱きつくアマリリス。腕を組み偉そうに立っている精霊神。それらを茫然と見守るユルグムと庭師という何とも不可思議な構図だった。




















 ティアット公爵家のご令嬢アマリリス・ティアットは、破魔の乙女となったミリアとともに精霊神の愛し子として今陛下の目の前にいる。


 魅了の魔女を伝説の呪具で倒したミリアは破魔の乙女となり、精霊神と契約していることが陛下の知るところとなったユルグムは、ダグラスの代わりに首席宮廷精霊師に返り咲いた。


 ちなみにダグラスの魅了はアマリリスの体液によって解くことができるということだったが、唾液や血と同様、涙でも効果があるらしい。

 

 それを聞いたミリアがアマリリスの目の前に玉ねぎを差し出し泣かせたところアマリリスは滂沱の涙を流した。それをミリアがすかさず小瓶に受け取りグレンに聖水ですと言って手渡したのだ。


 精霊神によるとそれを一週間に一度一年ほど繰り返せばすっかり元に戻るだろうとのこと。結構厳しい。いっそ血を飲ませてしまおうかとアマリリスは思案する。前世でも頻繁に献血はしていたし。



「アマリリスよ。本当にお主は破魔の乙女の名を辞退するのか?」



 そう。最初破魔の乙女とされたのはミリアではなかった。精霊神の愛し子として、元首席精霊師二人――ユルグムとグレアムだ――を率い、魅了の魔女を葬ったとしてアマリリスが陛下から賜る二つ名のはずだったのだ。


 しかし結局のところアマリリスは何もしていない。最後にクロスボウでユウカを倒したのはミリアだ。そんな自分がその名を貰うわけにはいかないと、アマリリスは破魔の乙女となることを辞退したのだ。

 そして代わりにミリアに押し付けた。最初はミリアも嫌がっていたが、二つ名を貰えばたとえアマリリスがどこへ嫁ごうとも平民であるミリアもついていくことが出来ると聞き、二つ返事でその名を受けとることを了承した。


「はい。私は何もしておりません。すべては私に手を貸してくれた方たちのおかげなのです」


 殊勝な態度で謙虚なことを言うアマリリスに対し、周囲からは感嘆のため息が漏れる。精霊神の愛し子、そして美しく、謙虚とくれば世間の受けはとてもよろしい。


 グレンも、アルフォンスも、ジェラルドも、ダグラスも、ティアット家の兄弟も。皆陛下の前に揃って跪く美しい主従を見つめている。


「そうか。ではそなたの思う通りにするがよい」


 陛下はアマリリスの言葉に満足そうに頷き、ついでミリアのほうへ身体を向け声をあげた。


「ミリア・ロゼッタ」


「はい」


 ミリアは涼やかな声で陛下の声に応えた。


「魅了の魔女に止めを刺し愛し子を護ったのは確かにそなただと聞いた。その忠義を讃え、そなたに破魔の乙女の名を授けよう」


「……やっぱいらな……いえ、謹んでお受けいたします」


 陛下の言葉に我に返り、自分が中二病まっさかりな二つ名を授かる寸前だということに気づき断ろうとしたミリアを、アマリリスは軽く、いや思い切り睨んだ。

 

「ではユルグム。ミリア・ロゼッタに精霊の祝福を」


 陛下の言葉に従い、陛下の傍に控えていたユルグムがミリアの前に進み出る。今回の祝福は精霊神からのものというわけではなく、あくまで首席宮廷精霊師からの祝福だ。


「よう。破魔の乙女。出世したな」


「……山男。覚えていなさい」


 ミリアの悪態に笑ったユルグムの手の平から、黄金の光が溢れ出す。その光はミリアの頭上から身体を照らし、地面まで到達するとゆっくりと消えて行った。


「……アマリリスを助けてくれてありがとうな」


「なぜお前が礼を言うのです山男!」


「ミリア!」


「陛下のご前だぞ。侍女」


「ぐ……」


 悔しそうなミリアを見てユルグムがまたしても楽しそうに笑う。そして二人に背を向け歩き出したと思いきや、くるりと後ろを振り返った。


「ああ言い忘れた。ちゃんと責任はとるから、アマリリスが俺の元へ来るときにはお前もついてきてもいいぞ」


「……は?」


「……はい?」


 ユルグムはそろって首を傾げる二人を見て、やっぱ似た者同士だなと言い残して、また歩き始めた。


「ちょ……待ちなさい! 山男」


「え? え? どういうこと?」


「二人とも、続きはあとでやれ」


 陛下からの諫めの言葉に、アマリリスとミリアがびしりと固まる。








 婚約破棄からの国外追放、修道院行き、娼館送り、監獄送り、五十も年上男の後妻、生涯幽閉、存在抹消。どの未来もすでにアマリリスには訪れそうもない。


 これから先、ミリアとともに歩むアマリリスの新しい人生。そこには新たに首席宮廷精霊師の妻という未来が書き加えられそうだ。


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