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悪女と侍女と魅了の魔女と  作者: 星河雷雨


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17/21

17 主人公



「退屈ですね、お嬢様」


「そうね」


 退屈とは言いながらも、アマリリスもミリアも動かす手を止めようとはしない。今二人は庭に生えた草をむしっているのだ。庭師と一緒に。


 池に落ちたときフォーチュン侯爵家の庭師に助けられてから、アマリリスは庭師という存在に尊敬の念を抱いている。


 それからのアマリリスは時間を作ってはティアット公爵家の庭師であるグレアムの手伝いをミリアとともにするのが趣味となっていた。


 かがむことの多い庭師は足の筋肉が鍛えられている。一番遠くにいたはずの庭師があっという間のスピードでかけつけアマリリスを救出したときのことを、ミリアはいまだにうっとりとした表情で語るときがある。


 そしてミリアからその話を聞くたびに、アマリリスはあの時の庭師に感謝の念を送るのだ。どうかあの人が木の剪定中に梯子から落ちたりしませんようにと。


「あの小娘は死にましたかね?」


「表現が直接的すぎるわ。それにあくまで敵は魔女よ。そしてそんなに早くは無理じゃない?」


「そうですね……。あ、お嬢様ミミズですよ」


「あら、本当。精霊神様食べるかしら?」


 しょっちゅう魚になっているようだし、もしかしたら魚の姿で食べるミミズが気に入ったのかもしれない。ならば、とアマリリスは出て来たミミズを脇に避けておいた。ちゃんと土をかぶせることも忘れない。


 そのまま逃げられる可能性もあったが、干からびてしまっては元も子もない。できるだけ新鮮なものを食べてもらいたかったのだ。


「そういえばお嬢様。精霊神の名を呼ばないのですか?」


「え? そうねえ。でも別に呼ぶ必要ないし……」


「お嬢さん方。そろそろ休憩にしたほうがええんでないですかい? 今日は日差しが強ええですからねい」


 肩に小鳥を乗せた庭師のグレアムからの提案に、アマリリスはよっこらせとしゃがんでいた体勢から立ち上がった。真夏ではなくとも日射病には気を付けなくてはいけないのだ。


「ありがとうグレアム。ミリア、お茶にしましょう」


「今日は冷やしたハーブティーをご用意しております。それと初夏の野菜のピクルスを」


「いいわね。グレアムさんも一緒に食べましょう」


「ええんですかいのう? 儂も一緒で」


「もちろん。ちゃんとグレアムさんの分もご用意しております。その小鳥ちゃんの分もありますよ」


「そうですかい? そりゃ嬉しいですねい。なあ、パル」


 グレアムが太い指で肩にとまった青い小鳥の頭をなでる。実によく懐いている小鳥だ。しかも青とは何と縁起が良いのだろう。幸せの青い小鳥ちゃん。


 アマリリスは泥のついた手袋をとり、パンパンと叩き合わせて泥をとる。休憩後も続けるつもりなのでどうせまた泥だらけになってしまうが、気持ちの問題なのだ。


 三人が庭の隅に置いてある木製の椅子とテーブルに着くと、テーブルには布がかぶせてあった。ミリアがその布を取ると布の下からは透明な赤い飲み物と、角切りにされた色彩豊かな野菜のピクルスが出て来た。


「草むしりをはじめる前にご用意しておきました。ハーブティーは濃く煮出して氷を入れておきましたので、今の季節ならちょうど良い温度になっているはずです」


「完璧ね。ありがとうミリア」


「おお。ミリアさんは美しいのに仕事も完璧だあね。いやすごいだね」


「あら、やだ……そんな」


 ミリアはグレアムの前ではいつものミリアではなくなる。まるで恋する乙女のようになるのだ。アマリリスが庭師に対して感じる気持ちは尊敬だが、どうもミリアは憧れらしい。


 まあ無理もない。颯爽と現れ幼い己の主人を救ってくれるなど、まるで白馬に乗った王子様のようではないか。


 アマリリスがぱくぱくとピクルスを頬張っていると、グレアムが何かに気づき目の上に手をかざす。今日は結構日差しが強いのだ。


「ん? なんだか向こうが騒がしいんべな?」


「ん? そうね。何かしら?」


 ミリアに注いでもらったアイスハーブティを飲みながらアマリリスが声のする方を見ると、そこには兄のエリックと弟のマリオンがいた。そしてその後ろには見たことのある人物二人。


「お嬢様……。坊ちゃまズは良いとして、あれは洟垂れ精霊師と小娘では? 魔女だけ殺すことが出来たのでしょうか?」


 もしそうなら最高の結末だ。いくらすでに魂が食われかけているとしてもやはり同胞かもしれない少女を殺すということに、思うところがなかったわけではない。むしろ考えることから逃げていたと言っても良い。しかし、それにしてはここに来るのが早すぎないだろうか。


「さすがに早すぎない? というよりもしかして入れ違ったんじゃ……」


 ユルグムとアンリがティアット家を出て行ったのは今から三十分ほど前だ。馬に乗って行ったが王城へと行くまで十五分はかかる。なのにすでにここにいるダグラスとマリアベル。これは完璧に入違っている。


「……使えませんね、あの山男と第二王子」


「そうね……。というか、お兄様とマリオン、ちょっと様子がおかしくない? なんか目が胡乱としているというか、うっとりとしているというか……」


「どこを見ているかわからんべな」


「まさか……やっちまいましたかね?」


「ええ‼ ……やっちゃったのかしら? え、でもここで? 勇気あるわ~」


 自宅で兄弟そろってマリアベルとやっちゃったのだろうか。キスだけど。両親に見られる可能性とか考えないのだろうか。


「お父様はいないけどお母様はいるのに……」


「しょうがありませんよ、お嬢様。いくらシスコンとてお二人ともお年頃なのです」


「何かショックだわ~」


「まあ、無理やりだったかもしれませんね。洟垂れとはいえ、一応宮廷精霊師ですから。人間の動きを封じるくらいは出来るのでは?」


「そうよね!」


「へえ。あの桃色の髪のお方は宮廷精霊師ですかい」


「違うわグレアムさん。青っぽい髪の方よ」


「へえ。ですがあっちの桃色の髪の方が強そうですがねい」


「え? そうなの? グレアムさんにはそう見えるの?」


「へえ。というかあれは魔女でねえかいね」


「「え?」」


 グレアムの発言に、アマリリスとミリアの声が揃った。


「儂が小さな頃、一度だけ魔女を見たことあるんですけどねい。あの桃色の髪の方と雰囲気が似ているだがね。おっどろおどろしくてなあ。いや、あれはそうだいね」


「……そういえば、もう小娘の魂の大半は魔女に食われていると精霊神は言っていましたね」


「じゃ、あれはもう完全にマリアベル様に取りついていた魔女だと言うこと……?」


「ですかね……」


「ちょ……ヤバいじゃない! ユルグムは王宮に行っちゃってるし、ユルグムがいないということはユルグムと一緒にいる精霊神もここには来られないってことよね⁉」


 契約精霊は契約者に存在をしばられるから嫌だと精霊神は言っていた。だから呼ばれても出てこなかったらしい。何故契約したのだ。というかまるでユルグムのほうが愛し子ではないか。


「呼べば来るんじゃないでしょうか?」


「……来るかしら? でも私呼び方知らないわ」


「あの陣を描けばよいのでは?」


「覚えてないわよ!」


 それにあんな複雑な魔法陣は、たとえ見本があってもアマリリスには描けない。アマリリスは絵心がないのだ。


「ではお嬢様。今こそ精霊神の名前を呼ぶときですね!」

 

 キラキラとしたミリアの瞳に若干嫌な予感を覚えながらも、アマリリスは拳を握り気合を入れる。


「そ、そうね……よし! ……出でよ! リトゥ!」


 アマリリスは両手を空に掲げ、精霊神の名を叫ぶ。しかし数秒たち、数十秒たっても何も起こらない。空も黒くはならない。


「……出ませんね」


「うああん!」


 だが確かに精霊神は名を呼べば来るとは言っていない。教えると言っただけだ。本当に教えただけだった。


「あ……! でも私には加護をやるって言っていたわ!」


 ユルグムがアマリリスに触れようとしたときには、確かに弾かれていた。あれがユルグムの演技でなければだが。


「それに、お嬢様が望めば葡萄酒も出てきましたね」


「そうね!」


「お嬢様、武器を出して貰いましょう」


「武器⁉」


「はい。魔女をも一撃で倒す伝説の呪具を」


「あるの? そんなの」


「わたくしが以前ハイキングに持って行ったクロスボウですが、あれは実は伝説の呪具の複製なのです」


「複製⁉」


「はい。あの複製では蚊の幽霊くらいしか殺せませんが、本物ならきっと魔女も殺せます」


「……」


 複製で蚊しか殺せないなら、本物も推して知るべしではなかろうか。だが今はそれに頼るしかないだろう。残念ながら。


「わかったわ。やってみる。……呪具。……呪具。……伝説の呪具。クロスボウ……。クロスボウ……」


 アマリリスは胸の前で手を組み、目をきつく閉じ、呪文のごとく言葉を紡ぐ。すると目の前にはいつのまにかミリアの持っていたクロスボウが現われていた。まるきり同じだ。


「……これ、あのクロスボウなんじゃ」


「いえ、お嬢様。少しだけぴかぴかです」


「あ、本当」


「これはいざというときのためにわたくしが持っています」


 そういってミリアはスカートを捲し上げると、先ほどテーブルから取った布でクロスボウを太ももに装着した。まるでどこぞの女スパイのようだ。少しだけ格好いい。


 そうこうしている間に三人の目の前には兄であるエリック、弟のマリオン、ダグラスとマリアベルがやってきた。



「あらやだ。そこにいるのは豚姫じゃなあい?」



 可愛らしい顔を醜く歪め、マリアベルが笑う。こうまで人を小馬鹿にしていることがありありと分かる表情を作り出せるとは、マリアベルはアマリリスよりもよほど悪役に向いていると言うものだ。台詞も悪役のそれだし。


「……このくそ小娘」


 アマリリスの隣でミリアが小声で悪態をつく。口にはしないがアマリリスも気持ちは同じだ。このくそ小娘め。


「マリアベル様……」


「違うわ。マリアベルはもういない」


 ふふん。と獲物をとってきた猫のように得意げに笑うマリアベルに憑いた魔女。実際得意になっているのだろう。まんまとマリアベルの身体を乗っ取ることに成功したのだから。


「……やっぱりあなたは魔女なのね?」


「魔女? 失礼ね。わたしはユウカよ」


「……ユウカ? ユウカって……」


 それは日本人の名前では。そう言おうとしたアマリリスだったが。

 

「お嬢様」


 しかしアマリリスが最後まで言葉を紡ぐのをミリアが止める。ミリアに止められなければ余計なことを言ってしまうところだったアマリリスは内心胸をなでおろした。幸いユウカと名乗った存在はそのことに気づいていないらしい。



「わたしはこの『精霊神と愛し子』の世界に転生したこの世界の主人公よ」



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