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悪女と侍女と魅了の魔女と  作者: 星河雷雨


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13/21

13 悪しき魂



「……魔女がついている? マリアベル様自身が魔女ということではなくて?」


「童話に出てくる魔女とは違う。魔女とは本来実体のないものだ。悪しき魂が魔女となると、そう言われているな」


「幽霊!」


 まさか本当に幽霊がいたとは。魔女、それは悪霊のようなものでないのだろうか。


「幽霊とはちょっと違うが……いや、似たようなものか?」


「お嬢様……ここはこのクロスボウの役目では?」


 一度鞄に仕舞ったクロスボウを再び取り出すミリア。これはヤル気だ。


「いえ、ミリア。それをマリアベル様に向かって撃つつもり? 殺人よ? わかってる?」


「言っておくがそんなものでは魔女は殺せないぞ。憑かれている肉体が壊れるだけだ」


「やってみなければわかりません」


「やってからじゃ遅いわよ! それに、マリアベル様だってそんな殿下がそこまで心配するようなことはしないんじゃ……」


 だが魅了されている者が本当にいるのなら、それだけでも大変な事態であることは確かだ。グレンが言っていた国の中枢を担う者たち全員がもし魅了されたとしたら、それは国家の一大事として危惧すべきことだ。たった一人の人間の思うがまま、国を動かせることになってしまうのだから。


「どうだかな。だがあれが邪悪なものだと言うことは確かだ。もしあんたがあの娘の恨みを買ったというのなら、用心するに越したことはないな」


 さきほどのアマリリスとミリアの会話を聞いていたユルグムからの助言に、アマリリスの心臓が嫌な音をたてる。ただでさえ未来のアマリリスは悪女として断罪されていたのだ。


 もしマリアベルがアマリリスを脅威と、あるいは悪と定めたとしたら、ここまで頑張ってきたアマリリスの努力もむなしく、アマリリスは予言通りの未来を迎えることになってしまうかもしれない。


「お嬢様……心配いりません。たとえお嬢様にどのような未来が待っていようと、ミリアはどこまでもついてゆきます。たとえ地獄の一丁目でも二人一緒なら順当に進んでいけます!」


 己の胸をドンと叩き請け負うミリアは実に心強い。実際ミリアと一緒ならばきっと悲しむ暇などないくらいに様々なことに巻き込まれ、天手古舞の毎日だろう。


「ミリア……! 進むのはいただけないわね! 戻りましょう! でも出来れば地獄へ行く前に天国へ方向転換したいわ!」


「ではそのように」


 瞬時に高まったテンションを元に戻すミリア。さすがスーパー侍女。


「お前ら……それはいつもなのか?」


「どれですか?」


 ミリアもアマリリスも通常運転だ。首をかしげるアマリリスにユルグムがげんなりとした表情をつくる。なぜか馬鹿にされているような気がするのは気のせいだろうか。


「いや……」


「山男。早く荷物をまとめてください。あなたが荷物をまとめている間、わたくしとお嬢様は優雅なランチをいただいております」


 ミリアがさっと草の生い茂った柔らかそうな地面に鞄から取り出した布を広げる。そしてその布のうえにランチボックスから取り出したサンドイッチの入った箱を置いた。


 ミリアに手渡された濡れた手拭き用の布で、アマリリスは手を丁寧に拭いた。これでサンドイッチを素手で食べても大丈夫だ。


「美味しそう! お腹が空いたわ。早く食べましょう!」


「今日は新作もあるんですよ? 焼いたベーコンにハニーマスタードをかけて薄切りにした林檎を挟みました」


「林檎? 果物をいれたの?」


 前世のアマリリスは酢豚にパイナップルは余計と思う人間だった。ポテトサラダに缶詰みかんもいただけない。


「まだ青いものなので甘みは少なく酸味が強いのですよ。ささ、どうぞ食べてみてください」


「いただきます。……んぐ。……美味しいわ。分厚いベーコンの塩気にハニーマスタードの甘さと辛さが絡んで、ベーコンの熱でぐんにゃりとした林檎の酸味がいいアクセントになっている……。天才だわ! ミリア!」


「ふふん。そうでございましょう!」


「おい……。……俺にもくれ」


 ユルグムがサンドイッチに手を伸ばす。その手をミリアがぴしゃりと叩き落とした。


「山男。さっさと荷物をまとめてください」


「ミリア、分けてあげましょう? 荷物をまとめるのは後でもいいじゃない」


「そうですか……? まあお嬢様が言うのなら致し方ありませんね。お嬢様に感謝しなさい山男」


「ああ、するする。そっちの赤いのも美味そうだな」


 ユルグムがアマリリスとミリアとの間に腰を下ろす。座ってもかなり大きい。


「あれは木苺のジャムとクリームチーズを挟んだものよ。すごく美味しいの」


「へえ。あれはあとでいい。デザートだろ?」


「そうなの! まずは新作からね。でもこの塩で熟成させた豚肉のサンドイッチも絶品なのよ? こっちも食べてみて?」


 ユルグムが大きく口を開き手渡されたサンドイッチにかぶりつく。


「うん……料理上手の良い使用人を持ったな」


「そうね。でもミリアは本当は使用人じゃないの」


「は?」


「ミリアは友人よ。使用人という仕事をしているけど、それは単なる職業だわ」


 アマリリスも普段なら他人にこのようなことは言わない。ミリアがティアット公爵家で働いている以上どのような言い方をしてもアマリリスとミリアの関係はお嬢様と使用人だ。  


 だがなぜかユルグムなら分かってくれそうな気がして、つい普段は言わないようなことを言ってしまった。山男はきっと世の中の常識など気にしない。


「……なるほどな」


 ユルグムが指についたサンドイッチのタレをぺろりとなめとる。野生児だ。アマリリスは自分の持っていた濡れた布をユルグムに手渡した。


「お嬢様……やたらと崇拝者を増やさないでください。管理が大変です」


「誰が崇拝者だ。感心しただけだ。さすが精霊神の愛し子になるだけはあるとな」


「当然です。わたくしのお嬢様が選ばれずして誰が選ばれると言うのです」


「だからマリアベル様だってば……あ」


 一度口から出た言葉を元に戻すことは出来ない。アマリリスは口を押さえ、おそるおそるユルグムの顔を覗き見た。


「それな……さっきもあの娘が主人公と言っていたが、いったいどういう意味なんだ?」


「あの……それは……」


「仕方ありません、お嬢様。ここは正直に言いましょう」


「え? でもミリア!」


「山男。実はお嬢様は幼少期に予言を授かったのです」


(あ、そっち!)


 ミリアがまた小芝居を打つと言うのなら、アマリリスもそれに乗ろうではないか。今からアマリリスは予言を授かった予言の乙女だ。


「予言? それは精霊神からのものか?」


 ユルグムがアマリリスに問いかける。


「……精霊神からかどうかはわかりません。精霊神からお声がかかったというよりは、夢で映像を見せられたんです。その夢では精霊神の愛し子は私ではなくマリアベル様だったわ」


「予言が違えたのか? まあ、あんたが精霊神の加護を受けていることは確実だから予言が外れたことは大したことではないか。精霊神自らの予言ではないようだしな。そういうこともあるだろう。特に夢の解釈は人それぞれだ。あんたが解釈を取り違えた可能性はある」


「そう……かもしれないわ」


 アマリリスがこっそりミリアの様子を窺うと、ユルグムからは見えないところで小さくピースサインをしていた。頼りになる友人をもって本当に助かった。


「あるいは……。本来ならあの娘がなるはずだったのかもな、愛し子に」


「山男! お嬢様よりもあの小娘が愛し子に相応しいと⁉」


「いや。性質のことを言っているのなら、明らかにこのお嬢さんのほうが愛し子には相応しい。だがあの娘は魔女に憑かれている。常人とは異なる力を持っていることは確かだからな」


「もし、万が一、そうだとしても。すでに愛し子はお嬢様に決まりました。それを逆恨みするというのなら、精霊神とわたくしの怒りを買うことになると、あの小娘は知るべきです」


「まあ、そうだな。いくらあの娘についている魔女が強力だとしても、精霊神に敵うわけはない。もし国を盗ろうとあの娘が思っていたとしても、それをこのお嬢さんが否定すれば、精霊神が何とかしてくれるだろうさ」


「だから殿下の誘いを突っぱねたのですか? 山男」


「まあな。すでにこの世に愛し子が現われたなら、その愛し子は誰よりも力を持っているということになるからな」


「え……? それって私のことですよね?」


「そうだな」


「……でも私何の力もないわ?」


「それはあんたが何も望んでいないからだ。今ここで水が欲しいと望んでみろ」


「え? ええと、お水が欲しいわ。私喉が渇いちゃったなぁ~」


「……別に小芝居はしなくていいんだぞ?」


「でもそれだとヤル気が……」


「お嬢様。わたくしサンドイッチに合う葡萄酒が欲しいです」


 しゅぱっと勢いよく手をあげミリアがおねだりをする。ミリアは意外や意外、結構おねだり上手だ。


「葡萄酒? しょうがないわね」


 そういうやアマリリスの目の前に中空に浮く赤紫色の液体が出現した。ぷるぷると中空で揺れる液体は、まるでスライムのようだ。


「え? これ?」


(スライムじゃない? これ)


「お嬢様! グラス、グラス!」


「え、ああ、そうね。えっと、グラスも下さい……」


 すると宙に浮いた液体はいつの間にかグラスに注がれた葡萄酒へと変じていた。まるでマジックだ。というよりこれは本当に飲めるのだろうか。


「これ飲めるの……?」


「わたくしが飲んでみます」


「駄目よ! 毒が入っていたらどうするの⁉」


「毒なんか入っていない。あんたは毒入りの葡萄酒を望んだのか?」


「望まないわ! でもいきなり現れたんだもの怪しくて……」


「精霊神が泣くぞ……貸してみろ」


 ユルグムは宙に浮くグラスを手に取り一気に飲み干した。


「わたくしの葡萄酒が!」


「ミリア! また貰ってあげるから!」


「これは……美味いな。極上だ」


「く……この山男め!」


 悔しがるミリアの背を撫でて宥めながら、アマリリスはユルグムの様子を窺う。今のところユルグムの顔色に変化はないようだ。


「本当に飲めるの……?」


「ああ。精霊神以外にこんなことが出来る存在がいるわけがないだろ。安心して飲め」


「じゃあ……」


 アマリリスの望みに答え、宙にはまたグラスに注がれた葡萄酒が現われた。それも二杯。


 アマリリスはそのグラスを両手に持ち、一杯をミリアに手渡す。


「ではミリア……乾杯!」


「乾杯!」


 二人はユルグムに倣い一気に葡萄酒を飲み干す。アマリリスはデビュタントを迎えたのでもうお酒を飲んでも許されるのだ。


「美味しいわ……」


「さようでございますね。今まで飲んだどのような美酒も、この葡萄酒には適いません」


「そうだろうな。だがあまりこの力を人の前では使うなよ? 精霊神の愛し子に何が出来るかなんて、まだ誰も知らないからな。知られたら警戒するべき相手はあの娘だけではなくなるぞ」


「……う。そうね」


 確かにこれはヤバい力だ。なんでも出てくるなんて、それこそどこぞのロボットのようではないか。アマリリスは子豚ちゃんから子猫ちゃんになったのでその資格は十分にあるはず。いや、体形は子豚ちゃんのほうが近いけれども。


「お嬢様……あれですね。お嬢様はすでにこの世の至宝とおなりですね」


「何言ってるの? ミリア」


「わたくしのお嬢様……尊い」


「ミリア、もしかして酔ってる?」


 アマリリスの言葉に、ミリアはニハハと笑いその場にパタリと倒れた。


「酔ってるな……。弱いのに酒頼むなよ」


「しょうがないわねぇ。もうお開きにしましょうか。ユルグム様、私もお手伝いするからさっさと荷物をまとめて帰りましょう」


「そうするか」


 そう言ったユルグムが、精霊の力を使ってさっさと小屋中の荷物をまとめる姿を見て、もう一匹……と思ってしまったアマリリスはきっと悪くはないはず。



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