表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女と侍女と魅了の魔女と  作者: 星河雷雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/21

11 ある日、森の中



「あの攻略対象者ども、めっちゃむかつきません?」


 ぷつぷつとアマリリスのドレスの背中のボタンを外しながらミリアが憤慨している。


「まあ、むかつくけど……ミリア。駄目よ? 仮にも第一王子よ?」


「あれが王子とは世も末ですね。しかも何ですかあの宮廷精霊師は小娘の色香に迷ってからに! どうせ迷うならお嬢様に迷うべきです!」


「ミリア? 気持ちはわかるけど……ちょっと落ち着いて? いくらうちの中とはいえ、家族に聞かれてしまうわ」


「ふう……。そうでございますね……わたくしとしたことが」


 ミリアが額の汗を拭うふりをするが、実際には汗ひとつかいていない。アマリリスはしっかりこの目で見ているのだ。


「お嬢さま……明日ハイキングに行きましょう」


「いきなりっ⁉ まあ、良いけど……どこに行くの?」


「ティアット公爵家の持つ領地にいい感じに鬱蒼とした森があるんですよ。気晴らしに行きましょう」


 鬱蒼とした森で気晴らしができるのかはさておき、一応ミリアとしてはアマリリスのことを考えてくれているらしい。その証拠に……。


「わたくし特製のサンドイッチをお昼に持っていきましょう」


 お昼にアマリリスの好きなサンドイッチを出してくれるくらいには、アマリリスを喜ばそうとしてくれている。


 公爵邸には正式な料理人がいるため、ミリアが料理をすることは滅多にない。しかしたまにこうやってアマリリスが落ち込んだときや何かご褒美が必要なときには作ってくれるのだ。


 ミリアの作るサンドイッチは絶品だ。塩で熟成させた生の豚肉と刻んで発酵させた葉物野菜をふんだんに使ったサンドイッチと、木苺のジャムとクリームチーズを挟んだデザート代わりにもなるサンドイッチはアマリリスのお気に入りだった。


「本当! 嬉しいわ。だったら紅茶も特別良いものを持っていきましょうね。あ、あとミルクと蜂蜜もね」


「お嬢様……まあいいでしょう。明日くらいは許します」

 

 ミリアとの約束を楽しみに、アマリリスは今日あった嫌な事などすべて忘れてさっさと眠りについた。











「良い天気でございますね、お嬢様」


「……まあ、曇ってはいるけれどね」


 アマリリスとミリアが二人揃って空を見上げる。背の高い鬱蒼とした木々の中でかろうじて見える空には雲の灰色しか見えない。空にぽつぽつと見える黒い点は蝙蝠だろうか。


「お肌が焼けなくてよろしいではありませんか」


 ミリアの言葉を聞いたアマリリスの頭の中に、≪紫外線は曇りの日でも降り注ぐ≫、というやっぱりためになるのかならないのかわからない情報がよぎる。しかしこの情報なら生かすことはできるかもしれない。


「ミリア。曇りの日でもお肌は焼けるみたいよ? 帽子はかぶったままにしましょう」


「さようですか? まあ、雨が降ってきたら防げますしね」


 ミリアが脱いでいたつばの広い帽子をもう一度かぶり直す。さあ、参りましょうと言って歩き出すミリアのあとを、アマリリスは追いかけた。






「何か……お化けでもでそうね、ここ」


 進めば進むほどに薄暗くなる周囲に、アマリリスは身震いをする。


「お化け……というより、魔女が出ると言う噂はございますね」


「ええ⁉ そんなところに連れて来たの⁉」


 それは侍女としてどうなのだ。もし、万が一、主人が魔女に連れ去られ大鍋で煮られでもしたらどうするつもりだったのだろう。まあそのときはミリアも一緒に煮られたかもしれないが。


「大丈夫でございますよ、お嬢様。精霊神のご加護を受けたお嬢様には何人たりとも仇なすことはできません」


「お化けも?」


「……そもそもお化けが存在するか否かでございますが、わたくしはお化けを信じてはおりません。幽霊ならいそうですが」


「お化けと幽霊って同じじゃない?」


「いいえ、お嬢様。お化けと幽霊は違います。幽霊とは生き物が死んだとき、この世に未練があった場合などに残る魂? のようなものを言い、お化けとは生き物としての本来の形から変化した異常な存在のことを言います」


「……詳しいわね? ミリア」


「ぎく……。いいえ、昔読んだ絵本にそう書いてありました」


「今、口でぎくって言ったわよね」


「ばれては仕方ありません。……お嬢様……何を隠そうこの森に出る魔女とはわたくしのことなのです」


 そういうとミリアは両手をアマリリスの前に掲げ、綺麗に整えられた爪をまるで鉤爪でもあるかのようにわさわさと動かした。


「さすがにもう騙されないわよ。いくつの時のことを言っているの?」


 そうなのだ。アマリリスは前世のことを思い出す以前、ミリアがアマリリスつきの侍女になった当初、さきほどのミリアの嘘にまんまと騙されぎゃーぎゃー泣き喚いたあげく一週間ほどミリアを避けていたことがあったのだ。


 まあミリアは単に、いつもアマリリスが寝る前に読んで貰っていた絵本に出てくる魔女の真似をしただけだったのだが。


「覚えていてくださったのですね。ミリアは感無量でございます」


 よよよ、と泣き真似をするミリアに、アマリリスは呆れをとおりこして感心する。ミリアにかかればすべての苦い思い出も青春の一ページになりそうだ。


「さあ、お嬢様、もう少し歩いたらお昼にしましょうね」


「そうね。これからさらに森の奥へ行くことに一抹の不安を覚えないでもないけれど……」


 だが同時に好奇心を大いに刺激されてもいた。アマリリスとて本気で魔女がいるとは思っていなかったが、深い木々が生い茂る様子にまるでお化け屋敷に入ったときのようなどきどきわくわく感が否めなかったのだ。


 湿った風が吹き、頭上には飛び交う蝙蝠とカアカアと泣くカラスの声が聞こえる。満点の演出効果だ。

 

 二人が意気揚々歩きだしてからしばらくして、小道の脇の茂みからゴソっと大きな物音がした。


「ひえっ!」


「む……。これは熊が猪か。猪だったらあとで美味しくいただけるのですが……」


「え? ミリア猪倒せるの?」


「倒したことはございませんが……ですがこのようなこともあろうかとクロスボウを持ってきております」


 そういうやミリアは鞄の中から少し小柄なクロスボウを取り出した。しかもなぜかミリアは目を爛々と輝やかせている。これはヤル気だ。


「ま、待ってミリア。もしかしたら人かもしれないし……」


 その場合ミリアは殺人犯になってしまう。いや、ミリアは侍女としてアマリリスを護るという使命があるので、業務上過失致死だろうか。


「ここはティアット公爵家の領地です。もしここに人がいたとしてもそれは不法侵入ですね。撃たれても文句は言えません」


「それは過剰防衛では⁉」


 ミリアの瞳がキラリと光り、口元には笑みが浮かんでいる。そんなミリアを見てマリリスの血の気がひいた。アマリリスは主人として、いや友人として、決してミリアを殺人鬼にしてはいけない。絶対に。


「待ってミリア! 幽霊かもしれないわ。そしたらクロスボウは通り抜けちゃうし……」


「大丈夫ですお嬢様。このクロスボウはさる呪術師からうちの商会が買い付けた、生きている者以外にも効果のある特別なクロスボウなのです」


「何それ! ちょっとトキメクわ!」


 うっかりミリアにつられてゴーストハンター的な気分になってしまったアマリリスに、茂みの中から声がかかった。



「おいおい。俺は猪でも幽霊でもないぞ。頼むからそのヘンテコなもので撃たないでくれ」



 茂みの中から出て来たのは、黒に近い深緑色の髪と口ひげを蓄えた、深紅の瞳の野性味あふれる山男風の男だった。


「……残念」


 小さな声で呟かれたミリアの言葉を、しかしアマリリスは聞き逃さなかった。


「……ミリア?」


「おい。聞こえてるぞ」


 それは山男も同様だったようだ。呆れと幾何かの恐れの籠った視線でミリアを見つめている。


「お前たち……なんでここにいるんだ」


「それはこちらの台詞です。ここはティアット公爵家の領地。あなたは不法侵入者ですよ?」


 得意げに言うミリアに、山男はすぐさま反論をした。


「違うな。確かに向こう数メートル先からはティアット家の領地だが、ここはすでに俺の領地だ」


「「え?」」


 山男の視線を追い、アマリリスとミリアは今来た道を振り返る。そこには領地が変わることを示す木製の立て看板が控えめに立っていた。


「……あらまあ」


「私たちが不法侵入じゃない! 申し訳ありませんでしたぁ!」


 アマリリスはいきおい山男に頭を下げる。不法侵入したあげくにクロスボウで撃とうとしたのだ。本来なら土下座をしても足りないくらいだ。


「別に構わんよ。俺だって獲物を追ってそちら側に入ることはたまにあるしな」


「話がわかるわね、お兄さん。ティアット家で働かない?」


 ふふん、と得意げな表情でミリアが親指を立てる。これはいわゆるどや顔だ。


「ミリア、その台詞。言うとしたら私よね?」


 そしてどや顔する意味もわからない。


「いいぜ」


「「え?」」


「隠遁生活にもそろそろ飽きていた頃だしな。ティアット公爵家なら仕えるとしても悪くない。お前たちも面白そうだしな」


 にやりと笑う男にアマリリスが固まる。ミリアの考えなしの発言でティアット家で雇う流れになってしまったが、アマリリスに使用人を選ぶ権限はない。どうしたものかと思っていると、山男が森の奥へと向かって歩き出した。


「あの……どこへ?」


「ああ。家に荷物を取りに行く」


「え? まさかこれから来るつもりですか?」


「早い方がいいだろ」


「お嬢様、諦めてください」


 やれやれといって体で首を横に振るミリアに、アマリリスが叫ぶ。


「あなたに言われたくないんだけど⁉」


「おい、行くぞ。お前ら」


「え? 私たちも?」


「ここ熊でるぞ」


「行きましょう、お嬢様。わたくしさすがに熊は倒せません」


「……」


 唯一の保護者? であるミリアが行くと言うのなら、アマリリスがここに残る理由はない。早く早くと手招きをするミリアにため息をつきつつ、アマリリスは二人のあとを追った。そして……。



「ああ? あいつらまだいたのか?」



 山男の住処らしき小屋が見える位置まで来たときに、アマリリスは山男に付いてきたことを後悔した。否ハイキングに来たこと自体が間違っていたのかもしれない。こんな鬱蒼とした森など縁起が悪いに決まっている。何しろ小屋の前で待っていたのは、このハイキングに来る原因となった三人のうちの二人の人物だったのだから。


「あら……あの攻略対象どもですよ? お嬢様。やっぱり縁があるのですね」


「やめて……本当に」


 アマリリスたちはどうやら見つかってしまったらしく、二人はずんずんとこちらに向かって歩いて来る。


「何だ? 知り合いか? ……ああ、ティアット家は公爵だもんな。そりゃ王子のことも知ってるよな」


「そちらこそ、山男みたいな風体で王子とその護衛騎士と知り合いとは……すっかり騙されました」


「いや、騙してねーよ。聞いてこなかったろ」


「確かに聞いてないわね。ミリア。失礼なことを言わないの」


「お嬢様……この男を庇うのですか⁉」


 ミリアが目を見開き大仰にのけぞる。本当にミリアは仰々しい芝居がかった言動が好きなのだ。そして普段だったらそれを無視するアマリリスだったが、男二人を見た衝撃から少々現実逃避をしたくなってしまった。ようするにミリアの小芝居に付き合うことにしたのだ。


「ミリア……ごめんなさい。でもわかって? 私たちはこの人を殺そうとしたのにこの人はそれを快く許してくれたのよ?」


 顔を覆い泣く振りをするアマリリスに、少し離れた位置に立つ男二人から「え? 殺す?」という驚きの声が聞こえた。


「お嬢様……。ええ、わかっております。お嬢様のお心はすでにミリアにはないのですね……。仕方ありません。この男を招き入れたのは誰であろうこのわたくし。ああ……自らの首を絞める結果になるとわかっていたら、あの場でこの男を射殺していたものを……」


 拳を握り悔しがるミリアとミリアにすがりつくアマリリス。そしてそんな二人を見る山男の目はとても冷めていた。


「やめて……! そんなこと言わないでミリア! 私にとってあなたはかけがえのない存在よ! いくらこの人が山男にしては優しい目をしているからといって、あなたの代わりにはならないわ!」


「お嬢様!」


「ミリア!」


 ひしっと抱き合い、小芝居を終えた二人に山男からの呆れを隠しもしない声がかかった。


「おい、もういいか? ……ったく、誰が山男だ」


 最後の言葉を小さくつぶやいた男は、アマリリスたちを胡乱な目で見つめている。少し離れた位置に茫然と立ち尽くしている二人も同様だった。そんな二人を見てアマリリスは少し昨日の出来事に対し溜飲が下がった。ざまを見ろだ。


 しかし茫然としていたのは束の間で、すぐに正気を取り戻したらしい二人はつかつかと山男目掛けて近づいてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ