9、パンチ
☆
去り行く彼達を見ながら私は背後を見る。
背後に立っている一宮勇人を。
私は唇を噛んでから「...説明せずに黙っていたよ。...だからお、お爺ちゃんを助けてくれるよね」と聞く。
すると「そうですね」と一宮は笑みを浮かべる。
「お爺ちゃんの為なんて泣けますね。本当に」
「...」
私は愚かだと思う。
こんな事の為に一宮に...嵌められるなんて思わなかった。
一宮に身体を売らなければならないとは...。
私は震えながら「お願い。助けて」と一宮に言う。
すると一宮は「分かりました。黙っていた分...報酬は与えましょう」と話した。
「...」
私の家はかなりの貧乏だ。
だからこそこうするしかないとは言え...。
そう考えていると「そういう事か」と声がした。
そして公園の外壁から仁が現れる。
は?
「...とことんの屑だな。一宮」
「あらら。聞いていたんですね」
「そうだな。...コイツから。瀬本から説明が無かったのがおかしいと思ったから」
「...」
一宮は血を拭ってからハンカチを仕舞う。
それから「で?どうするんですか?」と笑顔になる。
私は「じ、じん...」と青ざめる。
「お前には徹底的に話を聞く必要性がある。...だがその前に一宮。お前許さん」
「...どうするんですか?」
「殺す」
そして仁は一宮をありったけの力を込めてぶん殴った。
それから一宮を見下す仁。
「二度と俺達に近付くな」と脅しながらだ。
一宮は「痛いですね」と言いながら唇からの出血に血を吐く。
「これは俺達の分の怒りだ」
「...暴力は何も解決しませんよ」
「お前のせいで暴力に頼らないといけない」
「...怖いですね。このまま警察に訴えましょうか」
「お前がやった事もバレるぞ。...やってみろよ」
それから仁が「...瀬本」と私を見る。
私はビクッとしながら「な、何?」と言う。
すると仁は「...お前保険とか使えないのか。行政とか。...この屑と一緒に居たら身を亡ぼすぞ」と言う。
「...わ、私は...」
「それでもこの男に付いて行くのか」
「私は...そんな気は無いけど」
「無いならもう離れろ。...コイツは地獄に落とすべきだ」
「...でもお金が無いの」
「それは分かるが。...お金が無くても幸せは勝ち取れる」
そして仁は真顔になっている一宮に「お前は去れ。死ね」と言う。
一宮は私を見ながら笑みを浮かべる。
それから「良いんですか?」とニコニコした。
私は「...」となりながら2人を見る。
「わた、私は...」
「...」
「...仁の下に残る」
「そうですか。残念です」
一宮は「やれやれですね」と苦笑した。
それから一宮は「そんな汚らわしい彼女を自分の下に置くんですか?」と仁に聞いてからまた苦笑した。
仁は「...お前の様な屑は下半身が溶けるぞ」と言いながら怒る。
「...見逃すだけ有難いんじゃないか」
「はぁ。そうですね」
それから一宮は肩を竦めた。
そして頬に手を添えながら踵を返す。
ゆっくり去って行く。
その姿を見ながら私は仁を見る。
「...仁...」
「勘違いするな。お前の事を信頼したわけじゃないから」
「だよね...」
「お前には沢山聞きたい事。それからお前には反省してほしい事がある」
「...私には何を聞きたいの」
「なんでアイツに頼った」
「...そうだね。最初は彼が私に接触したのが初めかな。私はその時から洗脳されたんだと思う。お金というものをちらつかされて」
「アイツは何がしたいんだ」
「最終目標は私をものにしたかったんじゃないのかな」
「...俺から奪ってまでか」
「あくまで多分だけど」
私は苦笑しながら「...私は馬鹿だったんだよ。突拍子に頼ってしまったから」と言いながら「...私は去らないと」と呟く。
すると仁が「お前がどっか行ったらまた面倒だ」と言いながら私を見る。
「...お前はとにかく何もするな」
「...そうだね」
「お金は相談に乗るから。行政にも頼れよ」
「そうだね。...確かにその通りだと思う」
それから私は「...仁」と言う。
仁は「なんだ」と私を見る。
私はその姿に「ありがとう」と言った。
その言葉に仁は「勘違いをするな。お前を信頼してない」と話してから私を見る。
「だね」
そして私達は公園を後にした。
それから帰宅する。
私はなんだか荷が下りた気がした。
とは言ってもまだまだ問題は...山積しているが。
☆
「...じゃあ操られていたって事ですか?」
「そうだろうな」
俺は歩きながら帰宅していると七瀬から電話がかかってきた。
七瀬は心配げな感じで聞いてくる。
その言葉に俺は「操られていた、というよりかはだな」と説明する。
「私はまだ信頼出来ないです」
「だろうな。...俺も信頼してない」
「...ですね」
「だけどお金に溺れるぐらいなら奴を一宮から分離した方がマシかと思ってな」
「そうですね。それでまたなにかされても面倒です」
「だろうな」
七瀬との会話を終えてから俺はドアを開ける。
すると「お兄ちゃん」と声がした。
顔を上げると眉を顰めている八鹿が居た。
俺は「ただいま」と言う。
「結局あの後どうなったの?」
「一宮を殴った」
「...そうなんだね」
「俺は絶対にあのアホを許さない」
「瀬本は?」
「瀬本は一宮から仲を分離させた。...あとは奴自身が自らを変えるしかない」
「そうなんだね」
八鹿は俺を見ながら深刻な顔をする。
俺は「...大丈夫か?」と聞いてみる。
すると「まあね」と言いながら八鹿は踵を返してからリビングに入って行った。
俺はその姿を見つつ拳を見る。
「...」
問題はまだ解決してないと思う。
奴は...一宮は反省してない。
奴の目的が本当に俺を侵食する事なら。
どうするべきか...考えないといけないだろう。