1、激怒
この世界をそのまま丸ごとぶっ壊したい気持ちになった。
何故こんな感情を抱かなくてはならない。
あまりに世界は非道だ。
長谷仁17歳は愕然として持っていた傘を雨に濡れた歩道に落としながら目の前を見る。
赤く染まっている。
荷物も落としてしまった。
燻る怒りは俺を包む。
幼馴染の瀬本由香と一宮勇人。
ラブホから出て来たそんな付き合っている幼馴染と。
後輩でとても可愛がっている男子を見る。
愛愛傘のせいで俺に全く気付いてない様に見える...ってかハイになっている様にも見える。
完全な浮気に近い形である。
最悪極まりない。
今この瞬間にラブホから出て来たのは偶然だろうか。
俺を裏切った、という事は確かだろうが何れにせよ本当に最悪の気分だった。
最悪過ぎて雨にいつまでも濡れたい気分。
濡れすぎて風邪でも引いてしまえ。
クソが!!!
「あーあ。にしても何しているんだか。俺は」
でも丁度良かったかもな。
こうして見てしまった事で夢から醒めれた。
違和感をなんとなしに最近感じていたし。
俺は瀬本由香の誕生日が近いので渡そうと思っていたプレゼントを足で思いっきり踏み潰した。
それから雨の中、俺は踵を返し帰る事にした。
涙?が頬を伝う。
とは言っても.....まあそれは涙なのか涙じゃないのか分からない。
泣いているのかも分からない。
意識が飛びそうだ。
俺にとっては泣いている様な感じはするが本当にどっちか分からないな。
偶然とはいえ最悪のモノを見てしまったんだ。
穢らわしいし汚い。
「.....」
そんな俺に帰り道で沸いた感情。
それは幼馴染を心から、ぶちのめしたい、という感情だった。
しかしまあそんな事を実際にすると犯罪だからしない...が。
だが怒りが沸々と湧いてくる。
別れてからイチャイチャすりゃ良いものを.....後味の悪い事をしやがって畜生め。
クソッタレめ。
「...はぁ」
二度と恋はしない事にするつもりで覚悟を決めた。
全てにおいて絶望しかない気分と世界が終われば良いんじゃないかという気分。
恋がこれほど苦痛だとは思わなかった。
そしてこんな儚いもので汚いものとは思わなかった。
「いやー。無駄足だったな。本当に」
笑いながら言い聞かせる俺。
天候は土砂降りになってきた。
ウザ。
マジにうざい。
瀬本は何処に行くつもりか。
まあ今更そんな事を知った事ではないが。
何というか傘を衝撃でその場に置いてきてしまったのが悔やまれる。
それも濡れた今じゃ今更だろうけど。
高いんだけどなぁあの傘。
とか一瞬思ったが...もやもやの方が強い。
このボロクソの感情は本当にどうするべきか。
そんな事を考えながら...俺は空を仰ぐ。
☆
「...お兄ちゃんそれって...」
「浮気だな」
妹は目が死んだ感じで帰って来たビショビショの俺を見てから異変を察知する。
俺は全てを説明する。
高校1年生の俺の妹、八鹿。
美少女で成績優秀。
取り敢えず頭の回転だけは良い律儀な妹。
とにかく自慢の妹である。
そんな妹は俺を見ながら唖然としつつ静かに「...クソッタレだね」と呟いた。
俺は「まあそうだな」と呟き玄関に腰掛けた。
頭を振るって目の前のタイルに水滴を一滴一滴と落とす。
俺は。
馬鹿だ。
「これNTRだな。ラノベで言えばな。まさかリアルで本当にこんな事が起こるとは思わなかったが」
「...」
「酷い」
八鹿は一言そう言いながらギリッと歯を食いしばる。
俺は溜息を盛大に吐いた。
ズボンとかを見てみる。
全て湿っているし泥だらけ。
本当に憎い寒い最悪だわ。
夏なのに雨が冷たく感じる。
馬鹿みたいだ。
洗濯する。
だけどこの後全てを洗濯するなら俺の感情もぜーんぶ洗濯出来ないだろうか。
思いながら俺は顔を覆ってその場で絶望した。
顔を叩いてもやっぱり現実だな、と考える。
そして呟いた。
「いや。もう本当に何をしてきたんだろうな」
そんな呟きを吐き出す。
そして俺は涙を浮かべて静かに本当に泣き始める。
涙が俺を湿らせる。
心底、心に傷が付いた。
せめてもの救いは奴が一緒のクラスとかじゃなかった点か。
それ以外は.....何があるか。
いやまあ今は考えれないな。
怒りしか湧かない。
「お兄ちゃん。とにかく今は落ち着こうよ」
その言葉に反し俺は壁を殴る。
そんなに力が有る訳ではないので当然傷も入らない。
その代わりに残された皮が剥けて血が静かに滲む拳を見る。
死ねよ瀬本。
瀬本由香!!!
マジに心底怒るとしか言いようがないわ。
そう思っていると。
目の前でバチンと両手を叩いて手を鳴らされた。
ゆっくりと顔を上げる俺。
「お兄ちゃん。一旦本当に落ち着いて」
妹をゆっくりと見る。
八鹿は俺を静かに見てくる。
見据える様にジッとその眼差しを向けてくる。
俺はその姿に「...だな」と呟いた。
八鹿は立ち上がる。
「お兄ちゃん。ご飯食べよう」¥
「...八鹿?」
「そんなクソ女の為に怒ってもどうしようもないしね」
「...だな」
長谷八鹿。
名前の意味はその名の通り、8つの鹿、という意味がある。
それはどういう意味なのかというと。
神様の使いが8つで中国では八は縁起が良い。
だから律儀に組み合わされているのだ。
八鹿は本当に優しく本当に心優しい。
いつも情けない兄に寄り添ってくれる。
俺はその姿を見ながら涙を拭い立ち上がる。
そして「サンキュな」と言った。
着替える事にする。
八鹿もゆっくりついて来た。
微笑む。
「少し落ち着いたかな」
「まあ、うん。有難うな」
「取り敢えずは...明日を考えよう。明るくいこうよ」
「そうだな」
そして俺は夕食の(オムライス)を八鹿に作ってもらい食べた。
それから起きて学校に向かう。
とりあえず落ち着こう。
幼馴染に会わない様にする為に時間をずらして登校した。
俺は彼氏なのに何でこんな事をしなくてはならないのかまるで分からん。
クソッタレ極まりないサイクルでも生み出せそうな勢いだ。
いや割と本当に。
もう何度も言ったが怒りしかない。
☆
「先輩!おはようございます」
「...ああ。七瀬か」
髪の毛を少しだけ茶色に染めたギャル。
緩めた首元に空いている谷間。
リボンが小さく右の髪の毛にくっ付いている美少女。
この子は俺の二番目の後輩の七瀬奏という。
16歳で女子の後輩。
可愛いんだが...俺がこの後輩を気にかけているのはその点ではない。
「?...先輩?どうしました?」
「いや?なんでもないぞ」
「それは嘘ですね。何かあったんですか」
「なんも無いって」
七瀬はふざけている感じから俺の感じに真剣な顔になった。
そしてゆっくり「?」を浮かべた様に聞いてくる。
感情が堪えられないんだが。
こんな優しい目を向けられると隠せない。
今日休めば良かったかな。
ショックが隠せてない。
「先輩。何年も一緒なんです。そういう嘘は...」
「実は幼馴染が浮気してな」
まさかの言葉に静かに目を見開き唖然とする七瀬。
俺はその姿に「それでまあ落ち込んでいるんだ」と言葉を発した。
七瀬は「何ですかそれ」と眉を顰めてワナワナと震え始める。
キレた。
「ガチすか。信じられない」
「まあガチもガチだな。ラブホから出て来て遭遇した」
「ありえない。クソ...」
「汚らわしいな」
「それよか最低です」
七瀬は心から怒っている感じに見えた。
そして歯を食いしばっている。
俺はその姿を見ながら「?」を浮かべた。
(何故こんなに切れているのか分からない)と思いながら。
すると七瀬は顔を上げた。
「一発殴りたい気分です」と言い始める。
お、おう。
「七瀬。気持ちは分かる。だがそれをやったら駄目だ。俺達の負けだよそれやったら」
「意味分からないです。なんでこんなに良い恋人を裏切るんですか!?穢らわしい...別れてからやれば良いものを!ってか...最低」
「正直アイツが俺に別れを切り出さなかったのは謎だわな。俺も良く分からないんだ」
「...そういう浮気で成り上がっていて調子こいている奴って結構...自らが破滅した後用に駒の様に予備を置きたがる感じですから。そういう事なんでしょうね」
「ああそうなんだな」
あくまで女子同士で聞いた噂ですね。でも現実それが起こるなんて...私は許せないです、と言いながらガァンと乱暴に壁を蹴り飛ばす。
俺はその姿を見つつ「...落ち着け」と言う。
七瀬はそれでも怒りが収まらない様だが。