3.生活魔石の国と魔法の国
*
「こんな細部にまで魔石を用いているとは!」
「ヒナの父親の功績だよ」
店の奥の、キッチンにて。
リヒトが火の魔石をコンロにはめ込んで火を起こす。
その様子をモナートは興味深そうにまじまじと見つめた。
(興味があるのは本当らしいな)
「魔石を動力へ変換するなんて並大抵の技術じゃない。それをグランさんは簡易化してくれたんだ」
「我が国にも普及させたいものだ。さぞかし便利な生活が送れるだろう」
モナートがぐるりとキッチンを見渡す。
「魔法の国に、魔石道具が普及するとは思えないが。魔法使いはプライドの高い生き物だ」
「利便性に勝るものはないだろう。ところで、君もここに住んでいるのか?」
「あぁ。ヒナに悪い虫がつかないよう守ってやってくれっていう、ヒナの父親からの遺言でな」
「たしかに、彼女は愛らしいだけでなくまるで女神のように優しい。ただ、最も悪い虫はすぐ傍にいそうだが」
何故だか、バチバチと散る火花。
そんなやり取りを知る由もないヒナが入ってきた。
「噂をすれば、我が女神」
モナートが甘い笑顔をヒナへと向ける。
すかさずリヒトはモナートの背中を蹴った。
「ぐはっ」
「ペンダントが直ったらすぐに出て行けよ」
「リーヒートー?」
ヒナが思いきりリヒトを睨む。
リヒトは肩を竦めてみせた。
「せっかくだから修理も見せてあげたらどうですか」
「いいのか? 是非ともお願いしたい!」
(くそっ。なんで得体の知れない輩の肩を持つんだよ)
少なくとも、ヒナだって疑っているはずなのだ。
困っている人間や、不具合のある魔石を放ってはおけないという気持ちを優先させているだけで。
(そこがいいところでもあるんだがな……)
「あんたさえよければ見学すればいい」
「本当にいいのか?」
「興味があるならな」
「ありがとう、ヒナさん!」
「待て。礼を言う相手は俺だろ」
「ふふっ。仲良くなったみたいですね」
「んな訳あるか」
くんくん、とヒナは鼻を動かした。
「今日の晩ごはんは何ですか?」
「ビーフシチュー」
ぱんっ、とヒナが両手を叩く。
「リヒトのビーフシチューはお店並みの美味しさなんですよ。モナートさんはラッキーでしたね」
「それはありがたいことだ」
「わたしはパンを用意しますので、座って待っててください」
「手伝うさ。匿ってもらっている身なんだ、それくらいは」
(それくらいは、って何だ。それくらいはって)
リヒトは心のなかで毒づいた。
ヒナの指示に従ってモナートがキッチンとダイニングを行き来する。
(面白く、ない)
「いいにおい」
ひょこっとヒナがリヒトの隣に立った。
エプロンを外している今は、すみれ色のワンピースにきらきらとビーズが瞬いているのが分かる。
鼻をくんくんと動かす様子はとても楽しそうだ。
「どういうつもりだよ」
きょとん。ヒナは瞳を丸くしてリヒトを見上げた。
「あいつを信用しすぎじゃないか?」
「何を言ってるんですか。わたしがいちばん信用しているのは、リヒトですよ」
ヒナがにこっと笑ってビーフシチューをよそう。
そして軽やかな足取りでリヒトから離れていった。
「……!」
リヒトがその場に崩れ落ちなかったのは、なけなしのプライドに他ならない。
*
「おねえちゃん、ありがとー」
「またお願いします」
手を振って去って行く少年と母親。
カランコロン♪
「だいぶ上達したな」
「わたしだって日々成長しているんですよ」
えっへん、とヒナは胸を張った。
先ほどの依頼は魔石アイロンの修理だった。持ち込まれたアイロンの魔石に無属性の魔石を継ぎ合わせることで、無事に元の状態へ戻すことができた。
「無属性の魔石も、力を貸してくれますから」
修理用で使われる無属性の魔石は無色透明。
柔らかくて可塑性があり、まるで飴のよう。
まずこれを自由に扱えるようにならなければ、魔石道具の修理はできない。
「うぉおお!」
苦戦しているのはモナートだ。
手元では、ぐにゃりと無属性の魔石がねじれてしまっている。
「魔力持ちにはかえって難しいんだよ。力を引っ込めて、指先に無を感じろ」
ひょいっと取り上げた魔石をあっという間に元に戻すリヒト。
拍手をするのはカウンターに立つヒナだ。
「流石です!」
「ななな、なんと」
「練習すればこれくらいできる。あんたが本気なら死ぬ気で練習することだ」
死んじゃだめですって、とヒナが茶々を入れてくる。
「この国には飾りとしての魔石もあれば、生活道具の動力になっている魔石もある。魔石と共に生きているなんて実に興味深い」
意外にも、モナートは真面目に基礎練習に取り組むのだった。
*
そんなこんなで数日が過ぎた。
男二人で閉店作業をしていると、神妙な面持ちでモナートが切り出した。
「話がある」
リヒトは箒を動かす手をぴたりと止め、怪訝そうにモナートを見た。
「私はヒナさんを愛してしまった。すべてが落ち着いた暁には彼女を我が国へ迎え入れたい」
「……それを何故、俺に?」
「まず君の許可を得なければ、筋を通せないだろう」
モナートが深く頭を下げてきた。
「一目惚れなんだ。どうか私にチャンスを与えてくれないか」
もやもやとした感情を、リヒトは飲み込んだ。
「……好きにしろ」
「ありがとう! 師匠!」
「待て。誰が師匠だ」
リヒトが苦虫を嚙み潰したような表情になったのは、師匠と呼ばれたからだけではない。