1.ルゥセーブル魔石道具修理店
『相棒とつむぐ物語』コンテスト応募作品です。
全四話。
よろしくお願いいたします!
*
「助かったわ、ヒナちゃん」
「どういたしまして!」
ヒナと呼ばれた銀髪ツインテールの少女が、カウンター越しにはつらつと答えた。
大きな瞳の色は鮮やかなピンク。ツインテールに結ばれたリボンも、同じ色。
紺色の帆布エプロンの胸ポケットには『ルゥセーブル魔石道具修理店』と刺繍が入っている。
「また困ったことがあったらいつでも来てくださいね、ポミエさん」
「えぇ」
仕立てのいい装いの老婦人、ポミエは慈しむように左薬指で光るリングへ触れた。
中央の魔石は、しわの刻まれた手の甲で静かに煌めいている。
「死んだおじいさんから貰った指輪だからねぇ。直ってよかったわ」
「こういうのは大手では受けてくれないもんな」
頭にゴーグルを載せた青年。
黒髪に深い青色の瞳をした彼は、ヒナの隣で頷いた。
名前はリヒト。
すらりと背が高く、汚れのついた作業用つなぎを着ていてなお、イケメンだと称される。
ここは、トゥルヌソル王国の外れ。
ふたりが営む魔石道具修理店では、文字通り、魔石を動力の源とする様々な道具の修理を行っている。
「そうなのよ。万が一のことがあったら困るからって門前払いされちゃってねぇ。効果なしの魔石が埋め込まれているだけの装飾品だから、難しい修理とは思えないのに」
「まぁ、あいつらは自分たちの技術不足を棚に上げてお高く留まっているから」
「その点、ここは何を頼んでも立派な仕事ぶりで安心だわ。目の保養もできるし」
ポミエがちらりとリヒトを見遣った。
リヒトは愛想のいい方ではないが、真面目な若者だと評判である。
彼に会いに来るためにこの店へ来る客も少なくはない。
ポミエは修理代金を支払うと、杖を手にする。
店の外には箱馬車が止まっていて、外で待つ執事が店内へ向かって一礼した。
カランコロン♪
「いやー、今回も無事に直ってよかったですね!」
「儲けにはならないけどな」
リヒトが奥のキッチンでコーヒーを淹れて戻ってくる。
店内にほろ苦い香りが広がった。
「ちょっと、リヒト。なんてこと言うんですか」
満足そうに背伸びをするヒナだったが、リヒトのツッコミに頬を膨らませた。
合わせて銀髪のツインテールが不服そうに揺れる。
ころころと表情が変わるために年齢より幼く見られがちだが、ヒナは今年で18歳。
元々、この店の主はヒナの父親であり、魔石を動力の源にする技術を開発したグラン・ルゥセーブルだった。
そこへ住み込みで雇われたのが、幼いながらに才能を見出されたリヒト。
ふたりは本当の兄妹のように育てられ、魔石道具の修理について学んできた。
……しかしヒナが15歳のとき、グランは不慮の事故で亡くなった。
店をたたむという選択肢もなかった訳ではない。
それでもヒナは存続を選んだ。リヒトも賛同し、今に至る。
「うちみたいな弱小店は、こまごまとした仕事こそが重要なんです。さぁ、溜まっている仕事を片付けちゃいますよ!」
ヒナはカウンター後ろの棚から木箱を取った。
店の中央へ移動して、どさっ、と丸テーブルの上に木箱を置く。
店主であるがヒナはまだ未熟であり、ほとんどの仕事はリヒトが請け負っている。
「そうだな」
ヒナが木箱から取り出したのは、懐中時計。
文字盤の中央に淡い水色の魔石がついている。
しかし、ヒナには才能がある。
それは『魔石の声を聞くこと』だ。
指先で、つぅ、と魔石の輪郭をなぞるヒナ。
ぽわ……。
魔石が淡く光る。
「教えてください。あなたが求めているのは、どんなことですか?」
ヒナは瞳を閉じて、静かに、音のない声に耳を傾ける。
リヒトはその横顔をじっと見つめた。
(……どんな風に聞こえているんだろうな)
グラン曰く、母親にも同じ能力があったという。
魔石の声を聞き、力を貸してもらう。さながら隣国の魔法使いのように。
その力を応用して、日々の暮らしに反映させる技術を生み出した人物こそ、グラン・ルゥセーブルなのだった。
ぱち、とヒナが瞳を開き、息を吐き出す。
「ガラスに魔法がかかっていて、景色が見づらいって言ってます」
「魔法?」
リヒトはヒナから懐中時計を受け取って、ガラス面に触れた。
「いたずら程度の魔法だな。持ち主が待ち合わせの時間を間違えるように細工でもしたのか?」
大手を揶揄していたリヒトは、細かい作業が得意。
どんな難しい修理でも断らないという類まれなる技術の持ち主。
さらに、トゥルヌソル国では珍しく、膨大な魔力を有している。
この国の人間は他と比べて魔力量が少ないために、魔石の技術を磨いてきた。
古くは魔石そのものを武器にしたり動力にしてきた歴史がある。
その集大成ともいえるのがグラン・ルゥセーブルの開発した生活魔石具。
あっという間に生活魔石具は国じゅうに普及し、人々の生活を豊かにしたのだ。
一方で、魔石技術だけではどうにもできない厄介事にはリヒトの魔力が活かされる。
「解除できそうですか」
いくら魔石の声が聞こえても、ヒナには魔力がない。
この先はリヒトの管轄なのだ。
「あぁ。こんなのは子ども騙しだ」
リヒトは椅子に座ると懐中時計のガラス面をさっと手で払う。
すると、ヒナは立ったままじっとリヒトの手元を覗き込んできた。
「あんまり見るな。手元が狂う」
「だって、魔法での修理は久しぶりなんですよ」
瞳をきらきらさせて訴える。
だから見ていたい、というのがヒナの主張なのだ。
(俺からしてみればヒナの方がすごいけどな)
リヒトは小さく肩をすくめてみせた。
ゴーグルは装着しない。それは、魔石の修理をするとき用だ。
リヒトは懐中時計に手を翳し、呪文を唱える。
「――ゴット・ニム・ザイン・ライデン・ヴェク――」
リヒトの青い瞳が濃く光る。
しゅうぅ。
ガラス盤から青い煙が立ち昇った。
リヒトはヒナへ懐中時計を渡す。
ガラス面自体の見た目は変わっていない。
「聞こえるか?」
ヒナが瞳を閉じる。
それから、ぱぁっと表情を明るくした。
「『ありがとう』って言ってます」
「よし、1個完了だ。どんどん教えてくれ」
「はい!」
それから数時間かけて、ふたりは木箱の中を空にした。
生活魔石道具が普及して20年近く経った。
技術は普及したものの、未だルゥセーブル魔石道具修理店に持ち込まれる依頼もある。
それは開発者であるグラン・ルゥセーブルへの信頼と、リヒトの腕前と――ヒナの才能によるものだった。
*
夕焼けが世界を眩しく包む黄昏時。
かごにたっぷりと食材を載せた魔石スクーターを走らせながら、リヒトは家路を急いでいた。
昼間の熱をわずかにはらんだ風は、心地よく髪を揺らす。
店があるのは王都の外れ、坂の上。
徒歩で日常的に行き来をするのは辛いものがあった。
その点、魔石スクーターは便利な移動手段だ。
火と水の魔石をマニュアル通りはめれば、半日は走らせることができる。
スクーターだけではない。
調理のために起こす火も、たっぷりの風呂の湯も。
暑い日を涼しくしてくれる冷風も、すべて魔石によって生み出されるのだ。
(野菜が安かったのはラッキーだった。なんとかしてヒナに食べさせないとな)
居候だから、という理由でリヒトは食事当番を買って出ている。
実際のところはヒナの料理の腕前が惨憺たるものだから、というものだ。
水平線を見下ろす高さになる頃、ようやく店に辿り着く。
リヒトは来た道を振り返った。
夜の帳が降りてくる。
それでも人々が夜を恐れないのは、魔石によって光る街灯のおかげだ。
「帰ったぞー」